シーン7 静の部屋 夜・食事
【登場人物】
青井 由太/19歳
江戸の裏長屋育ち。働くことは苦手だが、炊事・洗濯・掃除など生活能力は高い。
「女性に養ってもらう代わりに、その女性の生活を支える」という独自のヒモ哲学を持つ。
本人に歴史を変える意図はまったくないのに、何気ない親切や行動が幕末の重大事件を微妙に動かしてしまう。
神無月 静/26歳
白拍子・芸妓として活動する一方、裏では倒幕派に関係する女間者。剣術にも優れる。
由太を拾って「衣食住を与える代わりに家事を任せる」という関係になる。
由太より7歳年上で、基本的には姉・保護者・雇い主のような立場だが、次第に由太を対等な相棒として見るようになる。
(ちゃぶ台の上に、湯気の立つ味噌汁と炊きたての飯、簡素なおかず)
静:
「……これは」
由太:
「冷蔵庫とか無いから、あるもので工夫しただけ。
豆腐と葱の味噌汁。漬物はちょっと塩抜きして、昆布足しておいた」
静:
「……いただく」
(一口、味噌汁を飲む静。目を見開く)
静:
「……うまい」
由太:
「でしょ。塩加減、京都の味噌に合わせてちょっと薄め」
静:
「お前、どこの料理屋の倅だ?」
由太:
「違うよ。長屋で婆さんたちの飯、全部押しつけられてただけ」
静:
「押しつけられて、ここまでできるものか」
由太:
「うまいって言われると、もっとやりたくなるんだよね。
働くのは嫌いだけど、“褒められる”のは好き」
静:
「ヒモとして致命的な発言だな」
由太:
「そう?
ヒモって、ただ寄生するだけじゃダメだよ。
“飼われ続ける価値”を示さなきゃ」
静:
「飼われ続ける価値、か……」
(静、少しだけ遠い目)
由太:
「……? どうしたの」
静:
「いや、何でもない」
(静、真面目な顔で箸を置く)
静:
「由太」
由太:
「なに」
静:
「改めて言う。
お前を私が“飼う”。
衣食住と、少しの銭。
その代わり――」
由太:
「家事全般ね。洗濯も掃除も任せてよ。
女将さんのとこも、手伝った方がいい?」
静:
「それだけではない」
(静、由太を見据える)
静:
「外で聞いた噂話、客の愚痴、町の騒ぎ。
耳に入ったものは、全て私に報せろ」
由太:
「……それって、」
静:
「できるか。できぬか」
(間)
由太:
「……できる」
静:
「なぜそう言い切れる」
由太:
「俺、あんまり男には好かれないけど、
女の人と子供には、結構かわいがられるんだよね。
“黙って聞いてくれるから”って」
静:
「……聞き上手、か」
由太:
「うん。俺が喋るより、人の話を聞いてる方が楽だし。
飯と寝床のためなら、いくらでも耳傾けるよ」
静:
「よし」
(静、立ち上がって刀に手を置く)
静:
「契約成立だ」
(そっと刀の鞘で、畳をコツンと叩く)
静:
「この音を合図にしよう。
私が帰ってきたら、こうして畳を叩く。
お前はその音で、起きているふりをしろ」
由太:
「起きてる“ふり”?」
静:
「実際に起きていろとは言わん。
ただ、“油断していない”ように見せる。
それが、この家を護ることになる」
由太:
「……静さんって、やっぱりただの芸者じゃないよね」
静:
「ただのヒモ男児でもないだろう、お前も」
(由太、照れくさそうに笑う)




