シーン8 置屋・十数年後
(登場人物)
青井由太
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。
神無月静
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。
坂本龍馬
土佐藩士。京で活動する尊王攘夷派、後に海援隊を立ち上げる。
お龍
坂本龍馬と恋仲。
それから長い年月が流れた。
坂本龍馬とお龍が寺田屋事件後に薩摩へ渡り、霧島などを巡った旅。
後世。
その旅は、ある呼び名で広く知られることになる。
――「日本初の新婚旅行」。
もちろん、その評価には諸説ある。
だが、この世界の歴史書には絶対に書かれない、小さなきっかけがあった。
寺田屋で負傷した龍馬に、
「怪我したなら温泉へ行けばいい」
と言った十九歳の青年がいた。
しかも理由は――。
由太:
「静さん」
静:
「何だ」
由太:
「坂本さんたちが日本初の新婚旅行って呼ばれてるらしいよ」
静:
「そうらしいな」
由太:
「俺が勧めたんだよね」
静:
「温泉をな」
由太:
「ということは」
静:
「?」
由太:
「俺が日本の新婚旅行を作った?」
静:
「話を大きくするな」
由太:
「だって俺が『二人で行けば』って――」
静:
「お前は自分が温泉へ行きたかっただけだろう」
由太:
「……」
静:
「違うか?」
由太:
「はい」
静:
「正直でよろしい」
由太:
「でもさ」
静:
「何だ」
由太:
「結局、俺たちも行ったじゃん」
静:
「……一度だけな」
由太:
「楽しかった?」
静:
「普通だ」
由太:
「楽しかった?」
静:
「しつこい」
由太:
「楽しかった?」
静:
「小遣いを減らすぞ」
由太:
「ごめんなさい」
少し間が空く。
静:
「……悪くはなかった」
由太:
「え?」
静:
「二度は言わん」
由太が笑う。
ナレーション:
> 寺田屋で傷ついた坂本龍馬は、お龍とともに薩摩へ渡った。
> 二人は霧島の温泉で傷を癒やし、山を歩き、夫婦で束の間の旅を楽しんだ。
> 後世、「日本初の新婚旅行」とも呼ばれるその旅。
> その始まりが――
> **「俺も静さんと温泉に行きたい」**
> という一人のヒモ男児の下心だったことを、
> 歴史は記録していない。
由太:
「静さん、今度は有馬に行こうよ」
静:
「働け」
由太:
「温泉のためなら働く!」
静:
「なら普段から働け」
由太:
「それとこれとは別!」
静:
「何が違う!」
今日もまた。
歴史を動かすにはあまりにも小さな二人の言い争いが、京の町に響いていた。
外伝4、お読みいただきありがとうございます。
今後も、メインストーリーとは離れた、由太が引き起こすエピソードを書いていきます。
また、感想若しくは評価をいただけると光栄です。
よろしくお願いいたします。




