シーン7 京・明治
【登場人物】
青井由太
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。
桂小五郎、吉田稔麿
元長州藩士。現在は新政府の高官。
さらに年月が流れた。
東京では新しい政府が形を整え、
国会が開かれ、
近代国家としての日本が歩き始める。
かつて由太が京の路地で救った吉田稔麿は、新政府の中心へ進み――
やがて内閣総理大臣となった。
一方。
青井由太の名前が歴史書に載ることはなかった。
桂小五郎を遅刻させた男。
池田屋から逃げ出した吉田稔麿を救った男。
倒幕派と新選組と町方を同時に動かした男。
幕末の歴史を、本人も知らないうちに何度も少しずつ変えた男。
そんな人物が存在したことを、後世の歴史家は知らない。
ある日の夕方。
縁側。
由太と静が並んで座っている。
由太:
「静さん」
静:
「何だ」
由太:
「俺、結局何者にもならなかったね」
静:
「急にどうした」
由太:
「吉田さんは総理大臣」
静:
「ああ」
由太:
「桂さんも偉くなった」
静:
「そうだな」
由太:
「武市さんも歴史に名前が残った」
静:
「ああ」
由太:
「俺だけヒモ」
静:
「不満か?」
由太は考える。
由太:
「全然」
静:
「そうか」
由太:
「だって俺が総理大臣になったら、毎朝早起きしないと駄目でしょ?」
静:
「たぶんな」
由太:
「絶対嫌だ」
静:
「お前には無理だな」
由太:
「それより静さん」
静:
「何だ」
由太:
「明日の小遣い、ちょっと増やして」
静:
「なぜ」
由太:
「団子屋に新しい味が出た」
静:
「却下」
由太:
「そこをなんとか」
静:
「駄目だ」
由太:
「静さーん」
静:
「くっつくな」
由太:
「飼い主ー」
静:
「気持ち悪い呼び方をするな」
由太:
「じゃあ静さん」
静:
「何だ」
由太:
「これからもよろしく」
静は少しだけ由太を見る。
そして。
静:
「……仕方ない。最後まで飼ってやる」
由太:
「本当?」
静:
「ああ」
由太:
「じゃあ俺も」
静:
「何だ」
由太:
「最後まで静さんの世話する」
静:
「それでは、どちらが飼われているのか分からんな」
由太:
「どっちでもいいんじゃない?」
静:
「……そうだな」
夕暮れの京都。
二人の前を、新しい時代の人々が歩いていく。
誰もが自立し、
何者かになり、
新しい時代を切り開こうとしていた。
そんな時代の片隅で。
自立しないことを選んだ男がいた。
そして、その男を手放さないことを選んだ女がいた。
健全かどうかと問われれば、たぶん少し違う。
立派かと問われても、きっと違う。
けれど。
彼は彼女に飼われることで居場所を得た。
彼女は彼を飼うことで帰る場所を得た。
二人とも、それをやめようとはしなかった。
由太:
「静さん」
静:
「今度は何だ」
由太:
「腹減った」
静:
「作れ」
由太:
「何食べたい?」
静:
「味噌汁」
由太:
「濃さは?」
静:
「お前に任せる」
由太は立ち上がる。
由太:
「はいはい」
静:
「由太」
由太:
「ん?」
静:
「明日の団子代くらいなら出してやる」
由太の顔が明るくなる。
由太:
「静さん大好き!」
静:
「そういうところだぞ、お前は」
由太:
「何が?」
静:
「何でもない」
由太は炊事場へ向かう。
やがて、いつもの包丁の音が響き始めた。
トントントントン。
静:
「……うるさい」
由太:
「大根に言って!」
静は笑った。
時代は変わった。
国も変わった。
京の町も変わった。
英雄たちは歴史となった。
けれど――
青井由太は、最後までヒモだった。
そして神無月静は、
最後まで彼の飼い主だった。
それが二人の選んだ関係であり、
二人にとっての、ささやかな幸福だった。
> **歴史を動かすのは、英雄だけとは限らない。**
>
> **そして、歴史を動かしたからといって、英雄になる必要もない。**
>
> 幕末の片隅で歴史を少しだけ変えた男は、
> 新しい時代になっても何者にもならず、
> 愛する女に飼われながら、
> 今日も味噌汁を作っていた。
第5話、お読みいただきありがとうございます。
ここでメインの話は完結します。
しかし、今後も青井由太が何気なくかかわる事で歴史が変わる、またあの事件の真相はこうだったと言う話を外伝として書かせていただきます・
また、感想若しくは評価をいただけると光栄です。
今後とも、よろしくお願いいたします。




