シーン12 置屋・翌日
(登場人物)
青井由太(19)
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静(26)
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
お光(26)
静と同い年の芸妓。明るく世話好きで噂好き。由太を弟分として可愛がっている。
翌朝。
いつもの炊事場。
トントントントン。
静:
「由太」
由太:
「何?」
静:
「うるさい」
由太:
「包丁に言って」
静:
「昨日と同じことを言うな」
由太:
「じゃあ大根一本のまま出す?」
静:
「切れ」
由太:
「はいはい」
お光が入ってくる。
お光:
「おはよー!」
由太:
「朝ご飯食べる?」
お光:
「食べる!」
静:
「即答するな」
お光:
「でもさ」
由太:
「何?」
お光:
「昨日はすごかったんでしょ?」
由太:
「何が?」
お光:
「倒幕派と新選組と町人を同時に動かして、静を助けたって」
由太:
「俺そんなことした?」
静:
「した」
由太:
「俺、ただ皆にお願いしただけだよ」
お光:
「それが普通はできないの」
由太:
「なんで?」
お光:
「普通は敵同士だから」
由太:
「俺には関係ないじゃん」
お光:
「……」
静:
「そういうことだ」
由太:
「?」
静は味噌汁を飲む。
静:
「由太」
由太:
「なに」
静:
「少し薄い」
由太:
「昨日怪我したから胃に優しくしてる」
静:
「怪我をしたのは私だ」
由太:
「あ、そうだった」
静:
「……」
お光:
「天然だねぇ」
由太:
「何が?」
お光:
「全部」
三人が笑う。
ナレーション:
> 志士たちは藩のために動いた。
> 新選組は幕府のために動いた。
> 町人たちは自分たちの暮らしを守るために動いた。
> だが、その夜――
> ただ一人。
> どこの藩にも、どこの思想にも属さない男がいた。
> 青井由太、十九歳。
> 理由はただ一つ。
> 大切な人を助けたかったから。
> そして皮肉にも、その単純な理由だけが、
> 敵同士だった者たちを一瞬だけ同じ方向へ動かした。
> 後世の歴史書に、その名が記されることはない。
> それでも――
> 京の片隅で、歴史はまたほんの少しだけズレた。
由太:
「静さん、今日の買い物代」
静:
「机の上だ」
由太:
「小遣いは?」
静:
「昨日の褒美で少し増やした」
由太:
「本当!?」
静:
「ああ」
由太:
「やった!」
お光:
「結局そこなんだ」
由太:
「だって俺、ヒモだもん」
静:
「……そうだったな」
由太は笑いながら、買い物籠を持って外へ出る。
昨日までと同じ京の町。
けれど由太自身は知らない。
昨日の夜を境に――
神無月静にとって、青井由太はもう単なる「拾ったヒモ」ではなくなっていた。
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