シーン11 京・翌日
(登場人物)
青井由太(19)
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静(26)
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
お梅
京では一つの噂が流れていた。
「昨夜、幕府の要人が何者かに狙われていた」
「いや、火事の混乱で襲撃そのものが起こらなかった」
「襲撃者がいたが、突然現れた大八車に邪魔された」
「大八車を押したのは新選組の密偵だった」
「いや、薩摩の間者だ」
「実は名のある剣客だったらしい」
そんな噂を聞きながら、由太は八百屋で大根を選んでいる。
お梅:
「ねえ由太さん」
由太:
「なに?」
お梅:
「昨日の火事で、変な英雄が出たらしいよ」
由太:
「英雄?」
お梅:
「大八車で暗殺者を蹴散らしたんだって!」
由太:
「すごいね」
お梅:
「誰だと思う?」
由太:
「知らない」
由太は大根を持ち上げる。
由太:
「それより、これ少しまけて」
お梅:
「昨日と同じ値段!」
由太:
「英雄でも?」
お梅:
「え?」
由太:
「何でもない」
その頃。
ある幕府方の要人は、本来ならその夜に死ぬはずだった。
しかし生き延びたことで、数か月後のある政局に参加する。
その一票。
その一言。
その判断が――。
歴史を、ごくわずかに違う方向へ押すことになる。
もちろん。
由太はそんなことを知らない。
由太:
>俺はただ。
>静さんに、人を殺してほしくなかっただけなんだけどな。
>由太は大根を抱え、いつもの置屋へ帰っていく。
>その先で静が待っている。
静:
「遅い」
由太:
「大根選んでた」
静:
「それだけか?」
由太:
「団子も食べた」
静:
「小遣いを減らすぞ」
由太:
「昨日、歴史変えたかもしれないのに!?」
静:
「何の話だ」
由太:
「……何でもない」
二人は並んで歩いていく。
赤く焼けた京の空の下。
知らぬ間に少しだけ変わった歴史の中を。
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