シーン1 京の町・夕刻
(登場人物)
青井由太(19)
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静(26)
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
お光(26)
静と同い年の芸妓。明るく世話好きで噂好き。由太を弟分として可愛がっている。
京の空は、夕焼けとは違う赤に染まっていた。
遠くで鐘が鳴っている。
一度。
二度。
そして、けたたましく連打される。
町人:
「火事だ!」
町人:
「西の方だ! 火が回ってるぞ!」
町人:
「水! 水を持ってこい!」
由太は大根と豆腐を抱えたまま、立ち尽くしていた。
由太:
「……これ、夕焼けじゃないよね」
風に乗って、灰が舞ってくる。
髪についた灰を指で払う。
その瞬間――。
ドンッ。
遠くで大きな音が響いた。
由太:
「うわっ!」
道を走ってきたお光が、由太の腕をつかむ。
お光:
「由太! 何してるの!」
由太:
「買い物!」
お光:
「見れば分かる! 早く戻るよ!」
由太:
「静さんは?」
お光の顔から笑みが消える。
お光:
「……まだ帰ってない」
由太:
「どこ行ったの?」
お光:
「知らない」
由太:
「お光さん」
お光:
「知らないったら!」
強い口調だった。
だからこそ、由太には分かった。
お光は知っている。
そして――言えない。
由太:
「……また仕事?」
お光:
「由太」
由太:
「危ない仕事?」
お光:
「帰ろう」
由太:
「静さんは?」
お光:
「静なら大丈夫」
由太:
「そういう言い方する時、大丈夫じゃないんだよ」
お光:
「……」
由太は大根をお光に押しつけた。
お光:
「ちょっと!」
由太:
「これ持って帰って」
お光:
「由太!」
由太:
「豆腐は?」
お光:
「知らないよ!」
由太:
「じゃあこれも」
豆腐も押しつける。
そして由太は、火の方角へ走り出した。
お光:
「待ちなさい! 由太!」
由太:
「静さん探してくる!」
お光:
「だから待てって言ってるでしょ!」
由太:
「無理!」
お光:
「なんでよ!」
由太は振り返る。
由太:
「俺の飼い主だから!」
お光:
「……」
由太:
「飼い主が死んだら、俺、明日から飯食えないじゃん!」
お光:
「そこ!?」
由太:
「半分は!」
由太は再び走る。
お光は呆然とその背中を見送った。
お光:
「……残り半分は言わないんだ」




