シーン4 現在──真相を知らないヒモ男児
(登場人物)
青井由太(19)
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静(26)
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
男・桂小五郎(31)
長州藩士。京で活動する尊王攘夷派の中心人物の一人。
お光(26)
静と同い年の芸妓。明るく世話好きで噂好き。由太を弟分として可愛がっている。
話は、ふたたび置屋の座敷に戻る。
お光:
「結局、本当の理由はわからずじまい、ってわけかぁ」
由太:
「そうだねぇ」
彼はあの日のことを、
ただの「ちょっとした出来事」としてしか覚えていない。
由太:
「ま、誰だって遅刻くらいするよ。
犬に追いかけられたり、鼻緒が切れたり、
味噌汁で滑りかけたりしたらさ」
静:
「……お前、それ全部、心当たりがあるのではないか?」
由太:
「んー? さぁ?」
静はじっと由太を見つめた。
一瞬、何かに気付きかけて、けれど首を横に振る。
静:
「……まぁいい。
歴史の“もしも”に、正解はない」
由太:
「それはそうだね」
静:
「だが一つだけ言える」
由太:
「なに?」
静:
「お前の“何気ない行動”は、
人の生死を左右することもある、ということだ」
由太:
「……そんな大層な」
静:
「だからこそ、よく考えて動け。
ヒモ男児と言えどな」
由太:
「ヒモ男児にそこまで期待する?」
静:
「期待してしまう。
……不本意ながら」
静は湯呑を持ち上げた。
由太の淹れた茶から、ふわりと湯気が立ち上る。
由太:
>俺は知らない。
>あの日、俺の“ほんの少し”が、
>桂小五郎って人間の命と、
>その先の歴史を、ほんの少しだけズラしたことを。
>
>でもまぁ——
>誰かが生き延びてくれたなら、
>それでいいか、と思う。
由太:
「静さん」
静:
「なんだ」
由太:
「今日の晩、冷奴にしようか。
なんか、そういう気分なんだよね」
静:
「……いいだろう。
ただし、味噌汁も忘れるな」
由太:
「はいはい、“戦場帰り用の胃に優しいやつ”ね」
静:
「勝手に名付けるな」
二人のやりとりの向こうで、京の夕陽が傾いていく。
歴史は大きくうねりながら進んでいくが——
その片隅で、確かに、
“幕末ヒモ男児”のちいさな一歩も刻まれていた。
外伝1、お読みいただきありがとうございます。
今後も、メインストーリーとは離れた、由太が引き起こすエピソードを書いていきます。
また、感想若しくは評価をいただけると光栄です。
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