シーン9 置屋・翌朝
(登場人物)
青井由太(19)
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静(26)
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
由太が朝食を作っている。
静:
「由太」
由太:
「なに?」
静:
「今日も町へ行け」
由太:
「買い物?」
静:
「ああ」
由太:
「小遣いは?」
静:
「昨日の倍」
由太が振り返る。
由太:
「そんなに!?」
静:
「ただし条件がある」
由太:
「何?」
静:
「危険を感じたら、すぐ逃げろ」
由太:
「言われなくても逃げるよ」
静:
「誰かに捕まりそうになっても逃げろ」
由太:
「当然」
静:
「斬り合いを見たら?」
由太:
「反対方向へ全力疾走」
静:
「よし」
由太:
「俺、こう見えて生き延びる才能には自信あるから」
静:
「……それだけは信用できそうだ」
由太が膳を置く。
由太:
「じゃ、食べて」
静:
「いただく」
味噌汁を一口。
静:
「……昨日より薄いな」
由太:
「昨日、水飲んでたから」
静:
「だから、それをなぜ覚えている」
由太:
「飼い主の好みを覚えるのはヒモの基本だよ」
静は由太を見る。
静:
「なるほど」
由太:
「何?」
静:
「お前の間者としての才能の正体が分かった」
由太:
「え?」
静:
「お前は人をよく見ている」
由太:
「だって、人の顔色読めないヒモなんて長続きしないじゃん」
静:
「……やはりヒモなのだな」
由太:
「立派なヒモ男児になります」
静:
「立派とヒモ男児は両立するのか?」
由太:
「するよ」
静:
「そうか」
由太:
「たぶん」
二人が笑う。
由太:
>この時の俺は、まだ知らなかった。
>町で聞いた話を静さんに伝えているだけのつもりだった。
>困っている人がいたら助ける。
>危ないと知ったら教える。
>それだけ。
>だけど――。
>のちの世で幕末って言われる時代では、
>「それだけ」が、とんでもないことになるらしい。
場面転換。
京の町。
新選組隊士たちが走る。
その横を長州藩士が何食わぬ顔で通り過ぎる。
さらにその横を――。
由太が大根を抱えて歩いている。
由太:
「あ、団子屋」
足を止める。
由太:
「一本くらいならいいよね」
その由太の背後で、一人の浪士が追っ手をかわして路地へ消える。
由太はまったく気付かない。
由太:
「おばちゃん、一本ちょうだい!」
ナレーション:
>後世の歴史書に、青井由太の名は残らない。
>だがこの頃から、京の歴史は――
>
>彼の周りで、ほんの少しずつズレ始めていた。
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