9 怪しい者は誰だ
朝日が部屋に差し込み、光で目が覚めれば、手には骨を握り締めたままだった。
3日目の朝を迎えた。後4日で祈祷が始まる。
待ち合わせの図書館に行くと、昨日と同じ部屋にロヴィはもう座っていた。今日も護衛の騎士の姿が見えなかった。
きょろきょろと辺りを見回しながら近寄って行くと、ロヴィは片手を上げる。慣れた雰囲気がして身分の高さを示していた。
まだ若いのに偉そうだわ。
昨日出会ったばかりなのに、すっかり味方みたいな顔をしている。
全部を信用したわけじゃないもの。自分にそう言い聞かせた。
「何か探し物か」
ロヴィがつまらなそうに聞いてくる。
「あの、今日も1人なの?」
「ああ、皆、剣技大会の用意がある」
そう言うと読んでいた本を閉じた。
すっと伸びた背筋、何気ないしぐさに育ちの良さがうかがえた。
護衛も付けないで、一人にして大丈夫なのかしら。
テントで出会った護衛の姿が頭に浮かぶ。いかにも騎士という立ち姿が強そうで、カッコ良かったわ。
別に護衛の人に会いたいわけじゃないの。ロヴィが心配なだけよ。
なんとなく後ろめたいものを感じながら、自分に言い訳をした。
「名簿は持ってきた? 怪しい人はいたかしら?」
「ああ、だいたいの目星はつく。君の話だと傷をつけるだけだろう。しかも実力を隠している人物」
ロヴィは机の上に名前の書かれた紙を広げた。名簿は3枚に分かれていた。
「過去の戦績と家名を調べた。実力を隠している者はそう多くない」
私が手に取ると何人かの名前の前にまるが付けてあった。名前の並びを眺める。家名のある者、ない者、それからなじみのない名前。
「これは、貴族と市民、それから冒険者たち?」
「……そうだ。わかるのか?」
ロヴィがわずかに片眉を上げた。
「何となく。まるが付いているのが怪しい人物ってことね」
ロヴィはうなずく。
「外部からの参加者で今年初めて参加した者が疑わしいな」
しばらく名簿を眺めていたロヴィが口を開く。
「……妙だな」
「何か変なの?」
「今年はやけに、外部からの参加者が多い。それに毎年出ていないのに今年参加した貴族が三家もあるな」
「いつもと違うの?」
「参加自体は不思議ではないが、いずれも駆け込みで登録したのがおかしい……」
なるほど怪しいわね。
駆け込みが三家。偶然にしては多すぎる。
「トーナメント表は?」
「当日の発表だ。不正防止だな」
「そうなのね」
「この間見た毒の持ち込みは出来ない。控室の監視を更に強化しているはずだからな」
「となると、身に付けて持ち込むしかないわ。もしくはあらかじめ剣に塗るとか、さやに仕込んでおくかだわ」
ロヴィは黙って私の顔を見つめる。
「リゼ、君はいくつだ」
「はい?」
突然年齢を聞かれて固まった。だいたい女性に年齢を聞くなんてマナー違反じゃないの?
「レディに年齢を聞くのはマナー違反だと思うわ」
「レディか、そうか失礼。僕は14歳だ」
「8歳よ」
私は胸を張ってツンと上を向いた。
彼はまじまじと私の顔を見つめ、それから机の上の名簿へと視線を移し、小さく息を吐いた。
「……8歳」
ロヴィの口角が微かに引きつっている。信じられないといった顔ね。でも、そんなことを言っている場合じゃないわ。話がずれてますよ!
「剣技大会は明日なんだからまじめにやって」
「ああ、悪い。僕もそこは同意見だ。ランスロットが明日は試合前に抜き打ち検査があると言っていたから、大丈夫だろう」
「剣も?」
「剣は検査される」
「じゃあ鞘は?」
「……なるほど」
ロヴィは考え込むように名簿に再び目をやる。
もし、狙い通りに事が進まないとしたら、敵は何をするか分からないわ。用心を重ねないと。
「油断大敵よ。これでもかっていうくらい用心しないとだめよ。明日は私も控室を見回るわね」
おぼろげだけど、王太子を傷つけた人物を見ているもの。顔は思い出せないけど背格好や雰囲気なら覚えているもの。
「出場者の控室は関係者以外は入れない。もちろん女子は禁制だ」
名簿に視線を落としたままけんもほろろに言う。
はいっ? それは困るわ。何とかしないと。私が黙っているとロヴィが顔をあげた。
「あの毒は人に対して有害だがすぐに死に追いやるものではなかった。リゼ、君は祈祷と関係があると思っているんだな」
「そうよ。あのテントの中で見つけたんだもの」
私は、もっともらしいことを言った。
しかし、ロヴィは私から目をそらさなかった。その深い瞳が、私の言葉の裏を探るようにじっと見据えている。
――あっ、まずいわ。
背筋に冷たい汗が伝う。普通の8歳の令嬢が、怪しいテントの内部や『祭壇』なんて言葉、ぽんぽん口に出すはずがないじゃない!
私、何かボロを出したかしら?
未来の知識があるなんてバレたら終わりだわ。
ロヴィが敵側の人間なら――”洗いざらい吐け”とか言いそうだもの。
思わず手を握り締める。
「確かに、あのテントの間には祭壇もあった。毒に祭壇か……」
「ロヴィと護衛の騎士は明日出場するんでしょう? くれぐれも気を付けて。皮膚はなるべく出しちゃだめよ」
私が話題をそらすと、ロヴィは一度だけ瞬きをした。それ以上は追及してこなかった。
「ああ、わかっている」
「応援に行くからね!」
一瞬、ロヴィの動きが止まり、手にしていた名簿を机に置く。
んっ? 今度は、変なことは言っていないわ。何かしら……。
「君はやはり明日来るという事か?」
「うん。そうよ」
彼は頭が痛いというように額に手をやった。
あらっ、どうしたのかしら……。
そのまま、ロヴィは慌てた様に用事があると先に席を立った。明日の事が急に心配になったのかもしれないわ。
まだ少年の体形をしているロヴィはひょろっとしていて細い。あの細腕で剣技大会なんて本当に大丈夫かしら? いつも一緒にいる護衛の人は筋肉隆々なのにね。去っていくロヴィの後ろ姿に一抹の不安を覚えた。まっ、そんなことより明日はどうやって忍び込むかね。
女子がダメと言ってたけど……。
私なら少年に見えるかも。さっきのロヴィを思い出す。並べば兄弟に見えるわね。きっと。
私は机に残された名簿に目をやった。どの名前にも覚えはなかった。
内部に手引きをしている者がいるはずだわ。裏切り者、もしくはスパイっていうやつね。ただ明日探すのは無理よ。今は剣技大会に向けて集中しなきゃ。
名簿を抱えて図書館を後にした。
家に帰るとマーサが慌てたようにやってきた。
「お嬢様、聞いてください。旦那様がお部屋でボヤを起こしたんですよ」
「えっ! 大丈夫なの?」
急いでお父様のお部屋に向かうと、扉から煙がもくもくと上がっている。部屋の扉を急いで開けた。
「お父様! 大丈夫?」
マーサが部屋の窓を開けていく。机の向こうでお父様がぶつぶつ言いながら紙に何かを書き込んでいた。こんな状況でも計算しているって何!
やっと私に気が付くとお父様は顔を上げる。
「リゼットか、難しいな。煙をなかなか吸い込まん」
煙!? ボヤでしょ! 火を消さなきゃ。
「お父様! 火事です。水をかけなきゃ……」
「お、そうか! 水だな」
お父様は、曇った眼鏡を拭きながらかけなおした。
いやいや、何をのんきなことを! と思って部屋を見るけど火は出ていなかった。
お父様は水差しの水を何かに入れていた。
「空気を洗うんだろう?」
ポカンと見ている私にお父様が言う。
あら……そういう事ね。
「お父様、最初は少しずつにした方が良いのよ」
「おお、確かにそうだな。そうするとここを……」
またすぐに紙に何か書き込むお父様をマーサと少しあきれながら見ていた。これなら明日もお父様はこの部屋から出ないわね。
「お父様、明日の剣技大会には行けないわね」
お父様は顔も上げずに呟く。
「ああ、すまない」
私は心の中でガッツポーズを取る。これで監視の目もなく動けるわ。
よれよれの上着からすすけたシャツが出ている。丸くなった背中に胸がちくりと痛んだ。
ごめんなさい、お父様。これは私がやらなきゃいけないことだから。




