10 地平線が輝くとき
僕は王宮に戻るなり、ランスロットを捕まえた。
「明日は僕も大会に出ることにした」
僕の言葉にランスロットはあきれたような顔をする。
「それはもう前から決まっていましたよね」
僕は片手をあげてランスロットの言葉を遮った。
「違う。ロヴィとして出るんだ。手配を」
「は、はいっ? 」
「しかし、お一人で二試合は規定上失格かと」
王太子付き侍従のギルバートが冷静に口をはさむ。
「王太子の方を失格にすればいい事だ」
「そ、それでは威信に傷がつきます」
「かまわない。それより大事なことがある」
ギルバートは恭しく頭を下げると「御意」と言って下がった。
しかし、ランスロットは戸惑いの様子を見せたままたたずんでいた。
「言いたいことがあるなら、申せ」
「はっ、……しかし」
「この剣技大会は利用されている。何かが起きようとしている。僕はそれを止めなければならない。わかるな」
「あの小娘の言うことを信用なさると?」
僕はランスロットの問いには答えなかった。信用するとしないとか、そんな言葉では片づけられないものを感じていた。
窓の外に目を向けた。あの子は時々決意を込めた眼差しをする。そこには自己犠牲も厭わない何かが秘められていた。
自分はずっと王宮のどこかに漂う違和感に気づいていた。
それでも見ないふりをしてきた。
その事実こそが、何より恥ずかしかった。
黄昏時の空に色とりどりの雲が映し出されていく。
あの子の瞳を思い出す。
あれほどの覚悟を、まだ8歳の子供が持っている。
ならば僕が動かない理由はなかった。
地平線が輝きだした。今この時を逃してはいけない。
◇ ◇ ◇
目が覚めた瞬間から、胸がざわざわしていた。
今日は剣技大会が行われる。
部屋に差し込むお日様の光は変わらないのに、何かが違う気がした。
剣技大会の会場で私は何としても選手の控室に忍び込まなきゃ。
決意と共に唯一持っている乗馬服のズボンへと着替えた。記憶にある限りこの服を着たことはなかった。
なんでこんなの持っているのかしら……。
まっ、疑問は置いておこう。それから持っていくものを見繕う。
お父様が子供の頃に作ってくれたおもちゃのラッパ。やたらと音が大きくて、怖くて泣いたっけ。どこにでもくっつく粘土。くっつくとはがれなくなって困った。透明のペン。どこに落書きしてもいいように発明したらしいけど、書いてるの見えなきゃ意味がない。夜になると浮かび上がって何の役にも立たなかった。
物が捨てられないたちなのよ。お父様のお手製となれば、なおさらだわ。
役に立たないものが何かの役に立つときがくるかしら。
布のカバンに詰めると斜めに背負う。髪の毛は後ろに束ねて服の中へ。マントを羽織れば男の子に見えるわ。用心のためにお父様の帽子も持った。これで準備完了。
お洗濯中のマーサに図書館に行ってくると声を掛け家を出る。
剣技大会は騎士団の演習場を使うって言っていたから、乗合馬車ですぐね。
会場にはもう人だかりがしていた。私はそっと競技場の裏側へ回った。出場者控室と書いてある入り口を見つけた。選手らしい人達が次々と入っていく。そこにスタッフが荷馬車から荷物を運びこんでいた。私は荷馬車に近づくと列の最後に並ぶ。黙って荷物を受け取ると、前の人に続いて中に入っていった。
「お前、ちっせいな。大丈夫か?」
すれ違いざまに声を掛けられて、慌ててお父様の大きな帽子で顔を隠した。
俯きながら黙ってうなずく。
「おい、そこ、ちびにかまっていないで急げ」
「ああ、お前は向こうに付いていけ」
奥の方から声が飛ぶ。
私は急いで深く帽子をかぶりなおすと、奥へ向かった。
途中の廊下にはトーナメント表が張り出されていた。
私は素早く、ロヴィとランスロット、王太子の名前を探した。王太子殿下は確かシードだったわよね。
ロヴィの名前はすぐに見つかった。第一試合のDだわ。ランスロットは……。上の方のシードだ。さすがね。
余裕があればロヴィの試合を見たいけど、無理かな。控室を見に行った方が早いかもしれないわね。
「早くしろ。それはここに置くんだ、いいな」
前の方から声がかかる。私は急いで言われた部屋に入った。そこは道具置き場みたいだった。隅に持ってきたものを並べると、奥の選手控室を目指した。
まだロヴィがいるかしら、それともウォーミングアップしてるかしらね。
その時部屋から出てきた人にぶつかりそうになって足を止めた。
……あっ、思わず顔を上げる。先を急いでるその人は私には目もくれず去っていく。
今の人、見覚えがある。
……まさか。
夢の中で、王太子を刺したあの男。
背筋に冷たい物が走り、頭の中に夢で見た映像がよみがえった。
……やっぱり何かあるんだわ。震える手を握り締めた。
出てきた部屋を覗けば誰もいなかった。机の上には荷物が置いてある。剣も置きっぱなしだ。慌てて出ていったのかしら。戻ってくるかもしれないわ。
そうだわ、この粘土。くっつきすぎて離れなくなって大変だったやつ。剣とさやの間に挟めば、抜けなくなるかもしれない。
持っていた袋の中から粘土を出すと剣とさやの間に挟んでくっつけた。上手くいくといいんだけど……。
廊下に足音が響いてくる。まずいわ。
私は急いで隅に積まれた籠の中に入り込んだ。手持ちの穴から中の様子も見えた。
間一髪で3人の人が部屋に入ってきた。
「まずいな、持ち物検査がある」
「ああ、毒は外に隠した。持ち物検査に引っかかる」
「まさか、情報が洩れているのか」
「いや、そんな話は聞いていない」
「どうするんだ」
「計画は中止だ」
「大会はどうする」
「様子を見て抜け出そう。嫌な予感がする」
「わかった」
彼らはそれぞれ荷物を身に付けると最後に剣を手に取る。
「おい、ここに何かこぼしたか? 靴に何かつくぞ」
「待て」
1人が手を上げると全員が静かに黙る。部屋を見渡す彼らに息をのんだ。
緊張して背筋が寒くなる。えっ!
1人と目があった?
い、今、目があった……?
男は何も言わない。
ただじっとこちらを見ていた。
薄く、口の端が上がった。
まるで最初から、そこにいると知っていたみたいに。
息が、できなかった。




