5 守りたい理由
リゼと別れると、僕たちは急いで王城へ戻る。リゼの事も気にはなるがあのテントはきな臭いな。
王城に戻ると、影に旅芸人のテントを見張るように命じた。執務室に戻るなり、護衛のランスロットが口を開く。
「殿下、ご機嫌ですな」
「いいや機嫌なんぞいいわけがないだろう。何故そう思う」
突然聞かれて、あきれてため息をつきそうになった。先ほどまでの緊迫した事を知らないわけではあるまい。
「殿下が幼いころからご一緒していますからな」
機嫌の良さそうな言い方に、なぜかイラついた。
「ランスロット、お前は明日来なくていいぞ。騎士団の方へ行け」
「王都の街は子供には危険だと言いましたが」
14歳になったというのにいつまでも子ども扱いはごめんだ。
「ふんっ、あの子が一人で来るのに僕が保護者付きは様にならないからな」
「しかし殿下、殿下の御身は……。」
「もう、いいから黙れ」
あの子がランスロットに向けた笑顔が、妙に記憶に残っていた。
僕はそう言うと手を上げて、ランスロットに部屋を出ていくように合図した。気に入らない。
僕は眉をひそめた。
「何かお気に障ることでもございましたか?」
いつもの様にお目付け役のギルバートが穏やかな口調で、お茶を入れながら話しかけてきた。
用心深く皮の袋に入れてきた包みを取り出した。
「これを鑑定に回してくれ。明日の昼までには毒の種類を調べるように」
「毒……。これは物騒ですな」
こいつは顔色一つ変えない。僕の周りでは日常茶飯事だからな。
それにしてもあの子が毒と言っただけだが……。
あの時の確信めいた口調。ただの思いつきとは思えなかった。
毒の鑑定結果が出れば、不穏な動きの輪郭が見えてくる。
それよりも——あの子が、頭から離れない。
幼い顔をしていた。なのに躊躇わなかった。骨に触れる時も、水を流し込む時も。
あの瞳の奥に、年齢に似合わない覚悟があった。
守りたい相手がいる。
だからあの子は、あそこまで必死だった。
僕はそこまで考えて、静かに息を吐いた。
まだ、わからない。だが放っておけない理由が、そこにある気がした。
♢ ♢ ♢
「お父様、お待たせ」
魔道具が所狭しと並んだお店の奥で、熱心に何かを見ているお父様は私がお店に入ってきたのにも気が付かなかった。そっとお父様の背に回り、右肩をつついて左に回る。
顔を上げて右側を見るお父様の左から声を掛けた。
「わっ!」
お父様は驚いて、持っていたものを落とす。まあるいそれはころころと転がった。
いけない、怒られちゃう。慌ててそれを掴んでお父様に渡した。
「リゼット、壊れてしまうだろう」
お父様は私から受け取ったものをもう一度チェックする。
「ごめんなさい。それはなあに」
「ああ、これか。今度は新しいものを考えているんでな。内緒だ」
「なんだぁ、つまんないの。それよりもお願いがあるの、早く帰りましょう」
お父様は頷くと手に持っていたものを店主の親父さんに渡す。お父様はこの店の店主とはすっかり顔なじみだ。
「セオドアの旦那。さっきの魔石はどうかね。めずらしい物なんだが……」
「ああ、守りの石とか言ってたな。今はいいかな」
守りの石……。
その言葉が、頭の中で繰り返された。
もし本当に守れるなら――。
「それください!」
私が言うと、お父様と店主が同時に私を見る。
「んっ? 君には必要ないと思うが」
私は慌てて首を振った。あの少年を守るには、今できることを全部しなくちゃ。
「これがあれば、木から落ちなかったと思うの」
お父様は私の勢いに若干引き気味だ。今まで魔石など欲しがったことがなかったから。
「そうか、だがこれを持ったからと転ばないわけじゃないしなぁ」
はぁははは、威勢のいい笑い声が聞こえてみればカウンターの中で親父さんが笑っている。
「セオドアの旦那。おまじない程度にはいいんじゃないか」
「しかしだな……」
そっかぁ、きっと高いのね。
私は首元に手をかける。指先に触れた金具が冷たかった。
お母さまの形見だけど、このために人を見殺しに何てできない。
お父様がギョッとしたように私を見つめた。
私がネックレスを外すよりも早くお父様がカウンターの上に金貨を置く。
「両方頂こう」
「毎度っ」
店主は軽く言うと私に片目をつむった。
いやいや、おじさんのウインクはつけなくていいわ。
店主がカウンターの下から、小さな布に包まれたものを取り出した。
布を開くと、淡い青色の光を内側からふわりと漏らす、小指ほどの涙型の石が現れた。
表面はすべすべしているのに、どこか温かい。
「守りの石って、これ……?」
私はそっと手に取った。
ほんの一瞬、石が脈打つように光った気がした。
けれど、きっと気のせいだ。とにかく早く帰って色々計画しなくちゃね。
私は包んでもらった守りの石を受け取ると、お父様を引っ立てるように引っ張った。
お父様がいぶかしげに私を見る。
「お腹がすいたの……」
小さくつぶやくと、お父様が大きな手を私の頬に当てた。
「マーサのシチューがあるぞ」
知っているわ。今朝作っていたもの。だけど私は黙ってうなずいた。
お父様の背中を見ながら、今夜言うべき言葉を探していた。
手にした守りの石がふわりと暖かい。
そこに意識を向けるとポケットの中で、骨が静かに重さを主張していた。




