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王太子が暗殺されるまであと7日  作者: 星降る夜


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3 旅芸人のテント小屋


 「お嬢ちゃん、良く見えるところを案内してあげよう」


 いやらしい笑いと一緒に、酒の匂いがふっと鼻を刺した。


 そう言うと男はサッと私の手を取ろうとしたので、急いで後ろに下がった。


 「1人で大丈夫です!」

 「ウダウダいうんじゃねえ」


 分厚い大きな手で私の肩をがっしり掴んだ。


 その瞬間、呼吸が止まり、全身に鳥肌が立つ。


 ——まずい。


 肩に食い込む指が、思ったより強い。逃げようとしても、足が動かない。


 「は、離してっ!」


 「エンジェル。遅れてごめん」


 落ち着いた声が響き渡る。心地よく通る声だった。場違いなほど落ち着いていて、空気が一瞬で変わる。


 一瞬、誰のことかと思った。


 テントの入り口から、二つの影が駆け寄って来る。


 ど、どなた?


 助かった……の?


 大きな男の人が、私の肩を掴んでいた男の手をがしっと掴んだ。その横で、マント姿の少年がフードを深くかぶったまま、そっと私の手を取る。


 「うちの子に何か用ですかな」


 低く響く声に男は慌てて手を引っ込めた。


 「お嬢ちゃんが一人じゃ嫌だって言うからな。お相手してただけだぜ」


 いつの間にか少年が私の前にすっと出てきた。


 「おい! ヤン! 油売ってないで荷物を運べ!」

 「いけねぇ団長だ。へっ、助かったぜ」


 おじさんはあっという間に奥の方へ姿を消した。それを見て一気に体の力が抜ける。


 「良かったぁ~」


 思わずほっとして声が出た。


 「お嬢ちゃん。こんなところに1人で来たら危ないって、教わらなかったのかな?」


 お坊ちゃま風の少年が言う。


 「そうですよ。で、あっ、いや、ロヴィお坊ちゃまも帰りましょう」


 背の高い大きな男の人がせかすように口を開いた。やっぱりお坊ちゃまね。


 2人ともお揃いの深緑色のマントに身を包んでいた。洗練された身のこなしは、旅芸人というよりは騎士みたいだった。


 どこかの身分の高い貴族なのかしら……。


 特に大柄な男性の方は、マントのせいでただの太っちょに見えるけれど、隙のない立ち姿は只者じゃない。対照的なシルエットの2人だわ。


 「ありがとうございます。助かりました」


 私がお礼を言うと、彼は片手を上げた。

 

 護衛の人は20代後半くらいかしら。


 前世なら間違いなく好みのタイプだわ。


 そんなことより、少しこの世界を甘く見ていたかもしれない。大きく息を吸った。油断しちゃったわね。


 それにしても、ますますここは怪しい。絶対に何かあるって確信したわ。


 「はい、一通り見たら帰りますね」


 嘘だけれど。


 私はぺこりとお辞儀をすると、周りを見渡してから、さっきの男が姿を消した奥の方へと、進むことにした。後ろから「ちょっと、そっちじゃない!」って声が聞こえた気がした。


 ——ここで止まったら、来た意味がない。


 足はもう奥へ向かっていた。


 いくつもの厚い布で仕切られた、通路のような場所を進んでいく。外から見るよりずっと広いテントの中は、まるで迷路のようだ。いくつか並ぶ部屋の入り口を通り過ぎていくと、向こう側に荷物を運び入れている人々が見えてきた。


 あそこだわ。祈祷を行ったのはあの部屋よ。いくつも重ねられた木箱の横にしゃがみこんで隠れる。

 入っていく人と出ていく人を数える。最後に出ていった人が部屋の中を確かめていた。たぶんあれが最後ね。


 私が立ち上がろうとした時にふいに後ろから声がした。


 「なるほど、あそこは怪しいな」


 ギョッとして振り返れば、さっきのお坊ちゃま君だ。


 「つ、ついてきたの……」

 「面白そうだったからな」

 「面白そうって……。もう一人の人は?」

 「まっ、見張りかな」

 「見張りね……」


 そうね、ここは私一人じゃどうなるわけでもなく、助けてくれる人がいれば越したことはないわ。でも、味方とは限らない。


 私が迷っていると見透かしたようにお坊ちゃま君が言った。


 「迷っているね。でも、僕しかいないんじゃないかな?ここには」


 彼の視線は、私ではなく周囲の動きを静かに追っていた。


 ……選択肢はない、ってこと? 仕方ないわ。


 少しだけ迷って、息を飲み込む。


 ——ここで引いたら、終わる。


 「……誰にも言わないでほしいの」


 お坊ちゃま君は黙ってうなずいた。


 「あの部屋で、怪しい祈祷が行われるの。それを止めたい。……失敗させたいの」


 彼は一瞬驚いたように目を見開いた。


 「君は、何故それを知ったんだ」


 彼の声が、わずかに低くなる。私が知ったのは夢で見たからだわ。でも、信じてもらえるかしら……。


 「夢で見たの」

 「夢?」

 「七日後。この場所で祈祷が行われる」


 私は唇を噛んだ。


 「そして誰かが死ぬの」

 「誰だかわかるか?」

 「知らないわ」


 私は首を振った。


 いくら何でも王太子殿下だなんて言えない。——言っても、誰も信じない。誰も暗殺だなんて知らない。病死だと思ったまま、ずっと。


 「……時間がないの。行くから」


 迷いを振り切るように言い切って、私は踏み出した。


 カーテンの隙間から中をうかがう。——人の気配は、ない。


 一瞬だけ耳を澄ませてから、そっと中に滑り込んだ。後ろからお坊ちゃま君も入ってきた。


 ……ついてきたの? 怖いもの知らずね。


 「危険だから、ついてこないで」

 「さすがに、子供を放っておくわけにはいかないからね。それに、何があるのか興味もある」


 彼は部屋に入るなり、一瞬で全体を見渡した。視線が、入り口・窓・荷物の順に動く。配置を、覚えているんだわ。


 私の狙いは一つ。祈祷に使われる灰の入った壺——あれの中身を使えなくするか、すり替えちゃえばいいのよ。


 できれば、あの骨も見つけたい。夢の中で、呪いに使う骨が無造作に転がされていた。


 その時……2人一緒に振り返って入り口を確認した。聞こえる……。


 ——コツ、コツ。


 外から足音が近づいてくる。

 思わず息を呑んだ瞬間、ぐいっと腕を引かれた。


 「っ……!」


 声を上げそうになった口を、後ろから手で塞がれる。


 「静かに」


 耳元で、低く囁く声。さっきまでの軽さが嘘みたいに、温度のない声だった。


 そのまま背中を引かれて、積み上げられた木箱の影に押し込まれる。


 「呼吸、合わせて」


 短く言われる。彼の手が、私の口元からゆっくりと離れる。


 ——近い。


 けれど、変な緊張とは違う。ただ、ひたすらに張り詰めた空気。


 足音が、木の床をゆっくりと踏みしめる音に変わった。


 外の足音が、すぐそこまで来ている。


 ――部屋の扉がゆっくりと開いた。


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