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王太子が暗殺されるまであと7日  作者: 星降る夜


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2/18

2 あと7日の記憶


 目が覚めると、部屋には西日が差し込んでいた。


 息が苦しい。胸がドクドクとうるさい。


 ——あと7日。


 あの声が、まだ頭の奥に残っている。


 「死ぬのよ」


 自分でも気づかずに、声が漏れていた。


 「大丈夫だ、君は死なない」


 抱き寄せられた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 お父様の温かさに、頭の中のざわめきが遠のいていく。


 混乱した頭の中を整理しなければ。いくつもの映像が頭の中をよぎっていく。


 一つだけ確かなのは……。


 7日後、この国の未来が変わる。


 「……お父様」


 声に出たのはそれだけだった。


 「お嬢様は木から落ちただけですからね」


 マーサの声が遠くに聞こえる。


 ……ううん、遠いんじゃない。

 音が半拍、遅れて届いている。

 頭の奥がじんじんと痛む。


 木から?

 ——違うわ。


 私が覚えているのは、公園で本を読んでいたところまでだ。

 頬に当たる風が気持ちよくて、赤い風船が空に浮かんでいて——


 ……なのに、どうして私はここにいるの?


 そして、もうひとつ。


 ベッドの上で苦しんでいた少年。


 剣技大会の傷に——毒。抵抗力を奪い、幻覚を生む毒。

 侍女の香。祈祷の7人。灰と、骨。

 誰も、気づかなかった。長い間ずっと——病死だと思われていた。


 ——でも私は知っている。これは、暗殺だ。本に書かれていたもの。


 落ちた衝撃で、いくつもの記憶が一度に押し寄せてきた。

 胸がひゅっと痛む。


 そしてあと7日で、あの少年は死ぬ。


 思わず手を握り締めた。


 「どこか痛むのか?」


 お父様が心配そうに聞いてくる。私はごまかすように答えた。


 「ほ、骨!? 折れていない?」

 「折れていませんよ。お嬢様は丈夫ですからね。だいたい8歳にもなって木登りなんて……ましてや女の子なんですよ、お嬢様」


 マーサのお説教が続いていく。


 お父様が私の肩をそっと離し、全身を確かめていく。

 寝起きみたいに跳ねたグレーの髪。ブルーグレーの瞳。


 「痛いのはどこかな、お嬢さん」


 私は首を振った。痛くはない。

 木から落ちたの?


 直前の記憶がない?


 ……でも、思い出さなきゃいけないことがある。


 「お父様……剣技大会は、いつですか?」


 「んっ? 剣技大会?」


 「旦那様、3日後じゃありませんか。建国祭の前夜祭ですわ」


 3日後。


 あと7日と言っていた。——本に書いてあった通りだわ。


 どうしよう。胸がまた痛んだ。


 「おおう、そうだった。君は剣に興味があるのかな?」


 お父様が私の肩に手を置いた。顔を上げてお父様に答える。


 「えっ、まあ、急に興味が」


 ——そうだ。あのテント。旅芸人が張るような、大きなテントだったわ。


 「たしか、赤い風船……?」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。


 違うわ——あれは、ただの風船じゃない。


 どうしてか、そう思った。


 「まぁ、お嬢様。まだ風船が欲しいお年頃ですか?」


 マーサが私のつぶやきを聞きとがめた。


 「いや、リゼットが欲しいなら王都の街に出てもいいかもしれないな。行く予定だったんだろう?」


 私は顔を上げてお父様を見つめた。優しく片目をつむってくれる。きっと私に風船を買ってくれるんだわ。私はニッコリ笑うと頷いた。


 「お父様、今から行きたいの。一緒に行ってくださる?」


 祈るような気持ちでお父様にお願いしてみた。こんな機会はそうそうないかもしれない。お父様はいつも研究室にこもっているもの。


 「旦那様、今日はお嬢様に付き添ってあげてはいかがでしょうか」


 マーサも絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた。

 お父様は一瞬だけ目を瞬かせた。


 「い、今からか……? いや、うむ。行こう」


 マーサに手早く支度を整えてもらい、お父様と並んで王都の通りに出た。建国祭前の街は、いつもより一層にぎやかだった。


 色とりどりの旗が掲げられたテントは、旅芸人たちの物だ。これから夜の公演の準備であわただしく人が出入りしていた。


 その中に――


 赤い風船が、テントの屋根に引っかかっているのを見つけた。


 ――赤い風船……。


 足が、勝手に動いた。


 惹かれるというより、引き寄せられるように――


 「リゼット、向かいに魔道具屋があるんだが……」


 お父様が口ごもりながら言葉を飲み込んでいる。ふふ、わかるわ。行きたいのね。ちょうどいいじゃない。私はゆっくり旅芸人のテントを見られるもの。


 「お父様、私はあのテントを見たいの。終わったら魔道具屋に行くわ。それでもいいかしら?」

 「おお、そうかい……。なら、ゆっくり見ておいで」


 お父様は、私をテントまで送ってくれるとチケットを買ってくれた。これで堂々と見られるわ。


 私はにっこり微笑むとお父様に手を振った。


 見つけなきゃ。あの恐ろしい祈祷を止めるために。


 テントの入り口で、濁った声が降ってきた。


 「お嬢ちゃん、一人で来たのかい?」


 気づけば、手を伸ばせば触れられるほどの距離に男が立っていた。


 低く湿った声が、耳のすぐそばで落ちてくる。


 その目は、品定めをするように私の全身をなぞった。


 背筋が凍る。


 ……まずいわ。


 背筋に冷たいものが走る。


 「いいえ。あとから、家族が来るの」


 微かに震える手を握り締めて、にっこりと笑うと、首をかしげた。


 



 3話は夕方投稿予定です。

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