22 誰の声?
ロヴィに連れられて王宮の中を歩いていく。
王宮の中でもここは、王族や特別な許可がないと入れないプライベートな空間だ。
ロヴィはまるで自分の家のように迷わず進んでいく。
よく来るのかしら? ここに……。
「ロヴィは王太子殿下を知っているの?」
「ああ」
ロヴィは短く答えた。年齢も近いし身分も高いみたいだからご学友なのかしらね。しばらく行くとランスロットが立っている。
ランスロットもこんな王宮の奥深くまで入れるの? 凄いわね。
「王太子殿下はいらっしゃるか」
「はい」
「もうお休みになられたそうです」
あら、もう寝ちゃったの。仕事はやりやすいけど、どんな人か見てみたかった。
「行こうか」
ロヴィに促されて、王太子殿下の寝室へ入った。
中には暖炉のあるリビングがあり、本棚に本がびっしりと並んでいた。近寄って本棚を見上げていると、ロヴィが横に立って一冊の本を手に取った。
『セルフィア王国』
この国の歴史の本だわ。私が前世で読んだ本はこの後に続く未来……。
「興味ある?」
私が本を凝視しているのに気が付きロヴィが聞いてくる。
「王太子殿下の持ち物を勝手に触ったらダメよ」
私の言葉にロヴィは口角を上げた。
「今度、僕が借りてあげるよ」
ロヴィは本を本棚に戻すと
「それは、どこに置くのか」
とアルベルトの持っているものを指した。
「隣の寝室に」
静かにしないと起きちゃうかしらね。
アルベルトが空気清浄機を奥の寝室へ持っていく。私達も続いてそっと部屋に入る。私は夢で見たのと同じ部屋に息をのんだ。
やっぱり……。
ベッドの上の布団は盛り上がっていて王太子殿下は頭まで布団をかぶっているみたいだ。暑くないのかしら……。顔は見えなかった。
布団の下の王太子殿下は、周りの音など聞こえないように熟睡しているみたいだった。何も知らず眠っているのね。
引き寄せられるようにベッドに近づく私の腕をロヴィが掴んで止めた。
「何をする」
「どんな人かなって」
「それは今することじゃない。起きたらどうするんだ」
あっ、そうね。人の気配で起きちゃったらまずいかしらね。『誰だ、お前たちは』なんて騒がれたら、計画は台無しだものね。
私は息を殺しながら、アルベルトが空気清浄機に水を入れて起動させるのを見守った。
しばらくすると、ほのかな水蒸気が空気清浄機からあがる。上手く稼働したみたいだわ。
これで、もし毒の香が焚かれたとしても大丈夫よ。私達はそっと寝室を出る。
「リゼット様、この後侍女が来るんですよね。香を焚きに」
アルベルトの言葉にロヴィが反応した。
「侍女? この時間に?」
ロヴィが眉根を寄せる。そうよね、時刻は11時を回った。祈祷が始まるまでもう間もなくだ。
「侍女は部屋に入る前に拘束するべきだな」
ロヴィの提案にアルベルトも頷く。
ランスロットは部屋の前にいた騎士へ小声で指示を飛ばした。
「この部屋へ近づく者は誰であろうと止めろ」
こんなに勝手なことをして良いのかしら? 後で怒られないといいんだけど……。
一抹の不安が胸をよぎったけど、これですべて大丈夫よね。
いやな予感がぬぐえなかった。
静かすぎるわ。王宮の夜中ってこんなに静かなの?
それにさっきから背筋が寒くなる。手が自然とポケットの中の骨を握っていた。じんわりとした温もりが手のひらに広がった。
「リゼ……? まだ何かあるのか?」
念のために持ってきたお守りの魔石をロヴィに渡した。
「これは?」
「お守りよ。私は明日の朝までここにいるわ。何かあるといけないから」
ロヴィは大きく息をつくとソファーに腰かけた。
朝まで何事も起こらなければ王太子殿下は無事だ。でも私達は不法侵入者だし、下手をしたら暗殺の手引きとかでお縄になる可能性もある。私はロヴィに言う。
「私だけでいいわ。見つかったらお縄よ。子供なら刑罰も軽いわ?」
私の言葉にロヴィはしばし頭に手をやる。
「それは大丈夫だと思う。僕の父が何とかするだろう」
「お父様は偉い人なの?」
「まあまあかな」
しばらくすると、廊下で物音がする。誰かが来たみたいでランスロット達の声がした。
「捕らえたみたいだな」
その時、急に部屋に一陣の風が吹き、暖炉の火が揺らいで消えた。
突然、ロヴィが胸を押さえ、そのまま膝をつく。
「……うっ……」
「ロヴィ!?」
慌てて近寄ろうとして、血のような臭いがして顔を窓に向ければ、閉じられているはずの窓の隙間から、赤い霧がじわじわと染み込んできていた。ざらりとした冷気が、肌をなぞるように広がっていく。
「ランスロットさん、アルベルトさん大変なの!!」
大きな声で叫ぶけど、ドアノブがカチャカチャいっているだけで開かないみたいだ。
「ロヴィ、大丈夫?」
駆け寄れば、ぎゅうっと目をつむったロヴィが、夢で見た少年と重なった。手に握っている守りの石がぼうっと光っていた。
どうしよう……。どうしたらいいの? 王太子殿下は無事なのかしら……? 一抹の懸念が頭をよぎったけど、今は目の前で苦しみだしたロヴィが先よね。
呪いだとしたらどうしてロヴィに? ここに私もいるのに?
頭の中に王太子殿下の特徴という言葉が浮かぶ。深淵の青い瞳……ロヴィの瞳は灰がかった青緑よ。
握っているロヴィの手がだんだん冷たくなっていく。まずいわ。必死にさすろうとした、その時。ロヴィの指輪が目に入った。青く大きな石がついている。その周りに赤い霧がまとわりつき始めた。
……指輪?
青い石……。
深淵の青い瞳。
王太子殿下の特徴が浮かんだ。
……まさか。
呪いは青い瞳を探している?
私は咄嗟に指輪をロヴィの指から抜き取ると、彼からサッと離れてそれを高々と掲げた。
もう片手は無意識にポケットの中の骨を掴んでいた。
指輪が部屋の明かりを受けてひときわ輝いたその時、侵入してきた赤い霧が一気に私めがけて襲いかかってくる。
バァン! と音がしてドアが破れてランスロットとアルベルトが部屋に飛び込んできたのが見えた。
青ざめたランスロットが一目散に膝をついていたロヴィを助け起こしていた。
荒い呼吸のロヴィと一瞬目があった。
生きている。良かった間に合ったわ。
赤い霧に完全に包まれ、視界が奪われていく中、私は片手に掴んでいた骨をきつく握り締めて胸に抱きしめた。
息が苦しい。でも、夢で見た王太子はもっと苦しそうだった。
絶対にあんなことはさせない。
私から離れないで。このまま私に留まりなさい。あなたの標的は私なのだから。
赤い霧に包まれれば包まれるほど、王太子殿下を守れていることになるの。
もう、胸が痛くて、息が上手くできなかった。
ここまでかしら……。
最後の力を振り絞って、持っていた骨に口づけを落とした。
ごめんなさい、お父様。
「リゼ!」
「リゼット様!」
遠くで声が聞こえた気がする。
すべての音が遠のいた。赤い霧さえ、動きを止めたように見えた。
どうかこのまま誰にも呪いがいかないように。心の中で祈ると手のひらの中の骨が光ったような気がした。
『我が祓おう。そなたと共にあるために』
どこからともなく低く優しい声が頭の中に響いた。
つぎの瞬間、周りが赤から白く変わり、輝く光に包まれているように思えた。
目を開けようと思ったけれど、もうその力は残っていなかった。




