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王太子が暗殺されるまであと7日  作者: 星降る夜


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23 輝く地平線の向こうへ


 「ぷはぁ~」


 仕事終わりの生ビールは最高よね! 枝豆に生ビール、黄金の組み合わせだわ!


 次はやっぱり梅酒ソーダかな。メニューを眺めていると店員さんの声が聞こえてきた。


 「ハッピーアワーは4時半までです」


 手元にあった飲み物リストが無念にも下げられていく。


 あっ、もう一杯飲もうと思ったのに。がっかりと頭を垂れた。


 「もう一杯飲みたい」

 

 私が呟くと、すぐそばで声がする。


 「何か飲みたいらしい」


 んっ?


 ――誰?


 聞き覚えのあるこの声は……お父様?


 一気に記憶の波が押し寄せてきた。頭が重い……。


 「お目覚めかなお嬢さん」


 優しい声に、目を開けると、お父様の顔が目の前にあって、私のことをいつになく真剣な顔で見つめていた。


 「ギャッ! お父様、乙女の寝室に無断で入るのは止めて」


 私は慌てて布団をかぶった。さっきまで、夢の中で成人した女性だったんだもの。お父様とはいえ、寝起きの顔を見られるのは、恥ずかしい……。


 「元気そうだな。マーサ、医者は何と?」

 「意識が戻れば問題はないだろうと。ただ、少し記憶が曖昧になっているかもしれないと……」


 マーサとお父様が、私の枕元でそんな会話を交わしていた。


 記憶が曖昧……。ちゃんと、覚えているけど?


 おバカになるってことかしら? 失礼だわ! 


 それにしてもさっきのハッピーアワーって……。


 夢?


 もうっ、久々のお酒飲みそびれたじゃない。


 前世の夢を懐かしく見ても、がっかりするばかりだわ。まだ8歳の私としてはお酒なんてそれこそ夢のまた夢よ! 10年以上先の事だものね。


 「リゼット、ゆっくりしていなさい。王宮まで行ってくるから」


 お布団の上からお父様が私の頭をポンポンと優しくたたいた。


 私はお布団から顔を少し出すとお父様に、いってらっしゃいと小声で言った。


 「お嬢様、お友達がお見えですよ。お会いになりますか?」

 「お友達?」


 家を訪ねて来る人なんていたかしら……。


 花の香りに窓辺を見れば綺麗な生け花が7つも並んでいる。


 7人分?


 それとも7日分かしら……。もしかして、マーサの趣味が乙女になったのかしら?


 それにしても7つは多すぎだと思うわ。


 「マーサ、そのお花は?」

 「お嬢様のお友達が持っていらしたんですよ。綺麗ですね」

 「今来ている人?」

 「はい、そうですよ。お目覚めになったらぜひお会いしたいからと、ずっとお待ちで……」


 ずっと? いつから待っているのかしら……。


 あまり待たせたら悪いわね。


 「ふ~ん。わかったわ」

 「お嬢様、いきなり起き上がるのは無理です」


 ベッドから降りようとしたら足がもつれて落ちた。


 ドンッ! と大きな音が部屋に響いた。


 「痛っ!」


 お尻をさすっていると、マーサが慌てて支えてくれた。


 「マーサ、大変、お腹がすいてるの」


 立ち上がろうとしても足に力が全然入らなかった。


 「わかりました。お食事をお持ちしますね。お友達もお呼びします」

 

 ノックの音がして、部屋に入ってきたのはロヴィとランスロット、そしてアルベルトだった。


 「入るよ。大きな音がしたけど、リゼの調子はどう?」


 私がベッドから落ちた音がして覗きに来たらしい。


 「リゼ! 目が覚めたんだね!」


 私と目が合うと嬉しそうに顔を綻ばせた。ランスロットもアルベルトもほっとした顔をしている。


 「ロヴィ! 大丈夫? どこか具合の悪いところはないの?」


 ロヴィの顔を見るなり、最後に部屋で見た時の記憶がよみがえる。苦しそうに膝をついていた。


 「大丈夫だ」


 ロヴィは足早に私のそばに来ると、私がベッドに上がるのを手伝ってくれた。


 「お嬢様がいきなり起き上がるものですから……」


 マーサがぶつぶつと小言を言いだす。


 「リゼ、痛いところは……」

 「待って!」


 私は手を挙げると、ロヴィの言葉を遮った。一番聞きたいことがあったの。そのために私は準備したのだもの。


 「王太子殿下は? 王太子殿下は無事なの?」

 

 ロヴィは複雑そうに眉根を寄せると短く答えた。


 「ああ、無事だ」


 私は大きく息をつく。


 良かった。


 本当に助かったんだ。


 それだけで十分だった。


 ロヴィはそっと私の手を取った。


 「君は7日も意識がなかった。心配したんだ」


 青緑の瞳が不安げに揺れている。


 「7日も?」

 「そうだよ」


 ロヴィが頷く。


 どうりでお腹がすくわけだわ。足にも力が入らないし……。


 7日も食べていなかったなんて信じられない。


 私のお腹がグルルルルーっと鳴った。……空気を読まないお腹ね。


 ロヴィは笑うと、ポケットから何か取り出した。私の手の平にのせる。深く青い石が部屋の明かりを受けてキラッと光った。


 あの時の指輪?


 手の平にのせられた指輪に目を落とした。


 「ロヴィ、この指輪はロヴィのでしょう?」

 「ああ、あの時リゼが僕の指から抜いたんだ。我が家では、指輪を抜いた人に贈る習わしが……」


 ぎゃっ! 呪いが集まってきた指輪なんて縁起でもない。呪いのアイテムじゃない。


 私はロヴィの手を掴んだ。そんな習わしは知らないわ。


 投げ捨てたいのを我慢して、ロヴィににっこりと笑いかけた。ロヴィは訝しげに眉根を寄せた。


 私はロヴィの指に指輪をはめると、ランスロットに手招きをした。


 「ランスロットさんロヴィの指輪を外してくれる?」


 ランスロットは困ったように眉根を寄せてロヴィの顔を窺った。ロヴィはぎゅっと手を握るとランスロットに来るなと片手で制した。

 

 「リゼっ!」


 非難の声を上げるロヴィに、私はきっぱりと言い放った。


 「あの時、指輪を抜いたのは不可抗力です! それに、不幸を呼ぶ指輪なんていらないわ。デザインも全然可愛くないし、だいたいこれ呪いのアイテムじゃない」


 私の身も蓋もない言葉に、ロヴィはがっくりと肩を落としている。


 弱ったふりをしてもダメだから。いらないものはいらないのよ! あげるんなら他の人にしてね。


 ……それより、お腹がすいて死にそう。


 そういえば最後に聞こえた声って何だったのかしら……。



      ♢      ♢      ♢    



 食事を終えていつのまにか寝てしまったリゼ。寝顔はあどけなくていつまでも見ていたかった。


 「殿下、そろそろ王宮にお戻りになる時刻です」

 「ああ、わかった。アルベルト、何かあればすぐ知らせるんだ。いいな」

 「承知致しました」


 アルベルトをリゼの護衛に残すと、僕は王宮に戻った。今回の事件を調べている公爵を呼び、中間報告をまとめてもらった。


 祈祷が行われた場所はあのテント以外に2か所もあった。次々と出て来る怪しい報告に王宮はてんやわんやだった。


 陛下や宰相の指示で特別対策チームまで組まれている。もちろん水面下でだ。


 おかげで、堂々とリゼの様子を見に来られる。


 「それにしてもリゼット様が無事で何よりでした」


 ランスロットの言葉が僕に重くのしかかった。


 あの時、確かに目が合った。


 赤い霧の向こうで、リゼは笑っていたのだ。


 まるで、僕を安心させるかのように。


 赤い霧がリゼを覆いつくす前に見えた姿が目に焼き付いて離れなかった。


 時間にしてほんの一瞬の出来事なのに、僕の中では時間が止まっていた。


 本当に無事でよかった。


 「指輪は、受け取ってもらえませんでしたな」


 隣でランスロットが呟く。嫌な奴だ。こういうところが無骨というか人に気遣いできないのだ。


 確かに呪いを集めた指輪など8歳の子供からしたら縁起でもないのだろう。


 これは僕が生まれたときに両親から贈られたもので、婚約の証にも使われる指輪だった。リゼがこの指輪を持っていれば余計な虫はつかないのだが。


 まだ早かったか。


 窓の外には、黄昏時の空が広がっていた。浮かぶ雲は夕日に照らされて色とりどりに染まり、遠い地平線は燃えるような赤に沈んでいく。息を呑むほど、美しい景色だった。


 リゼ、あの時、君は微笑んでいた。




                          ――おわり――





 リゼット家の屋根に絡まっていた赤い風船が、風に吹かれて静かに上空へ上がっていく。


 誰にも気づかれることなく。


 どこまでもどこまでも高く上がって、夜空へ溶けるように消えていった。





 

 

 最後まで『王太子が暗殺されるまであと7日』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


 ここまでお付き合いいただけたことを、とても嬉しく思います。


 この作品は、「もし未来を知ってしまったら、人は運命を変えられるのか」という思いから書き始めました。


 リゼットやロヴィ、そのほかの登場人物たちも、私にとって大切な存在です。私自身も、二人のその後がとても気になっています。


 いつかまた、二人の続きを書けたらいいなと思っています。ただ、今は頭の中に書きたい物語がたくさん順番待ちをしているので、その日が来るまで気長にお待ちいただけたら嬉しいです。


 ブックマークや評価、リアクションをくださった皆様、本当にありがとうございました。一つひとつが執筆の大きな励みになりました。


 また別の物語でお会いできる日を楽しみにしています。


 

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