19 身近にいる者ほど怪しい
いよいよ運命の日を迎えた。
今日は帰ってこられるのかしら……。そんな疑問を振り払うようにポケットに骨を入れた。
朝の冷たい風が気持ちいいわ。少し感傷に浸っていたら、なんと朝早くから、アルベルトとランスロットが我が家にやってきた。
マーサは2人を見ると「あら、まぁ素敵ね」
なんて言いながら朝食を準備しだした。私はそれを横目で見ながら、
「もしよかったらご一緒にいかがですか?」
というしかないじゃない。ぼさぼさ頭のお父様は、寝ぼけ眼で「リゼット、もう少しだ」なんて言って部屋に引きこもってしまったからね。いったい、何日目なのよ! いつもの事だけど。
2人の騎士はなんだかもじもじしながら言いたいことがありそうだった。何かしら?
マーサがジュウジュウといい匂いをさせて、いつもは朝食に並ばないお肉まで焼いている。パンケーキに目玉焼き、サラダはどうしたの?
マーサ、張り切り過ぎだから……。
「リゼット様、本日のスケジュールを伺いたくてまいりました」
ランスロットがいつもの堂々たる雰囲気はどこへやら、神妙な声で囁く。
んっ? 声小さいんですけど。
今日はアルベルトと王太子殿下の寝室に忍び込む予定だけど、言ってもいいのかしら……。
「えっと、アルベルトさんに手伝ってもらって、お父様の作った魔道具を、試運転する予定です」
うそは言っていないわ。アルベルトも頷いている。
私は、目の前に置かれたお肉をランスロットの方によけた。朝からそんなヘビーなものは食べられないもの。ランスロットのお皿はもう空になっていた。一口で食べたのかしら?
「今日は何時ごろ王宮にいらっしゃる予定でしょうか?」
私はパンケーキをほおばりながらアルベルトを見る。あら? ランスロットは計画を知っているのかしら?
アルベルトは無言で大丈夫だというように頷いている。
何時って夜中なんだけど……。まだ言っていなかったんだわ。
「暗くなってからの方が良いのですが、ご迷惑ですか?」
「いや、いつでもいいので、こいつをこき使ってやってください」
ランスロットはそう言ってアルベルトの肩をバシバシ叩く。アルベルトは黙って食事を続けていた。
食後のお茶を入れるとマーサが「ごゆっくり」と言って出ていったので、私は本題に入った。
「あの、建国祭のパレードの時に私とアルベルトさんは怪しい人達を見かけたんです」
「ああ、報告は受けています」
「実は、王宮にスパイがかなり入り込んでいるんじゃないかと」
「だいたいは把握しているので」
「ものの本によると、大物は身近にいるんです」
本に書いてあったもの。
「身近とは?」
「たとえば、王太子殿下の側近や護衛」
「「ぶっ、げっほ、ごほっ……!!」」
2人がいきなりお茶を噴いた。……ちょっと、汚いんですけど。
ランスロットは慌てて立ち上がるとナプキンでテーブルを拭いている。
「し、失礼した」
マーサ、2人のお茶に何か変なものはいれていないわよね?
「大丈夫ですか?」
「ああ、すみません」
「リゼット様、その情報はどこから」
「情報というよりは常識ですわ」
「それを、ロヴィ様にも?」
「まだ言ってないけど、そうね言わなきゃ」
「「お待ちください!!」」
2人が一斉に手を上げる。シンクロしているわね。
「ロヴィ様には私の方から申し上げます」
ランスロットが身を乗り出すと、大きな声で言う。何か心当たりでもあるのかしら?
「護衛や侍従がスパイなどと考えられないのでは?」
アルベルトの言葉にランスロットも頷く。
チッチッチ! 私は人差し指を立てて横に振った。
「ご本人じゃなくても恋人や奥様がスパイの可能性があるんです。むしろ、その可能性の方が高いんですよ」
「私は独身です。彼女もいません」
聞いてもいないのにランスロットが大きな声で言う。
これはアピールしているってことかしら? でも誰に? 何を?
「俺も、右に同じです」
2人が真剣な眼差しを私に向けた。
「……だから何ですか?」
誰もあなた達だとは言っていません。
「あ、別に特に意味は……」
ランスロットが気まずそうに視線を落とした。
そうよね、関係ないでしょう? 私にアピールしてどうしろと……。
「お2人には関係のないことですよ」
私が笑いながら言うと、2人はほっとしたように背もたれへ身体を預けた。
まったく2人共、頼りにして大丈夫かしら。
「しかしリゼット様はどこでそんな知識を?」
アルベルトが緑の瞳を細めて疑うような視線を投げてきた。どういう意味かしらね。
「本に書いてあります。お2人とも本を読まないのですか?」
「本ですか?」
ランスロットが不思議そうに言うから、マーサの好きな本の名前をあげた。
「『ハニートラップにはお仕置きよ』とかですよ」
「それ、お借りしてもいいですか?」
「だめです」
ダメに決まってるでしょ!
そんなことより作戦を決めなきゃ。
今からだと今日の夜までにスパイを調べ上げるのは無理ね。
つまり実行犯だけか……。
空気清浄機も設置しないといけないし、私はしばらく考えを巡らせた。
現場を押さえるのが一番だわ。
今夜が最後の勝負になる。
「いいこと、お2人には協力してもらいたいの」
鋭い眼差しに変わったランスロットが、黙って頷いた。
「アルベルトさんと一緒にこの空気清浄機を持って忍び込むのよ」
「忍び込む? 王宮にですよね?」
「そうだけど、違うの」
「それは、どういう意味でしょうか?」
2人の頭にはてなマークが浮かぶ。
私は声を潜めると、本当の計画を打ち明けた。
「真夜中に、王太子殿下の寝室へ忍び込むのよ」
2人はギョッとしたように顔を見合わせた。
「「リゼット様!それは、夜這いでは!?」」
ランスロットが驚いて椅子ごとひっくり返った。
「這ってなんか行きません。ちゃんと歩いていくわ」
這うだなんて、戦場に忍び込むわけじゃないんだから。
「這ってはいかないらしい……」
アルベルトは呟きながらランスロットの顔を窺う。
私が頷いていると、ランスロットは倒れた椅子を起こしながら大きくため息をついた。
「は、這うことはないかと……」
ランスロットはしどろもどろに言う。
あたりまえじゃない。ちゃんと二足歩行よ。
失礼ね! 騎士の人達って少し考えが足りないのかしらね。身体ばかり使うからかもしれないわ。
けれど、笑っていられる時間はもう残っていなかった。
運命の歯車は、もう止まらない。
祈祷が始まるまで、いよいよ秒読み開始だ。




