17 未来を変えるために
「アルベルトさんに頼みたいことがあって」
「ふ~ん、そう。僕ではダメなのかな?」
えっ? ダメってわけじゃないけど、私がアルベルトの顔を窺うと大丈夫だというように頷いた。ロヴィには話しても大丈夫ってことかしら?
「明日の夜、付き合って欲しいなって」
「付き合う!?」
ロヴィの声が冷たく響いた。一気に部屋の温度が下がる。
王城は夜の外出が禁止なのかしら?
「あっ、ロヴィは無理しなくていいわ、アルベルトさんに頼むから」
後ろでランスロットが、頭痛を堪えるように額に手を当てていた。アルベルトは俯いている。
んっ? どういうこと……。
夜は都合が悪いのかしら……。 違う侍女さんと打ち合わせとか?
「アルベルト、明日は仕事だな」
「はい」
「では、これで失礼します」
アルベルトは私の方に視線を一度だけ移すと、恭しく一礼をして去っていった。
あ~あ、明日の打ち合わせが……。恨みがましくロヴィの顔を見る。
「ロヴィは仕事じゃないの?」
「明日は空いているな。今日もこれからはオフになった」
「そうなの? じゃあ私は忙しいから、王都見学に行くといいと思うわ。建国祭でにぎわっているから」
これから、お父様の作った空気清浄機の試運転もしないといけないし、明日の段取りも考えないといけないもの。
「リゼ、君はこれから何をするのかな?」
「ロヴィには関係ないわ」
私はロヴィを無視して、お父様からもらった空気清浄機を持ち上げようとした。すると、脇から手が伸びてきた。
「お持ちしましょう」
ランスロットが大きな手で一つかみ。さすがだわ、素敵ね! キラキラした顔でうっとりしていると、ロヴィがその手から空気清浄機を奪う。
「僕が持っていこう。これは何だい?」
もう、せっかくの機会なのに。
「空気清浄機よ。お父様の発明品なの」
「空気清浄機?」
「うん、空気を洗うのよ」
「これをどこにもっていくのかな?」
「2階の私の部屋までお願いね」
「ランスロット。お前はここで待っていてくれ」
ロヴィは私と一緒に部屋まで上がってきた。
入り口でロヴィが立ち止まった。どうしたのかしら? 私がロヴィの顔を見上げると、彼が口を開いた。
「女の子の部屋へ入るのは失礼じゃないか?」
あら、今、気が付いたのね。
「そうよ、失礼になるわ」
私がニッコリ笑って空気清浄機を受け取ろうと手を伸ばすと、ロヴィは巧みにその手を躱した。
「出迎えてくれるのか。ありがとう、失礼じゃないみたいだな」
ロヴィは私の言葉を強引に捻じ曲げると、片手でドアを開けてずかずかと中に入ってしまった。
はいっ? 今、失礼だと言ったわよね。私。
「ロヴィ、ちょっと待って」
「ここに置くか」
そう言って、窓際のテーブルに空気清浄機を置くと、物珍しそうに観察しだした。
やっぱり、魔道具が気になるんだわ。
お父様と同じね。
「これはね、ここに水を入れて使うのよ」
「ふうん……なるほど」
ロヴィは相槌を打ちながらも、視線は空気清浄機から私へと移ってくる。
「それでは、明日の予定を立てようか」
急に真剣な声で言われて、私は戸惑った。
「まだ、決めていなくて」
ロヴィを巻き込んでいいのか実は迷っている。
たまたま出会っただけの少年なのに、夢で見たあの少年と重なる。
それが少し、怖かった。出来れば巻き込みたくはなかった。アルベルトなら、もう大人だから何とかなるんじゃないかと思うのよね。
「あなたを巻き込みたくはないの」
「僕を?」
私が頷くとロヴィが真剣な顔で問う。
「君は? 君のためにやっているのか?」
私は迷いなく頷いた。私のためよ。あの少年を助けたいの。そうしないと後悔するもの。未来を知る者の務めとしてね。
「うん。私のため。後悔はしたくないから」
真っ直ぐにロヴィの灰がかった青緑の瞳を見つめる。窓からの光が入ると、まるで深淵のような青に見える。吸い込まれそうな、深い青……綺麗ね。
どのくらい時間がたったのか……。
ロヴィがふっと視線を外した。
誰に言うでもなく呟く。
「君は、覚悟を決めている。僕には、何も話してくれないんだね」
それは責める口調ではなかった。
どこか諦めたような、寂しい笑みだった。
「アルベルトには、僕から話しておこう」
「えっ? ありがとう」
「昨日のことは聞いた。リゼ、危ないことをしている自覚はあるか?」
危ないことをしている? 私が……?
違うわ、危ないことを止めようとしているのよ。
「危ないことなんてしていないわ」
「そうか、ならいい」
ロヴィはそれ以上何も言わなかった。
寂しそうな横顔が気になる。
ロヴィは、いつも、ひとりなのかしら……。
そいえば、前世で読んだあの少年も、そうだった。
本当はロヴィのことも放っておけなかった。でも、今は先にやらなきゃいけないことがある。
確実にいる王宮のスパイ。どこかで行われる祈祷。狙われている王太子。
守らなきゃいけない。
ロヴィが部屋を出ると、私は窓際に置かれた空気清浄機へ視線を移した。
これに水を入れて発動させれば、部屋中の『悪い空気』を綺麗に洗い流してくれる。
そう、侍女が、王太子の寝室で焚こうとしている『毒の香』であっても。
明日の夜、私はこれを持って王太子の寝室に忍び込む。そして証拠を押さえ、暗殺の芽を一つ確実に摘み取るのよ。
未来を変えるために……。




