16 真夜中のお願い
「お嬢様、朝ですよ」
マーサの声がして目が覚めた。
「今日はお寝坊さんですね」
マーサに言われてはっとする。いけない今日はゆっくり寝ちゃったわ。昨日は変な夢のせいで眠れなかったから疲れが出たのかしら?
冷静にそんなことを分析した。マーサが言うにはお父様は昨日私が持って帰ってきた魔石に夢中らしい。
いけない! まだ支払っていないわ。いくらかしら……。
「マーサ、あのね、まだお支払いしていなくて」
マーサの焼いてくれたパンケーキをほおばりながら言うと、
「お嬢様、請求書が届いてからで大丈夫ですよ。なじみの店ですから」
マーサの話によれば、お父様が子供の頃から出入りしていたお店らしい。
「リゼット、出来たぞ。さらに良くなった」
お父様は私が頼んだ空気清浄機を嬉しそうに見せてくれる。
間に合ったみたいだわ。
お父様は私が持ってきた赤い魔石がいかに良かったかを説明し始めた。
「今まで魔石の色で出力が違うなんて考えたことがなかったんだが、相性もあるんだな。これには一番向いていた。どうだリゼット」
お父様がどや顔で私を見つめた。はいはい、凄いわ。
「お父様って、天才ね!」
私が言うとお父様は破顔した。
「それ、貰ってもいい」
「ああ、すぐに、もう1台作るぞ」
「もう1台? 」
「ああ、まだ範囲が狭いからね。君の部屋にはこれで充分だと思うよ」
えっ? 私の部屋? そんなに広くないけど……。まっ、大丈夫よ。明日の夜には必要なんだから贅沢は言えないわよね。
お父様から受け取った空気清浄機は私が両手で抱えるくらいあって、ずっしりと重かった。問題はこれをどうやって王太子の部屋に、こっそりと侍女に気が付かれることなく設置するかよね。この重さじゃ、一人で運ぶのは絶対に無理だわ。
「お嬢様、お客様がいらしてます」
「えっ? 私に?」
「昨日お迎えに来られた方ですよ」
「アルベルトさんね」
急いでリビングに向かうと、なんだかちょっと疲れた雰囲気のアルベルトが立っていた。昨日はあれから取り調べに、現場検証とかで大変だったのかしら? 私の頭の中に『警察24時』が浮かんだ。
そういえば目の下にうっすらと隈も見える。徹夜だったのかしら……。
まさか、美女さんと仲良く過ごしていたりなんかして、ふふふ。私の妄想はあらぬ方向へと広がっていく。つい、にやけた顔でアルベルトを見てしまう。
「アルベルトさん、おはようございます。昨夜は楽しめましたか?」
アルベルトさんは一瞬片方の眉を上げた。あら、反応したわね。
「おはようございます。お嬢様、それはどういう意味ですか?」
鋭いまなざしで言われて私はひるんだ。子供にそんな目を向けるなんて大人げないわね。
「てっきり、王宮の美しい侍女様と、素敵な夜を楽しまれたのかと」
「楽しむとは?」
あらまぁ~何て言おうかしら?
「お話ししたり、お菓子を食べたりでしょう」
私はこてっと首を傾けた。この人は子供に何を言わせたいのかしらね。
「昨日は仕事でしたので、そんなのんきなことはしていませんよ。それより昨日の事をもう一度お聞きしたくて」
あっ、私のウソがばれたのね。
「え~と、昨日の事は怖くてよく思い出せないの……」
私がうつむいて言うと、アルベルトは困ったようにため息をついた。横目で見ると頭をかいている。これ以上は追及しないわよね。それよりも、この人、使えないかしら? 昨日の態度を見ると、スパイ側じゃないもの。
「あの、ご相談があるんですけど」
私の言葉にこちらを向く。
「お嬢様のお願いは叶えるように上司に言われています」
「どんなことでもいいの?」
「あ、予算に限りがありますが……」
昨日みたいに、魔石を全部買うなんてことは出来ないっていう事かしら? でもこれからお願いすることはお金がかからないから大丈夫よね。
「アルベルトさんは、王太子殿下にお会いしたことはあるの?」
アルベルトは目を少し細めて私が何を言いたいのか考えるように頷いた。
「もちろんです」
「どんな方なの?」
「聡明な方です。文武両道で私など足元にも及びません」
そうよね、その噂は街中でも広がっていた。この度の建国祭も王太子殿下のお披露目があるからと多くの人が国内外から集まってきたものね。
私は大きく呼吸をする。
言わなければ。もうここまで来たらやることは決まっている。あの空気清浄機だって、1人じゃ運べない。協力者がどうしても必要だった。
「――王太子殿下が狙われていると言ったら、信じる?」
アルベルトの瞳に鋭い光が宿る。
「どういう意味ですか? 何を狙われていると?」
私は息をのむと小さい声で言った。
「命よ」
「……? はいっ?」
アルベルトは一瞬聞き返してから、私の顔を見ると、何かを整理するように眉をわずかに寄せた。それから腕を組む。
その様子からは私の話を真面目に考えていることが伝わってきた。
やっぱり、王太子殿下の周囲には何かあるんだわ。
アルベルトは少しの間をおいてから口を開いた。
「その情報は、どこからですか?」
先ほどとは違った硬質な声が私を問い詰めた。
この人、子供相手でも容赦ないのね。
「言えないわ。その人が危険になるから」
って言うか、情報源は私です。信じないと思うけどね。私は真っ直ぐにアルベルトの瞳を見つめる。
視線返しよ! 負けないわ。
アルベルトは、ふっと視線を落とした。子供相手に何をやっているんだ、って思ったのかしら?
いずれにせよ、勝ったわ! こっそりガッツポーズを取る。
なんだか急にすごく疲れた顔をしている。
「なるほど、一理あります。で、私にお願いとは?」
「明日、王城に連れて行ってほしいの」
「明日ですか? それは王太子殿下に関係のあることですか?」
私は頷く。
「王太子殿下を助けたいの。アルベルトさんもそう思うでしょう?」
「我々の仕事です。お嬢様は関わらないでください」
その言葉は、子供にいったい何が出来るのかと言っているようだった。本来ならば、それは正しい。でも私しか知らない未来がある。
「でも、アルベルトさんは何も知らないでしょう?」
アルベルトは鋭い視線で私を見た。
「今、教えてくださればすむことです」
私は首を振った。
「現場にいなければ対処できないことなの」
「しかし……」
「まさか、王太子殿下を見殺しにするつもり?」
アルベルトはしばらく黙り込んだ。
やがて諦めたように口を開く。
「……時間は?」
「日付が変わる前に」
「それは、真夜中では……」
「そうよ、ダメ?」
私は再び決意を込めた瞳でアルベルトを見上げた。アルベルトは驚いたように私の目を見つめ返す。
「もし、私が断ったらお嬢様はどうするつもりですか?」
私はちょっと考えた。ロヴィに聞いてみようかしら……。
「君達、何をやっているのかな?」
冷たく響く聞き覚えのあるその声に振り返ると、いつの間にか玄関のほうからロヴィとランスロットが入ってきていた。
えっ! 聞かれた?
アルベルトは黙って視線をそらした。口を割るつもりはないらしい。
どこから聞いてたのかしら?
「あの、昨日の事をアルベルトさんに聞いていて……」
「へぇ~そうなの? 僕には君がアルベルトに、お願いをしているように見えたけどね」
あっ、そこね。ほっと胸をなでおろす。ごまかせる範囲だわ。
アルベルトが言わない限りね。
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