15 盗まれたものは?
大通りで立ち止まっているとアルベルトが声を掛けてきた。
「お嬢様、今日はもうお帰りください。お送りします」
「でも、魔石屋さんは?」
「これから騎士団に行きましょう。今戻られるのは危険です」
「危険?」
おじいさんは不思議そうにアルベルトの顔を窺う。
「さっき、怪しい輩を見かけました。こういう日は暴徒が多いんです」
「聞いた事がないな」
「おじいさん。とりあえず、騎士団に行った方がいいと思います」
私の言葉におじいさんはしばらく考えてから頷いた。
「そうだな。魔石のお金は後で大丈夫だよ」
おじいさんはそう言うと私に片目をつむった。
アルベルトが肩から下げている袋に赤い魔石が詰まってる。
横目でその袋を見るたび、ため息が出た。
(こんなに買っちゃってどうしよう。怒られるよねこれ……)
今すぐ逃げたい……。
「馬車でお送りしますので」
無情にもアルベルトは有無を言わせずに私とおじいさんを馬車に乗せ、家まで送ってくれた。
おじいさんとアルベルトはこれから騎士団に行くそうだ。私もそっちがいいのに……。
「おじいさん。近いうちにお店に行きますから」
私はそれだけ声を掛けた。袋いっぱいの魔石を抱えて家に戻る。
お父様に何て言おう……。
「おかえりリゼット、空気清浄機出来たぞ」
間の悪いことにお父様が嬉しそうに私を見つけてやってきた。
「重そうだな、何だいそれは」
お父様は私から袋を受け取ると中をのぞく。
魔石を一つ手に取ると驚いたように私を見た。
やっぱり、驚くわよね、この数だしね。私は覚悟を決めてお父様に言う。
「まだお金払っていないの……」
「……お金……そうだな、しかしリゼットこれはどうして?」
「たまたま赤い魔石が売り出し中で……」
「……売り出し中?」
お父様は袋の中をもう一度のぞき込んだ。
「いや、これは……」
少し考えるように首をかしげる。
「これだけあれば……そうだな、いけるかもしれない……」
お父様は何かに気が付いたように目を輝かせると、魔石を持って部屋へ戻っていく。後ろ姿を見ながらほっと胸をなでおろした。
大量の魔石を買っても怒られなかった。良かった。お父様の研究に役立つみたいだったしね。それにしても、怪しい合図に、侍女。気になるわ……。
思いのほか、今日はたくさん成し遂げた気がする。
「頑張ったでしょう?」
いつものように骨を取り出して話しかけた。
月の光に当てて虹が見えないか確かめてみる。また少し透明になった気がした。
◇ ◇ ◇
俺は近衛騎士団の上司に事の顛末を報告した後、魔石屋の店主と共に第三騎士団と合流した。
「報告は以上です」
俺は敬礼をすると一歩下がった。
「アルベルト、店主が一人で店に戻るのはまだ危険だ」
そう言うと隊長が部下に命令を下す。
「第三騎士団、『星の雫』の調査に出動だ。ご店主、申し訳ないがお疲れのところ現場検証にお付き合いください」
さっきまでいた魔石屋を訪れれば、中を見た途端店主は固まり天を仰いだ。
ドアは壊され、棚は倒れ、商品は床に散乱していた。
店主は震える手で商品を確認していく。
「報告です。盗まれたものはありません」
騎士が隊長に声を掛けた。
これだけ壊されて、盗まれたものがない? 目的は、やはり赤い魔石だったのか?
あのお嬢様がいなけりゃ今頃どうなっていたか、わからない。
「強盗か……?」
隊長は荒らされた店内を見回した。
「だが何も盗まれていない。目的が別にあるのか……」
隊長は腕を組み考え込んでいた。
「嫌がらせの線もあるな」
その的外れなつぶやきを聞きながら、俺は(さっきのお嬢様の方がずっとしっかりしているし、絶対何かを知っていそうだったな)と考えた。
まさか、ただの嫌がらせで済ますつもりか?
こりゃ、ダメだな。
「ところでアルベルト、近衛騎士団のお前がなぜここにいる」
はぁっ? お前が呼んだんだろ!
「はっ、王太子殿下の命を受けました」
「そうか、その命とは?」
「誰にも話さない事です」
隊長はしばし俺の顔を見つめた。言えるわけがない。
さっさと引き上げて、お嬢様に聞きに行くか。そう思って外に出たら、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
これじゃあ、あの子はもう寝ている時間だろう。
王城に戻るとランスロット団長が待ち構えていた。
「殿下がお呼びだ」
ランスロット団長の後に続き殿下の部屋へ向かう途中すれ違った侍女に見覚えがあった。街で見た女だ。ここの侍女か。
前を行くランスロット団長に小声で話しかけた。
「今すれ違った侍女は、今日、街で見かけました」
ランスロット団長は無言で後ろを一瞥した。この人の凄いところは、雰囲気で人を識別するところだ。たぶん今の侍女も覚えたのだろう。気配って言うのかそれを察する能力が常人の域を超えている。
「わかった。気を付けよう」
短くそう言うと俺達は王太子殿下の部屋へ通された。
俺は今日あった出来事と街で見かけた侍女の怪しいやり取りを報告する。
「以上です。明日はもう一度リゼット様に詳しく聞きたいことがあります」
「必要ない。私が聞こう」
「殿下、明日は午前中各国大使との交流会があります。午後は婦人会のお茶会の招待に夕方からはパーティーが予定されています」
殿下はランスロット団長を冷たいまなざしで一瞥した。
「重大なことはなんだ」
「交流会です」
「なら以上。他は欠席だ」
「し、しかし我が国の招待で……」
「なんだ」
一瞬で部屋の温度が下がる。
ランスロット団長はそれ以上何も言えずに引き下がった。
「敵はそれを狙っているのだ。気を抜くな。何かが動いている。各々心してかかるように」
殿下の部屋を後にするとランスロット団長が小声で話しかけてきた。
「リゼット様は可愛いだろう。殿下も他人には任せられないというわけだ」
きょろきょろと動く薄紫の瞳を思い出す。何かを考えているときの横顔が大人っぽくて、ぎくっとしたことは心に秘めておこう。
「ええ、まあ」
殿下が興味をひかれるわけだな。
廊下でまたさっきの侍女を見かける。おかしい、何度も王太子殿下の部屋の前を行き来するなど、あからさまに監視しているようじゃないか。俺はランスロット団長に目配せをした。
すれ違いざまにわとつまずき、そこにうずくまる。
「騎士様いかがなされましたか?」
前を行くランスロット団長は、俺の意図を察して無言で去っていく。
「すみません。先ほどの訓練で足を……」
「あ、どなたかを呼んでまいります」
急いで侍女の手を掴む。
「ご親切にありがとうございます」
それからそっと侍女の手を両手で包んだ。
侍女の手が一瞬だけ震えた。
その反応だけで、十分だった。
「優しいお方はお手まで美しい」
そう言って目を合わせれば、侍女は急いで目を伏せた。
「お戯れを」
そう言いながらも手をひかない。
これは、いけるな。
情報を引き出す。それだけだ。
たっぷりと聞かせてもらおう。自然と口角が上がる。
いつも読んで頂きありがとうございます。
アルベルトが何をするのか気になりますね。
明日は夕方の投稿になります。




