14 鏡の合図
大通りから脇に入った小さな路地を曲がっていけば、一軒の店がある。
店の前に出された木の看板に気が付かなければ通り過ぎてしまうだろう。
夢で見たのと同じだわ。
アルベルトは『星の雫』店の前に置かれた看板を目ざとく見つけると、看板を外した。
そう、目印はなくした方が良いもの。さすがだわ。
私は持ってきたクマのぬいぐるみを取り出すと看板があった場所に置く。自然に見えるかしら。
ここに来るまで空き店舗もいくつかあったからそこに看板を置けば目くらましになるわね。
「アルベルトさん。その看板はよその空き店舗のところへ」
私が言うとアルベルトが看板を持って空き店舗へ向かった。
夢で見た男たちは、この店を探しているようだった。なら少しでも迷わせた方がいいわ。
中に入るとカウンターで魔石を磨いているおじいさんが一人いるだけだった。
「いらっしゃい。何かお探しかな?」
「こんにちは、セオドアの娘です。初めまして」
私が言うとおじいさんは嬉しそうに微笑んだ。
「おやまあ、大きくなったね。今日はお父さんのお使いかい?」
「急いでほしいんです。時間がないの。パレードが始まっちゃうから」
「おおそうだった。あれを見ないといけないね。何がいるのかい?」
ドアチャイムが鳴ってびくっとして振り返ると、アルベルトが戻ってきていた。
「お店にある赤い魔石をここに全部入れてほしいの」
カバンから布の袋を取り出しカウンターの上に置く。
あの未来で狙われていたのは、間違いなく赤い魔石だった。
「おやおや、全部かい?」
「そう、急いでお願い」
「今年は王太子様のお披露目があるから楽しみだね」と言いつつ、戸惑いながらも赤い魔石をカウンターの上に並べ始めた。
「セオドアの娘なら、理由があるんだろうね。いつも突拍子もない変なものを発明するからね」と小さくつぶやいていた。
王太子様のお披露目があるのね。夢で見た苦しんでいる少年、力なく落ちる手、あの瞬間が頭をよぎる。
守らなきゃ。
入り口のドアに粘土を付けていく。夢の中で、彼らは正面から乱暴に押し入ってきた。だから、まずはそこを封じなきゃ。これでしばらくは時間が稼げるもの。
窓のカーテンを閉めたら、カウンターに赤い魔石を並べているおじいさんに慌てて指示をする。
「貴重品を持って、裏口から出るから、パレードに行きましょう」
説明する時間はもう残っていなかった。アルベルトが急いで赤い魔石を袋に詰めて肩にかけた。
明かりを消すと、おじいさんはパレードを見に行くと思ったみたいだ。
「そうだな、せっかくのパレードが行ってしまうからな」とぶつぶつ言いつつ、カウンターの下に置いてあったカバンを取った。
裏口のドアを閉めた、その瞬間だった。
表のドアをガチャガチャと鳴らす音が響く。
一瞬アルベルトと顔を見合わせた。
間一髪……。
おじいさんは気にもとめず「パレード間に合うかな?」と呟いた。
私はおじいさんのカバンに手を添えてニッコリ笑った。そっとお店を離れる。
彼らは赤い魔石を探すつもりだ。私達が逃げたとは気が付かないだろう。パレード見学に行って留守だと思ってくれればいい。アルベルトが鋭い視線で周りの様子をうかがう。
壁際から壁際へとつたい、少しずつ距離を測りながら人ごみに紛れて大通りを目指した。
大通りに出たときには、すでにパレードの歓声は遠ざかっていた。
王太子様の馬車は、私たちが裏路地を抜ける少し前に通り過ぎてしまったらしい。
「間に合わなかったな。屋台でも行こうか。おごってあげよう」
魔石屋のおじいさんはそう言って笑う。
良かった。おじいさんも無事で……。
おじいさんの笑顔に、ほっと胸をなでおろした。
パレードは見れなかったけれど、ここまでくれば大丈夫ね。
そのとき、前を歩くアルベルトが急に私のそばに寄った。
アルベルトの気配が変わり目つきが鋭くなった。
「……リゼット様、歩みを緩めてください」
低く抑えた声。
私は言われた通りにしながら、彼の視線を追う。
大通りの反対側。
建物の影に、王宮の侍女服を着た女が立っていた。
馬車が通り過ぎた方向をじっと見つめている。
その瞬間——。
女の手元で、小さな光が弾けた。
鏡?
太陽光を反射させて、どこかへ合図を送っている。
アルベルトが目を細め視線だけで何かを追っていた。
「……合図です。複数います」
私は息をのむ。
「リゼット様、視線を向けないで。そのまま歩いてください」
私はうなずき、前を向いたまま歩く。
アルベルトは小さく続けた。
「……3階の窓。カーテンの隙間に人影。
鏡の反射を受け取ったのは、あそこです」
私は思わず足を止めそうになった。
「窓の中……?」
胸がざわつく。
前世で読んだ小説。香を焚いていた、あの侍女。
——同じ服だわ。相手がいるって言うことは……1人じゃなかった?
侍女は、こちらに気づくことなく、
合図を終えると人混みへ溶けるように姿を消した。
アルベルトが低くつぶやく。
「……王太子殿下の馬車が通過した直後に動き出すとは
狙いは、やはり——」
その言葉に胸の奥が、すっと冷えた。




