第8話 アクアマリン
花菜の誕生日が終わったあとも、僕たちは変わらないペースで会い続けていた。
会えば会うほど、少しずつ距離が縮まっていくのが分かった。
そんな日々の中で、年内最後のテスト期間がやってくる。
いつもは大嫌いで仕方がないこの期間が、今はたまらなく愛おしく思えた。
花菜とテスト勉強を口実に会えるからだ。
週の半分以上、花菜と会えた。
それだけで十分すぎるほど嬉しかった。
部活がないからか、花菜は校則の範囲内で髪を少しだけ整えていて、
そのさりげない可愛さに、毎回ドキドキが高まった。
ある日、学校で勉強しようという話になった。
授業が終わり、掃除当番が掃除をしている。
人がまばらに帰っていく中、僕はなぜか緊張してしまい、当番でもないのに掃除を手伝っていた。
「ありがとう、助かったよ」と言われ、賑やかだった教室は一気に静かになる。
僕は自分の教室を出て、花菜のクラスへ向かった。
覗いた瞬間、窓際に座っている花菜と目が合う。
「遅かったね」
「掃除当番だったから」
つい、無意味な嘘をついてしまう。
花菜は隣の空いている席に案内してくれた。
自分の席と高さが違うだけで、妙にソワソワする。
「じゃあ、する?」
「えっ、何を?」
「テスト勉強」
「あ、うん。しよう」
妙な緊張が、変な誤解を生んでしまった。
勉強を始めても、花菜が気になって仕方ない。
最初は花菜をチラチラ見ていたのに、気づけば教科書をチラチラ見るふりをしていた。
花菜はすぐ気づいたようで、
「そんな見られると恥ずかしいよ。
もし同じクラスで隣の席だったら、よそ見しないでってずっと怒ってると思う」
少し意地悪な口調で笑う。
「授業より勉強になるよ」と適当な相槌を返すと、花菜はふっと空を仰いだ。
「テストが終わればクリスマスだね」
その言葉で、ようやく気づく。
今年は参加する側のクリスマスなんだ、と。
「クリスマスは家族でパーティするんだ。
だから、イブに会えるといいんだけど……」
花菜は少し不安そうに言った。
僕は即答した。
「じゃあ、イブに会おう」
花菜はホッとした顔をした。
「その日は練習試合で近くの高校に行くんだけどね」
僕も部活はあるが、比較的早く終わる予定だった。
ここは彼氏として頑張らないと
「僕の方が早く終わるから、プランは任せて」
勢いよくそう言った。
テスト勉強そっちのけでデートプランばかり考え、テストの点数は案の定、ほどほどだった。
プレゼントは一緒に選ぶことにした。
ネットで可愛いアクセサリーショップを見つけ、ネックレスに合うものがあるかもとブックマークする。
ケーキの美味しい店も予約した。
電話予約は緊張しすぎて、普通の人より時間がかかったと思う。
15分遅れたらキャンセル扱いらしい。
メモもした。
高校生のデートとしては完璧だと思った。
……はずだった。
当日、気もそぞろで部活をしていると、よりによって今日に限って部活が長引く。
他の部活の会場設営に急遽駆り出されてしまったのだ。
時間はどんどん過ぎていく。
予約の時間もとうに過ぎてしまった。
準備が終わり、解散になると、メンバーが「後片付けはやるから早く行け」と背中を押してくれた。
ごっちんに続いて、また借りができてしまった。
外はもう日が傾いている。
急いで連絡しようと携帯を開くと、花菜からメールが届いていた。
−友達がバレー部が駆り出されてるの見たって。
気にしないでね。ゆっくり来てね。−
それでも僕は走った。
駅の時計下。
地元の定番の待ち合わせ場所。
花菜はすでに来ていた。
僕は髪もぐちゃぐちゃで、息も上がっていた。
「会えるだけで嬉しいんだよ」
花菜は微笑んだ。
その一言で、胸がじんわり温かくなる。
「お昼いっぱい食べたからお腹減ってないし。
ちょうどよかったよ」
なんていい子なんだろう、と改めて思った。
気を取り直してアクセサリーショップへ向かう。
綺麗なアクセサリーが並んでいて、花菜に似合いそうなものを探す。
……が、値札を見て固まった。
想定していた金額の“0がひとつ違う”。
冷や汗が出る。
花菜は指輪を指差して言う。
「これ可愛いね。こういうの好き。
いつか働いたら買ってね」
そう言って、上の階へ誘ってくれた。
情けなさが胸に刺さる。
上の階には雑貨屋があった。
落ち着いたデザインのキーホルダーが並んでいる。
普通のキーホルダーとは違う、少し特別な感じがした。
「わたしね、お揃いの物がほしいの」
花菜が上目遣いで言う。
耐えられなくなって謝った。
「気ばっかり遣わせてごめん」
花菜は少しムッとした顔をした。
「わたしは本当にこれが可愛いと思って、
お揃いで持ちたいと思って言ったんだよ。
気を遣ってるなんて勝手に決めつけないで」
花菜の怒った顔を初めて見た。
胸がぎゅっと締めつけられた。
「ここに連れてきてくれたじゃん。
行きたいフロアは違ったけど、目的地は合ってたよ」
そうフォローしてくれる。
「お腹だって減ってないし……」
と言いかけた瞬間、花菜のお腹が小さく“グゥ”と鳴った。
二人で思わず笑ってしまう。
「お腹減ってないのは、ちょっとウソ。
部活頑張ったから」
花菜は顔を赤くして言った。
キーホルダーは色違いで買うことにした。
お互いに似合う色を選び、相手のために買う。
買い物を終えたあと、僕は閃いた。
「ちょっと待ってて」
駅近くの小さな広場へ向かい、ベンチに汗拭きタオルを敷いて花菜に座ってもらう。
僕は荷物を置いて走った。
コンビニでケーキと温かい飲み物を買って戻る。
「お店じゃなくなっちゃったけど……
ここでケーキ食べるの、どうかな?」
「すごくいい!ありがとう」
花菜は満面の笑みを見せた。
「メリークリスマスイブ」
少し寒い広場で、できるだけくっついて座る。
寒いのに、不思議と温かかった。
ケーキを食べながら、お互いにキーホルダーを渡す。
開けてみると、選んだ色はどちらもネイビーだった。
思わず笑ってしまう。
「今日はごめん」
できるだけ軽く言うと、花菜は首を振った。
「楽しいから全然平気だよ。
でもありがとう。私を思ってくれて」
その時、花菜の首元で誕生日に渡したネックレスが小さく光った。
胸が熱くなる。
花菜がふと思い出したように言った。
「この間テレビでやってたんだけどね。
出会った男女が付き合う確率って、0.5%なんだって。
実感ないけど、すごい低いよね。
……わたしと0.5%を選んでくれてありがとう」
胸がいっぱいになった。
気づけば、勢いで言っていた。
「花菜との0.5%が、僕の99.5%を作ってるよ」
「意味分からないよ」
そう言いながら、花菜は嬉しそうに笑った。




