第36話 SORA
湿気とキレの悪い晴れがつづく梅雨を越えるからかもしれない。
夏と言われた途端に人も他の生き物も浮き足立つ。
今年もテレビのCMは
海にプールにレジャーの広告ばかり流れる。
僕は夏休みの間だけやってる
懐かしいアニメの再放送を見ながら
母が作り置いた朝ごはんを食べる。
家で勉強など出来るはずもなく
学校か塾か区民センターへ勉強をしに行く。
勉強をしに行くと言っても未だ受験への熱意は持てずにいた。
学校は夏休みも補習授業を行ってくれた。
ただでさえ勉強の熱意もなければ
大した進路もやりたいことも無い僕は
科目の多い国立はとうにすてており
私立の文系にだけ絞っていた。
国語と英語と日本史の3科目だ。
カタカナが覚えられない僕は世界史を諦めていた。
学校に着くと
僕よりも先についたであろう花菜は
3列前の席に座っていた。
僕は後ろに席を取ってくれていた友達の所に向かう。
補修が始まる前、
雑談をしているのは僕たちくらいだった。
聞いているようで聞いていない補講を
午前中うけて、午後は塾に行く。
長続きしない自習を続ける。
勉強の仕方を知らない僕は
最初の数ページを読み込んでは忘れる。
そしてまた最初の数ページを始める。
そればかり繰り返す。
一方、花菜は8月の頭に最後の試合があるので
補講を受けたあとは練習に行く。
僕は勉強量で言えば一緒だと
勝手に比べて勝手に安心していた。
この頃の僕は何をやるよりも
何時間やるか。ばかりに焦点をあてていた。
塾の先生と進路の話になる。
僕は家から近い有名私大をとりあえずの志望校にする。
そこに行けば
僕の住む地域ではとりあえず優秀という判断をされ、
就職にも苦労しない。
ただそれだけだった。
これが大きな失敗とも言えるし
その後の人生を考えたときに成功ともいえるのだが
人生の分岐だった事に間違いはない。
僕は携帯電話をスマートフォンに変えた。
その事によって、
また一歩勉強への手が遠のくのだった。
8月の初旬、
花菜の最後の試合が幕を閉じる。
勝っても負けてもその日限りの大会だったそうだが
花菜はようやく清々しい顔をしていた。
その日以降は学校のある日は
花菜と勉強
それ以外は塾で勉強という流れで
週の半分くらいは花菜と会うようになった。
花菜も何かがしたくて大学に行くというよりは
とりあえず偏差値で志望校を決めていた。
僕も受けるであろう大学ではあったものの
僕の第一志望とは異なっていた。
どこでも良かった僕は
花菜の受ける大学を第一志望にしてもよかったのだが
一度言ったことを撤回したくない。
花菜に合わせたと思われたくない。
なんとなくそんな気持ちが強く
志望校を変えることはなかった。
一緒に勉強するときは
1時間に一度休憩をとって話をする。
何となくそんな約束をしていた。
「勉強ばっかじゃ息が詰まるね」
「そうだね、体を動かしたいよ」
「この間まで動かしてたもんね」
「そうなの。だから花火大会楽しみなんだ
夏休み唯一の楽しみだから。
和装してくれるんでしょ?」
「去年の花菜の浴衣可愛かったから
一緒に着たいなって思って、
まぁ、甚平なんだけどね」
「すごくうれしい。そのためにも頑張ろうね」
「うん、頑張ろう」
僕はコンビニでパックのミルクティーを買い足す。
花菜の浴衣を思い出しながら
参考書を開き、ただボーッと眺める。
前の席に座る花菜は
黙々とただ一心にシャーペンを動かしていた。
僕は時折柔らかいグリップ部分の感触を確認するだけで
文字を書くという作業をしていなかった。
区民センターで勉強することが多く
夕方になると閉館のチャイムが鳴る
何も達成感のないまま
時間の浪費をしただけのような
勉強が今日も終わる。
ファーストフード店へ行き
少し話をする。
内容はもっぱら受験への不安。
その後は均一店にに行き
付箋を買い直すのに付き合う。
そんな静かなデートもきっと今しか出来ない。
僕はこの何もない時間もまた噛み締めていた。
受験が終わったら
何をしたいか、そんな事も時々話をしていた。
「バスケットは続けるの?」
「うーん、どうかなー
やりきったからなー」
意外な答えだった。
小学校からバスケを続けてきた花菜が
高校の部活をあんなに一生懸命頑張っていた花菜が
バスケットを続けるのを悩んでいた事に少し驚いた。
「ま、やめはしないけどね
部活とかそういうことはないと思う。
バレーはするの?」
「うん、バレーは続けたいって思ってる。」
「そうなんだね。」
何となく変わってしまう花菜を想像して
名前をつけられない感情を
僕は胸の中に見つけた。
変わらないことを願っているのは
僕だけなのかもしれない。
とりあえず今は花火大会まで勉強を頑張る
そう願っていても
時間は待ってくれない。
その事だけは分かっているからだ。




