第23話 チェリーブロッサム
花菜と再び付き合うことになった。別れてはいないが、この表現がいちばんしっくりくる気がする。
心配してくれたタカヤを始め、シゲやごっちんも喜んでくれた。東さんも「良かったね」と言ってくれたが、少し元気がなさそうだった。
そんないつも通りの特別な日常がようやく戻ってきた。付き合うようになったあの日の夜から、僕はまた「おやすみ」と「おはよう」を始めた。
今日も部活終わりに、いつもの公園に寄る。何となく花菜がソワソワしている。僕は花菜の機微な変化に敏感になっていた。
花菜は何かを言いかけてはやめ、話をそらす。それを何度か繰り返した。
僕は思わず言ってしまう。
「なんか嫌なことあった? やっぱりやり直すのは違った?」
花菜は慌てて首を振った。
「えっ? いや! そんなこと、絶対ない!」
強く否定されたのが、なんだかとても嬉しかった。
花菜は誤解されていることに気づき、覚悟を決めたように口を開く。
「あのさ、2月入って、この間やり直すってなったじゃん?」
「うん。嬉しいと思ってるよ」
「その……ば、バレンタイン準備できてなくて! 本当にごめんなさい! 買ってきたのでもいいかな?」
僕は呆気にとられた。
花菜はおそるおそるこちらを見る。
僕は笑って言う。
「なんだ、そんなこと。別にいいんだよ。あ、花菜からのバレンタインが欲しくないって意味じゃないよ? 花菜がいてくれるだけで本当に幸せだから、用意できないからって気にする必要はないってことで」
早口になりながら、誤解のないように伝える。
「フフッ、ありがと」
花菜は笑顔を取り戻した。
「でも、何もあげないのはやっぱ申し訳ないしなー」
花菜がスッキリする方法。負担にならない方法。何かないか、何かないか……。
「あっ!」
花菜がこちらを見る。
「一緒に作るってのはどう? 花菜はバレンタイン、僕はホワイトデーとして。そしたらバレンタインじゃなくて間のどこかでやるのがいいし……って、どこで作るんだよって感じだよね。ごめんごめん、忘れて」
名案だと思ったものの、喋っているうちに不安になり、語尾がしぼんでいく。
「めっちゃ、いい!」
思っていたより花菜がノッてくれたので、僕は母親にそれとなく予定を聞いた。まぁバレバレだったが、高校生だとどちらかの家で作るしかないし、当時はレンタルスペースなんてほとんどなかった。
2月の月末の土曜日。僕は午前中部活、花菜はオフだったので、母親にも色々と調整してもらった。
当日。部活終わり次第ダッシュで部室に戻り着替える。ダラダラ戻ってきたシンタロウたちに「早っ」と言われながら学校を後にする。
花菜は僕の家の最寄り駅に先に行ってくれているらしい。
僕はソワソワしながら、電車すら遅く感じながら、自分の家に帰るだけではない高揚感を胸に家路を急ぐ。
改札を出ると、花菜が待っていた。モコモコした上着が可愛かった。
実は花菜が家に来るのは今日が初めてだ。花菜も緊張しているらしい。
母親にはバレた手前、年末からの話もかいつまんで伝えているので、出過ぎたことは言わないようにしている。父親には母親がお小遣いを渡して遊びに出てもらった。
家に着く。思った以上に母も気を遣って対応してくれている。花菜は緊張しているのが嘘のように、きちんと挨拶をしていた。
僕の部屋に荷物を置いてもらう。ちゃんと掃除したつもりだが、色んなところに目がいってしまう。もっと掃除しておけばよかった。
花菜はなんとなく目を輝かせながら僕の部屋を見回していた。
狭い部屋の大冒険もそこそこにして、
「じゃあ、リビング行こうか」
そう言って案内する。
花菜は夢中になっていたのか、ハッとした表情を見せた。
一緒に作ると言っても、凝ったものではなく、チョコを溶かして好きな形に流し、デコレーションする簡単なものにした。二人で真剣にやるより、ワイワイやれればいいと思ったからだ。
母親も最初は心配からか同じ空間にいたが、デコレーションを始める頃にはいなくなっていた。
デコレーションのあとは、チョコペンでメッセージを書くことにした。場所も小さいし、チョコペンも不安定だから、できるだけ端的に。
僕は茶色のチョコに白いペンで「好きだよ、よろしくね」と書く。「ね」の最後の丸が潰れてしまったが、多分読めるだろう。
お店で買ってきたラッピング袋に入れて縛るだけで、立派なプレゼントになった。
「メッセージはお互い1人になってから見よう」ということにした。
片付けを最低限済ませて自室に戻ると、もう夕方だった。少しだけバレンタインの余韻を感じたくて、世間話をしてから解散することにした。
最寄り駅より1つ、いや2つ隣の、少しだけ海が見える駅まで歩く。
空はオレンジと青が混ざり合う。何となくもの悲しい時間帯。
何時間でも、何日でも話していられるし、たとえ話が尽きても、その空白すら心地よい。花菜となら。
でも時間は無情で、距離は有限で、どれだけ足掻いても今日の終わりは来る。
花菜を迎えに来る電車にバイバイを告げて、僕は家に帰る前に、こっそり持ってきた花菜のバレンタインを開ける。
僕が渡したのと同じチョコレート。メッセージを見る。
「大好きだよ。なんてね。」
照れなのか、ギャグなのか分からない“なんてね”。僕は無性にこの4文字が好きになった。
僕は花菜にメールを打つ。
「今日はありがとう。楽しかったよ! 気をつけて帰ってね。なんてね。」
「なんてね」のやりとりは、ここからずっと続くことになる。
今も続いたらいいのにな。なんてね。




