第17話 白桔梗
2年生の11月は、高校生待望のイベント、修学旅行が予定されている。
例年は海外だったうちの高校も、社会情勢とかなんとかの都合で、今年は国内、古都京都になった。
みんな海外の気分になっていたようで少し落胆ムードだったが、班分けや旅程を決める段階になると、そんなことも忘れて楽しんでいた。
僕はというと、海外に対して惹かれた気持ちは一切なかったので、京都になり内心ガッツポーズをしていた。
花菜とは自由時間に一緒に周れたらいいね、なんて話をしていたので、旅程の際に「先に抜けたらごめんね」とことわっておいた。
正確には京都と奈良で3泊4日。
半分はいくつかのコースから選ぶ形式で、あとは時間帯を分けて全員が同じところに行く。
3日目が自由時間。
ただし歴史ある場所に2カ所必ず行かなければならないというルールがある。
なかなか厳しい。
僕は花菜とどうせ行くならと、定番の清水寺、そこから遠くない銀閣寺、とりあえずこの2箇所に行こうと約束した。その後は少し遊んだり、河原町や祇園四条の方に出てみようという話になった。
当時の僕にとっては旅行だったが、今思えば狭い世界だったのだと感じる。間違いなくあの頃の最大限ではあったのだと思う。
1日目は奈良、2日目は京都の予定だった。
奈良では定番の大仏、鹿せんべいを鹿にあげるという楽しみ方をした。奈良の鹿というのはどれだけ人に慣れているんだ、と思うほどグイグイ近づいてきて、餌やりというより餌奪われという感じだった。
ふと一人になると、僕もこの鹿のような積極性があればなんて、鹿に説教されている気持ちになるほど考え込んでいた。
高校生の修学旅行まで、大仏というものを見たことがなかった。はじめて見たあの日は感動した。あんなに大きいものを人は作れるのだと。その大きさに足元がゾクッとした。
そしてまた、この大仏のように広い心があればなんて考えてしまう。まだまだ小物な僕だった。
夜、ホテルに帰る。いつもなら部活でヘトヘトなのに、今日は元気があり余っていて、大浴場でも大はしゃぎだった。時間帯で貸し切っているのか、ほかの宿泊客はいなかった。
みんなでゲラゲラ笑いながら風呂に入るのは、修学旅行ならではだと思う。楽しい反面、少しさみしい気持ちにもなっていた。
消灯までの時間、仲のいいメンツがなんとなく集まる部屋にいた。僕は携帯を片手に、ワイワイやっている友達との話に参加していた。
お風呂に入る前に送ったメール。花菜からはまだ返ってきていない。
鹿に襲われて大変だったんだ
そっちはどうだった?
何ていう特段ひねりもないメール。
返信が来ることに、期待せず期待していた。
鹿に襲われたの大変だね。
私は平等院に行ったよー。
と返事があった。
花菜も友達と集まっていて、携帯を見るタイミングが減っているんだろうな、と自分に言い聞かせた。それでも、この間が気持ち悪かった。
2日目、3日目は京都を満喫する。2日目は全生徒が嵐山観光になる。
僕は思わず花菜を探した。花菜を見かけたが、こちらには気づかない様子だった。
班のメンバーと竹林を見たり、猿がたくさんいる公園に行ったり、嵐山を観光した。
実はシンタロウが夏休み明けくらいに別れていた。喧嘩別れのような感じらしい。だからこそ次の出会いを、ということで嵐山にあるパワースポットに行きたいと言うので、みんなで行くことにした。
驚いたことに、パワースポットには花菜もいた。
「ここで会うと思わなかった」
花菜も「そうだね、驚いた」と言う。
「シンタロウがどうしてもここに来たいって。僕はあまり興味ないんだけど」
「私もそんな感じだね」
花菜は少し元気がなさそうだった。
「昨日、みんなと遅くまで話してたから。ごめんね、メールもあんまり返せてなくて…」
「修学旅行だからね。みんなと楽しむのも大事だよ」
「そろそろ戻るね。明日、楽しみにしてる」
「うん、また明日」
花菜は同じ班の子のところに戻っていった。
「お熱いねー」とクラスの子が話しかけてくる。
「うん、そうだといいんだけど」
僕はシンタロウの隣に行き、恋愛成就のキーホルダーを手に取る。
「お前そんなのいるの?」とシンタロウが首をかしげる。
「まぁ、あるにこしたことはないでしょ」
そう言ってキーホルダーを買った。
渡月橋の近くでソフトクリームを買い、川沿いに腰掛ける。川の流れのように、頭の中も空っぽに流れていけばと、虚しい祈りを込めた。
2日目の夜は、トランプをしながら負けた人間が暴露話をしていた。次第に話はコイバナになっていく。
僕も一度負けてしまう。
今の気持ちは言いたくなくて、張り裂けそうな気持ちで、花菜の可愛いところを打ち明けた。みんな盛り上がりつつ、「リア充が!」と責め立ててくる。
リア充か、なんて頭の中で反芻した。
そんな僕を見て大丈夫と思ったのか、「体育大会で男と走ってなかった?」なんて話を振ってくる。
「あー、後輩だってさ。バスケ部の」
何も知らない人からすると、その程度の関係に見えているのかもしれない。けど、あの2人は…と喉の奥で言葉が止まった。
「お前は!上田さんと付き合いながら東さんに…」
「その話はやめー!」
急に東さんの名前が出てきて不思議に思ったが、花菜とワタルくんのことで胸が黒いものでいっぱいになっていた。
明日は花菜との自由行動。いつもなら嬉しくて眠れない夜になるのに、僕はもっと違う気持ちで眠ることができなかった。
修学旅行3日目は制服の必要もなく、私服姿だった。
先生からの注意事項と集合時間だけ聞いて解散になる。先生が見えなくなるまで一応班で行動し、班のみんなに別れを告げて花菜のもとへ向かう。
花菜と合流する。私服姿を見るタイミングは少ないので、どんな心持ちであっても目を奪われる。
「やっぱり、可愛いな」と呟いてしまう。
「なに?」と花菜がニヤけながら言う。
いつもの花菜を見られた気がした。
移動する生徒も多いだろうし、清水寺などみんな行くだろうから、少しずらそうと思って駅のドーナツ屋さんで時間を潰す。
もっぱらこの2日間の話。そして今日が終われば明日帰る、さみしいという話。
「もう少し修学旅行楽しみたい?」と聞くと、
「いや、バスケがしたくてウズウズしてる」と意外な返答が来た。
「今日までは楽しみきるぞ」という心持ちではあったが、
冬は冬で何かと大会があるらしい。
そんな話をしているうちにドーナツも食べ終わり、清水寺に向かうことになった。
バスは平日でも混んでいたので、「つかまっときな」と言って僕はつり革に手を伸ばす。もう一方の手で花菜を支えているが、花菜もさすがの体幹だな、なんて感心していた。
混雑のせいでろくな会話もなく、清水寺の最寄りのバス停に着く。
何となく皆の歩く方向に進むと、清水寺にたどり着いた。
拝観料を払って歩いていると、大舞台と言われる場所に出る。景色が開けて綺麗だった。紅葉には少し早かったが、葉が赤くなっている部分もある。
「ここが飛び込むとこか」
と大舞台をのぞき込む。意外と木が多くて、ぎりぎり生きられるのかななんて呑気に考えていると、花菜がワッと脅かしてきた。僕も少し驚き、飛び込みそうになった。
花菜はヘヘッと笑っていた。
「そういう脅かし方珍しいね」
「修学旅行でテンション上がってるのかな」
そんな話をして、清水寺をあとにする。
清水寺から銀閣寺までもすぐだった。正確には慈照寺と言うらしい。申し訳ないがピンとは来なかった。
銀閣を見て驚いた。
「銀じゃない…」
花菜は「銀じゃないよー」と笑いながら、「金閣はちゃんと金みたいだよ?」なんて話す。
「いや、銀が見たかった」
「銀が好きなの?」
「花菜には銀が似合うと思って。肌も白くて、きれいだから」
少しの間をおいて、
「そんなこと、ないよ」と言う。
「ま、でもなんか趣あるよね」と適当なことを言って、この小恥ずかしい空気を変えようとした。
その後は河原町、祇園四条の方に行ってお買い物をしたり、プリクラを撮ったりして京都を満喫した。
そして鴨川に腰掛ける。いつかのニュースで見たが、鴨川はカップルの聖地で、等間隔にカップルが座っていると聞くが、まさにそうだった。僕たちもその一組になった。
悪くない沈黙が流れる。今日を思い出すような沈黙。
「楽しかったね」と言ってみる。
「うん、すごく楽しかった!色々見れたし、京都も満喫できた。一緒に回ってくれてありがとう!」
「僕も花菜と回りたかったから。こちらこそありがとう」
また沈黙が流れる。今度は少し悪い間な気がした。
「カップル多いね」と切り出す。
「そうだね。私たちもちゃんとカップルに見えてるのかな?」
「ちゃんとって何?」と笑う。
そのとき、花菜の携帯が震えた。花菜も思わず手が滑る。その携帯を僕が拾う。
「あ…」
花菜は、まるで「見ないで」と言うような声を漏らした。
画面には、ワタルくんという文字で着信があった。
僕はどんな顔をしていたんだろう。笑っていたつもりだったが、目の奥からどす黒い感情が溢れ出していたと思う。
「出なよ」
僕はできるだけ優しく言ったつもりだった。でも花菜はきっとこわかったと思う。いいえとは言わせなかった。
花菜が少し離れていく。
僕は鴨川をまた眺める。ここが清水寺だったらな、なんて考える。
この一つのやりとりが、二人の何かを明らかに壊していったと思う。
こうして修学旅行は幕を閉じ、帰路につく。




