7.
目を開く。
天井から照らすスポットライトが、私をここに孤独だと知らしめる。
一歩前へ。
かつん。
ヒールがステージを叩き、音を大きく響かせる。
まるでヒールにマイクを突きつけているかのように、無数の音が返ってきた。
身に纏うドレスが、穢れを嫌う純白だと気付いた時、「あぁ、またか」と。
そうしてまた、これがいつもの夢だと分かってしまう。
耳に入ってきたのは、下手側の舞台袖からこちらへやってくる足音。
「綺麗だよ、――――」
男の声がした。
下手側の袖から、わざとらしい拍手をしながら男が歩いてくる。
どういう原理か、その顔には陰が差して見えない。
だのに、今回に限って見覚えがない。
「きみは俺と結ばれるんだ。幸せにならないといけないからね」
そんなことを言っていたのは確実に記憶しているのに、どこかニュアンスが違う。
いや、待って。
この夢は、果たしてこんな夢だっただろうか。
突然、体の自由が奪われる。
普段のように歩いていたはずなのに、まるで金縛りにあったように動かなくなってしまった。
カラ、と背後から音がする。
首の後ろに、ひんやりとした硬い感触があてがわれる。
手だと分かったのは、指が首を握ったことが分かったせいだ。
力を込めてしまえば、木の枝のようにあっさりと折られてしまう。
折られない、と分かっているはずなのだが、死の恐怖というものは容易く拭うことは出来ない。
夢だと分かっているのに、だ。
「もうすぐ、会えるよ」
覚醒した、というにしてはあまりにも乱暴な目覚めだった。
目を閉じた時より少しだけ高く感じる天井は、自身がベッドから転落したせいだ。
痛みなど久しく感じたことのない体は、やはり背中や後頭部を打ち付けていても全くやってこなかった。
ライブの直前ということもあり、安全性を確保するために事務所が用意したホテルに泊まっている。買ったばかりの高級ベッドマットが、きっと今も自宅の暗闇で涙していることだろう。
早く愛しの我が家へ帰らねば。なにせ、家賃が高いのだ。もったいないので一日でも長くあの家で過ごしたい、というのが彼女の本音だ。残念ながら、ツアーでそもそも帰宅できるだけの距離にいなかったり、レコーディングスタジオを離れられなくなる、そんな生活ばかりが続いているせいで、その我が家に戻る日の方が少ないのだが。
それでは、実家はどうだろうか。これも却下された。やはり混乱を招きかねないというのが大きく、両親にも迷惑をかけてしまうから。
「まあそこは、先生に頼んでおいて正解だったかな」
天井を見上げたまま、優乃は呟く。
優乃の実家など、スマッシュヒットを飛ばしたタイミングから知られてしまっている。樫木とは、『碧生優乃が九井市に足を踏み入れた時、実家の存在を認識させないようにしてほしい』という長期契約を結んでいる。今回もそのおかげで、実家には近所の人以外近付いていないらしい。
とはいえ、今は普通の状態ではないのだから帰れるはずもなかった。
危害を加える、と明記された脅迫状。
繰り返される気味の悪い夢。
実家でまでストレスを受けるわけにもいかず、なにより危害が及ばないという確約もないからだ。樫木がどういった方法を使っているのか分からない以上、優乃は根拠なしに信じることしか出来ない。
やはり妄信することは難しいのだと実感する。
体を起こしてベッドに戻るが、スマホに表示された時間はまだ日付が変わって間もない。朝早くからリハーサルもあるというのに。
もうひと眠りどころか、うたた寝程度しか目を閉じていなかった事実にもはや溜め息も出ない。
梓にチャットでいたずらを仕掛けてやってもいいが、翌朝凄まじい剣幕で怒られることが目に見えている。
ひとまず目を閉じて眠ろうとする努力だけはして、寝坊をしたら大人の皆さまに怒られることにしよう。




