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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.244 August 02「夢の中の君」
51/53

5.

「……まさか先生と久しぶりに会ったのに、こんな気分で帰るなんて思いもしなかったわ」


相談所の正門までの道すがら、優乃はぽつりとそんなことをこぼす。


「珍しいな反省なんて」


「するわよ反省ぐらい」


心外だと言わんばかりに梓の横顔を睨みつけるが、彼自身の顔も浮かない様子だ。


「……相馬ちゃんと何かあったの?」


「んー、まあな。相馬が相談所に来た理由が夢の話だし、どうにも後味悪い話だから、思い出すだけで不快」


物心ついた時からの付き合いであり、実際梓の色んな表情を見てきた自負がある。そんな優乃が、この表情を浮かべる梓は新鮮だと感じた。


「あなたがそんなに怒ってるの、初めてね。それだけ心配だったんだ?」


「だって、トラウマになってるだろ絶対」


先刻聞いた話を思い出し、自分が受けた被害ではないというのに吐き気が込み上げてくる。それほどの悪意に晒されてしまった人間がいるのだと知り、自分の脅迫状の件が些末に思えてくる。


「ちゃんと守りなさいよ。あの子、梓じゃないともうダメよ」


「何の話だよ」


「んふふ、恋バナよ。今売れっ子の美少女アーティストが、幼馴染のために恋バナするなんて、なんて贅沢者なのかしらね梓は」


「頼んでないことするな」


くだらない言い合いが終わったのは、正門に到着したからだ。門を開けると、その先には車が一台止まっていた。こちらに気付くと同時に、運転席から体躯の大きい男が現れる。


「お久しぶりです日紫喜さん」


「いえいえ、こちらこそお久しぶりです久能(くのう)さん」


その体躯に似合わず、縮こまるような会釈で声をかけてきた。


yu-noのマネージャーである久能は、梓とも既知の仲である。


「久能さんは今回の件、どうしたいんです?」


既知であるが故、梓は単刀直入に切り出す。対して久能は、苦い顔をしてこめかみを掻く。やはり仕草は、どうにも彼の大きさに似合わない。


「正直、中止にしていただきたいです。でも優乃は、絶対に決めたことを折れてくれないのでそれなら、と先生と日紫喜さんを頼るべきだと進言しました」


「助かります。優乃はコントロール出来るやつじゃないので、そうやってルート案内してくれる人がいて」


「なによ、ひとを暴れ馬みたいに」


梓と久能は顔を見合わせて、喉まで出かかった「その通りだろ」を呑み込む。要らぬ問題を大きくする必要はないのだ。


「……私、ファンのことがちゃんと好きなの」


切り出してきた優乃の真剣な声色に、二人はつい口を噤んで彼女に注目する。


「でも、九井(ここのい)って街のことも同じぐらい好き。だから今回ライブをやるの」


端正な顔が、怒りで強く歪む。


「それなのに、誰かの勝手で邪魔されるなんて許せない。だから、私は私が打てる最大級の手で阻止するの。私の好きなもの、傷付けたり壊させるなんてさせないんだから」


自分が芸能界に骨を埋めるだけの覚悟をとうに決めていて、捨ててはいけない高さまで積み上げたプライドを最低限持って今の位置にいる。


「いい?だから梓を頼ったし、先生に依頼したの。引き受けた以上ちゃんとやんなさいよ?」


突きつけた人差し指は、梓の胸に当てられる。それに不快感を示すことはなく、優しく微笑み返すと梓は頷いてみせた。


「分かってるよ。守る必要はないだろうけどな」


その答えが不満だったので、優乃は梓を強く睨みつける。だがふと、何かを思い出したのかその瞳は大きく見開かれる。


「そういえば梓、あんた、体の調子は?」


「えっ、何で俺の体の心配なんかしてくるんだよ気色悪い」


べち、と胸を叩くが梓にはノーダメージ。そんなことは優乃も知っている。


「あんたと私、一緒なんだから。そういうこと聞くってこと、どういうことか察しなさい」


鋭く射抜く双眸に、含まれている意図を察する。


「……別に何も。こないだ稽古つけてもらっただけで、神様の呪いに関しては何も分からないまんまだよ」


「調べて分かるものじゃないわ。こっちだって色々調べて、何も分からないってことが分かっただけなんだから」


「分からなかった、って言ってるくせに体のこと聞くって……優乃こそ何かあったのか」


怪訝に伺う梓に、優乃は溜め息で返答する。


当てが外れた。自身と境遇が同じであれば、同じことが起こっている可能性が高い。ましてや梓は力を行使することが多く、()()()()()と勝手に思っていた。


「……いいわ。機会見つけたら話すから」


投げやりになった態度を見て、梓は納得できず首を傾げながらも、優乃がそういった態度を取るのであればそこで話はおしまいだと分かっている。その先を尋ねようとするのは飲み込んで、車に乗り込む彼女を見送る。


久能は礼儀正しく頭を下げ、運転席へと乗り込んだ。


発車したことを見届けると、相談所へと振り返る。夏真っ只中の高い空があって、容赦ない陽射しが注いでいる。


それにもかかわらず、梓は依然暑さというものを感じることがない。


伝う汗もなく、肌を突く紫外線の刺激も分からないまま、彼はまた相談所の中へと戻っていった。

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