1.
それは、明確に夢だと理解した。
何故なら、思った通りに動くことが出来ないからだ。
そうだと分かったのなら、彼女はその法則に従うことにした。
立たされているこの場所は、スポットライトだけが自身を照らす孤独なステージの上。
客席には誰もおらず、スタッフすらもそこには見えない。
一度も立ったことのないステージのはずなのに、それがどこなのか分かっていた。
「綺麗だよ、――――」
男の声がした。
上手側の袖から、わざとらしい拍手をしながら見覚えのない男が歩いてくる。
どういう原理か、その顔には陰が差して見えない。
だが、どこか見覚えがあった。
「きみと結婚できる俺は幸せだね」
純白のドレスを身にまとっていることに気付き、自身の体を見回したいが首が動かない。
せめてもの抵抗にと視線を足元へ向けるが、何かの強制力が働いているのか、男の方へ視線を戻されてしまう。
「さあ、これからの俺たちの幸せな日々を」
そうして、この一週間続いている同じ夢は、同じ終着点で切断されてしまう。
先日買った高級ベッドマットの柔らかさは、意識から真っ先に弾き出された。
じっとりと全体に汗をかいていて、これが冷や汗だと認識することも後回しになってしまう。
鮮烈に脳に焼き付いているあの夢が、疲労感に苛まれている多忙な日々の貴重な睡眠時間を圧迫している。
許せない。
私の大切な時間を、なにより重要視している睡眠時間を奪っていく愚行を、見ず知らずの誰かにやられているという明確な自覚があることが許せないのだ。
眠り直せるわけもなく、まだ日付が変わったばかりの画面を表示するスマホをひったくって通知をいくつか確認する。
マネージャーからの連絡が積み重なっていて、とりあえず真っ先に確認することから除外する。業務連絡は、朝確認すればいい。
「えっ、梓?」
珍しい人間からの連絡が入っていて、つい体を起こした。
「『今度こっち来るんだって?』って、相変わらずこいつ私に興味ないな。こんな時間だけど、どうせ起きてるだろうし電話しちゃうか」
コール音。ひとつ。ふたつ。みっ――
『……何で電話なんだよ』
久しぶりの、通話越しの不機嫌な声。たまにこうしていたずらしないと、私の退屈は発散できないのだ。
「なによ、私からの電話、そんなに不満?」
『すんげぇ不満』
「あっそ。じゃあチケット、いらないんだ?」
んぐ、と電話口から聞こえてきて、今日も私が勝ちのようだ。もっとも、この勝ち方は毎回不公平だとは思っているが。
私のことを心配して、私の歌が好きなあいつだから仕方ないけれど。
『いやその、今回チケットのことで頼みがあって』
「あら珍しい。あんたから催促みたいなこと言うの、初めてじゃないかしら?」
いつもは自宅に送り付けて、講演後に楽屋まで連行するのが恒例で、わざわざ自分から話題を出してくることはなかった。
『チケット、もう一枚手配できないか?』
「ふぅん。理由、教えてくれたら準備するわよ?」
付き合いが長いからこそ、なんとなく分かる。でも一応、聞いてみたかったのだ。それが彼への礼儀のような気がして。
『……後輩が行きたがってて』
「女の子だ?」
『……関係ないだろ』
「あるわよ。あんたそこそこ人気あるのに、そんな話出てこないんだから。幼馴染として根掘り葉掘り聞く義務があるの」
『それこそないだろそんな義務』
けらけらと笑い合いながら、他愛ない話をしているともう夢のことなどすっかり忘れていた。
どうせまた眠れば、同じ夢を見る羽目になるのだろうが。
ひと時だけでも忘れられれば、私は多分そこそこに幸福なのだ。
「あ、そうだ。今度相談所に顔出すから、その時にチケット渡すわね」
『わざわざそのために来なくていいだろ』
「ううん、そのためじゃないわ」
体を起こして、見たくないものを入れておいたバッグを睨みつける。
「一応、依頼人よ」




