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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.238 July 27「図書館」
46/49

13.

組み上げた結論を、翌日九井警察署を訪れた梓と美凪は矢沢に報告していた。同席する結緑一紀は、深い溜め息を誰より早く吐き出した。


「じゃあとりあえず、二人の身柄を押さえてこないといけないか」


自身の仕事をすぐに理解し、この一室を出ようとした。


「まぁ待て結緑。仕事が早いのは美徳だけどな、お前さんの場合は性急だ。とりあえず全部の話を聞いてからにしな」


出されていた麦茶から、氷が溶けてカランとグラスを鳴らす。


「とりあえず相談所の結論としては、丸山茜さんの不可解な遺体の状況は、彼女が取り込んだ『種』が願望を叶えてしまいああなったと考えてます。そして糸の方は、『種』の欠片を摂取した、彼女の飼っていた蜘蛛の願望を叶えたんだと」


「……まぁ、筋は通ってるな」


梓の言葉をざっとコピー用紙に書き込み、さらに書き込みを追加していく。


「そうなると、『種』のルートが見つかるかもしれねぇなぁ。空振りの方がありえるが」


「だから急いで二人の身柄を」


「もう遅いって言ってるんだよ」


矢沢の指摘に、結緑は息を詰まらせる。


今回の遺体が発見されてしまった時点で、自宅内に警察の手が入ることは想像できる。『種』が原因であろうとなかろうと、発見されるのは時間の問題だ。交友があった場合、入手ルートとして疑われる可能性が高い。


つまり、遺体が見つかると同時に身柄を抑えておかなければ、とっくに逃走されてしまっている。


「どっちかは分からんし、どっちでもないかもしれん。早急に動くのは構わんが、相手にバレないように下準備と根回しをしとくんだよ」


小さく溜め息を吐くと、肘をついたままこめかみを押さえ始めた。


「こっから先は完全に警察の仕事だ。助かったよ、相談所」


顔を起こして二人に笑顔を見せる矢沢から、もうお役御免だと告げられる。会釈を返す梓に倣って、美凪も小さく頭を下げた。


借りていた取調室から出る直前、梓はふと思い出して振り返る。


「そうだ兄弟子」


わざとらしく「兄弟子」の部分を強調すると、一紀は眉間に皺を寄せた。と同時に、梓が笑っていることに気付いて嫌な予感がした。


「『図書館』が言ってたぞ、『三か月』って」


座っていたパイプ椅子から転がり落ち、言葉を失っている一紀に追い打ちをかけていく。


「俺はフォローしといたからな、九井の警官で忙しいんだからって」


「じゃあ何で今言うんだよ……」


パイプ椅子を元に戻しながら、一紀は泣き言を返すことしか出来なかった。





「実際、全然解決したんだなって実感ありませんね」


九井署を出て、駐車場を横切りながら美凪はふとこぼす。


「先生も言ってたろ、こういう事件はこういう感じになるんだって」


そう返す梓も、不完全燃焼だと感じている。


今回梓と美凪が行ったことといえば、現場に足を運んである程度片付けられた状態の部屋を撮影し、証拠の諸々で状況を整理してそれらしいことをこじつけただけだ。明確な解決ではなく、夢物語のようなものを伝えただけになる。


「俺たちは警察官じゃないし、相談所には結末を知る権利はあっても知らせてもらわないといけない義務はない。なんなら守秘義務で伏せられることが基本だろうし、事件のことをすぐに忘れるのが多分正解なんだと思うよ」


警察署内が涼しかった分、酷暑の陽射しに晒されて美凪だけが一気に汗が噴き出してくる。梓の言葉を聞いて、それでも美凪は唇を尖らせた。


「私、正解不正解をこういったことでは分かりたくないです」


「わがまま言うな。感情論で納得出来るほど、世の中上手く出来てないんだよ。先生からの受け売りだけどな」


それは梓も言いたいことだ。だが、納得いかないから、関わったから、ただの高校生でもこの事件の真相を知るべきだとは言えない。


そもそも、関わるべきではなかったのだ。


「……先輩、本当にヒトナリ相談所で仕事していくんですか?」


じっと梓を見る美凪の頬には、じっとりと汗が伝っていった。


「……どうすっかなぁ」


先日とは違い、梓は言葉を濁す。


「なにか、心境の変化でもありました?」


説明するのは癪だが、言わなければしつこく聞いてくるだろう。それに、自身の中での整理をする意味でも口にしておきたかった。


「丸山さんの部屋で、レポートをたくさん見ただろ」


調べたものに分けられた、何冊ものファイルに目を通した。膨大な量だというのに、事前知識のない高校生にも非常に分かりやすくまとめられていた。


「そういうことって、もしかしたら最低限必要な技術だったりするのかもなって思って。そう考えたら、俺まだまだ勉強足りないから、大学に行くのは必要だなって」


梓の言葉に、美凪は口角を持ち上げた。


日紫喜梓という人間は、決して頭の悪い人間ではない。校内での成績はまずまずであり、運動神経は言わずもがな。文武両道、とまではいかずとも、優秀な人間の枠に収めるべきだ。


一度学ぶことから離れてしまえば、たとえ地頭が良くとも錆びついてしまう。美凪は父から教わってきているからこそ、梓が自分の可能性を狭めていることに納得がいっていなかった。


「じゃあこれから、さらに勉強しないとですね。先輩、晴れて受験生になるんですから」


美凪の一言に、梓はうげっと顔をしかめる。


「必要以上に勉強する羽目になるのか。ちょっと嫌だな」


「頑張ってください。私の中間試験と期末試験のための勉強会も控えてるので」


「お前の勉強見させるのかよ。何に対しての頑張ってくださいだったんだよ」


雲高い夏空は、容赦ない陽光を落とす。未だに晴れない心中を、まだ若い二人は抱えながら歩いていく。


いずれ今回の不完全燃焼な結末に折り合いをつけるが、それは少し先の話。


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