ホヨテルの人々
光の帯に包まれた俺の姿を神官は見ていたはずだ。
なぜ、今、ここに彼がいないのか……誰かにこの現象を伝えに行った可能性が高い。
「面倒なことになりそうな……」
神託がどのタイミングで下されるのか知らないけど、変に俺を祀り上げたり、ここまで案内してくれた神官が旅に同行するとか言い出したり、俺の望まない展開がきそうな予感がヒシヒシと感じられる。
「よし、とりあえずダンジョンに向かおう」
来た道を競歩で帰る。
今から神殿関係者と顔合わせとか、神託の説明とか受けてたら、今日のうちにダンジョンに行けなくなってしまう。
もし後で何か言われたら、ダンジョンに行けと神託が下ったとか適当に言い訳しよう。どの程度の頻度で神託があるのか知らないけど、少し時間が経てば神殿側の興奮も冷めるだろうし。
神殿の敷地から逃げ出し、マップを頼りにダンジョンへ向かう。
ただ、現在地からダンジョンまでの距離が本当に遠い。
「ん? あれは……」
剣や弓を所持して歩いている一行が視界の端に入った。
今俺や彼らが歩いている道路の周辺は民家や商店が立ち並ぶ町中で、武器を持って歩くのは皆同じ制服を着た巡回中の警察みたいな人たちだけしかいない中、その一行はかなり異質に俺の目に映った。
だけど、町の人は普通にその一行とすれ違っている。武器におびえるでもなく、一行と距離をとるわけでもなく、自然に。
進行方向は俺と同じでダンジョンに向かっている。
尾行するつもりは全くないけれど、しばらく同じ道を歩くことになりそうだ。
「冒険者って感じだな」
後ろから見ても、防具をつけているのがわかる。
これぞ魔法使い! なローブを着ている人もいる。
剣士が2人、弓使いと魔法使い。ホヨテルを拠点としているかはともかく、彼らは冒険者パーティーで間違いない。
前方に町の人が数人並んでいるのが見えた。流行りの店でもあるのだろうか?
冒険者たちの背中を追いながら散歩気分でのんびり歩いていた俺の後ろから、大きな笛の音がしたので振り返ると、馬車が俺と同じ道を走ってきていた。道の真ん中を歩いていた俺は急いで端によける。その間に冒険者たちは走り出して、列の後ろに並んでいた。
「馬車に乗るのか?」
俺を追い越していった馬車は列から少し離れて立っているおじさんの近くで一時停止して、数人の客を降ろし、列を作っていた町の人と冒険者パーティーを乗せて走り去って行った。
「すみません、今の馬車はどこへ向かう馬車ですか?」
「ん? 旅人さんかい? この馬車はね、町を巡回しているんだよ」
「へえ……なるほど、広いですもんね」
市民バスのように、町中をぐるぐる回っているようだ。
「この看板がある場所に馬車は止まるんですか?」
おじさんの近くにある「停車位置」と書かれた看板を指さす。
「そうだよ……それじゃあ、良い旅を」
「あ、最後に! この馬車ってダンジョンにも行きますか?」
「んー。確か近いところまでは行ったはずだよ」
「そうですか。ありがとうございました!」
馬車から降りてきたご婦人が、少し離れたところでおじさんを待っていた。
さすがに都会を走るバスのように、10分に1本なんて頻度じゃないだろう。
今行ったばっかりだし、次の馬車まで待ち時間はかなりありそうだ。
「時刻表……これか?」
看板の裏に彫られていた数字が時刻表なら、ここの馬車は1時間に1本。
ただ、さっき行った馬車の出発時間と、彫られている時間の誤差が20分以上もある。
「日本感覚でいたらダメなんだろうな……」
時刻表はあくまでも目安で、実際に走って時間が遅れたら、遅れっぱなしで運行してるっぽい。
次の馬車は最低でも今から40分後。しかも、もしも今の馬車が1時間で町を回っているのなら、1時間は確実に来ない。
「どーするかな」
歩き続ければまた馬車乗り場は見つかるだろうけど、乗る予定の次の馬車が道の途中で俺を追い抜いて行ったら最悪だ。
悩んだ結果、近くの木陰で芋を食いながら次の馬車を待つことにした。
「アルファはこれから神殿か」
歩くのがだるいとぼやいているアルファに、町を巡回している馬車の存在を教えてやる。
ついでに、神殿の奥でフランス人形に会った話もしておく。
旅に連れて行く聖職者を自分で選べるようにしてもらったことも忘れずに。
「ダンジョンの説明会ねぇ」
初心者は1時間くらい初回講習という名の説明会を聞かないといけないようだ。
アルファが内容を簡単にまとめてくれた結果。
・ダンジョンで死んだら、死ぬ。
・ダンジョンのモンスターを倒してもレベルは上がらない。
・ダンジョンで入手した品の所有権は発見者にある。
・素材や防具、武器の買い取り&物販コーナーがある。
・個人対個人の取引は騒動の種
・モンスター討伐中の不必要な横入りご法度。
初回講習を受けないとダンジョンの入場パスがもらえないので、ヘルプのQ&Aで調べられる情報とほぼ同じ内容の講習だと分かっていても、1時間みっちりお勉強確定。
そしてヘルプにしか書いてない、召喚された俺たちと現地の人間で1つ大きな違いがあった。
俺たちは死んでも生き返ることができる。
ただ、赤い扉の世界ではデスペナルティ関係にバグが発生していた場合そのまま死んでしまうので、俺はこの保険を当てにせず安全第一で挑む予定。
青い扉のプレイヤーたちはデスペナルティを本人、またはパーティーの仲間が支払うことができれば、実質何度でもよみがえりが可能だ。
「おー。人が集まって来たな」
馬車乗り場に列ができそうだったので、俺もその中に混ざる。
そして、運賃がいくらなのか知らないことに気付いた。
「あのー?」
「はい?」
「この馬車、初めてなんですけど、その、ダンジョン近くの停車位置までって、どれくらい料金かかるかわかりますか?」
人がよさそうな老婦人に聞いてみる。
この町の住人ぽいけど、ダンジョンは使わなそうだから正確な値段はわからないだろうけど。
「あら、ダンジョン? あら、まあまあ。そんな軽装で? もしかして初めてなのかしら?」
「あ、はい。今日は登録だけのつもりで……」
防具も武器も持っていない俺の姿を見た老婦人は「あらあら」と言いながら微笑む。
俺はこの無防備な状態でダンジョンに挑む気はないと主張するためにも、登録だけ、の部分を強調して答えた。
「私の息子もね、若い頃にはダンジョンに通っていたものよ」
「そうなんですね」
「ええ。なんとかっていうモンスターを倒して今日はこんな品を手に入れた、とか嬉しそうに言っててねぇ……懐かしいわ。今じゃ孫がダンジョンに挑戦するって言うんだから、私も年をとるはずね」
老婦人の思い出話に、近くのおじさんも入り込んできた。
「なんだ坊主。ダンジョン行くのか?」
「あ、はい」
「この方ね、初めてダンジョンに挑戦するんですって」
「いえ、今日は登録だけのつもりです」
おじさんが俺の恰好を見て何か言いたそうにしていたから、早口で食い気味に登録だけしに行くと訂正を入れる。
「そうか。まあ頑張れよ。何事も命あってこそだ」
「はい……あ、それで、ダンジョン近くまでの運賃ってわかりますか?」
「この乗合馬車はどこで乗り降りしても一律で銅貨3枚だ」
「ありがとうございます」
欲しい情報は手に入った。
あとは馬車が来るまで2人の会話にかるーく相づち打ってしのごう。
そう思っていたら、馬車に乗ってからは、更に1人会話に参加して、俺を含めて4人で世間話をするはめになった。異世界人、フレンドリーすぎる。




