ゴブリン
なんだか思考がマイナス方向になってきたので、チャットを閉じて再びテントの外に出よう。
ロージー情報によると、この森の北側に、ちょっと大きな町があるらしい。
ロージーがこの情報を入手して書き込んだ時、アルファはすでに村を出発したあとだった。悩んだアルファは来た道を帰るより、先に進むことを決めた。
多分、森を突っ切って進む形になる俺の方が先に大きな町に着くだろう。
俺も自分発信の情報を早く書き込みたいし、町に着けば食事にありつける。どこにあるのかわからない上、小腹しか満たせないブルーベリーを探すより生産的な行動だろう。
よし、と気合を入れて歩き疲れた足を叩き、頭上にぶら下がっているランプを軽く引っ張る。
テントが食卓カバーになり俺の手に収まったのを確認してリュックに戻す。お腹にあるリュックを見るためにうつむいていた顔を上げ、視線を前方に向けると、緑色の背中が見えた……いつの間にかゴブリンが近くに来ていたようだ。
「ヒェッ!」
大声を出さなかったのは我ながら偉いと思う。
息をのんだびっくり声はでたけど、幸いゴブリンには聞こえなかったみたいだし、俺偉い。
急いで周囲を確認してみると、前方にいるだけで、ゴブリンに囲まれている状況というわけではないようだ。
ゆっくりリュックの中から石を取り出し、いつでも投げつけられるように準備する。ここで俺はこの攻撃スタイルの弱点に気が付いた。
投げるとき、お腹の重いリュックが、すごく邪魔そう……。
実際投げてみないとわからないけど、投げてもし本当に邪魔だったら最悪だ。走って逃げるのにも邪魔だし。かといって背負うと今度は石が取りにくい。
悩んでいるうちにゴブリンの背中がどんどん離れていく。
「……レベル上げ……」
俺の中のチキンなハートが「見つかってないし、このままやり過ごしたらいいじゃないか」と囁く。
その反面、ゲーム脳な頭が「敵ははぐれゴブリン1匹。近づいて背後から石投げちゃえよ」と不意打ちを要求する。
勝てるだろうか?
投げた石ごときで魔物にダメージを与えられるだろうか?
そもそも、当たるだろうか?
理性的な頭の部分で、チキンハートの意見に便乗した方がいいと結論がでそうだった。
でも、やっぱり……。
今までで1番現実離れした存在に遭遇した俺の中のゲーム脳が「ゴブリン死すべし! ここでレベル上げないでどうする!」と日和った考えを打ち消す。
素早くリュックのベルトを外し、リュックを地面に置いて石を数個取り出した俺は、腕に石を抱きかかえて前方のゴブリンの背中を追いかけた。
走り出した俺の足音がゴブリンの耳に届き、前を向いていたゴブリンが振り返る。
「うおぉぉぉぉ!」
猫背で小柄な緑色の化け物に向かって、俺は石を投げつけた。
1つ石を投げた後は、立ち止って投げた。あるだけ4つの石を全部全力で投げる。2発外したけど、2発は命中した。けれどゴブリンはまだ動いている。
「くそぉ」
リュックの場所に戻る俺を、今度はゴブリンが追いかけてくる。
追われるのは、追いかけるより数倍恐ろしい。
「死ね! くそっ! 当たれ!」
リュックの中に入っている石を次から次に投げつける。野球部でもなんでもない俺の投石は、動いているゴブリンにはほとんど当たらない。
「うりゃぁ!」
気合込めた1発が頭に命中し、ゴブリンはそのまま後ろ向きに倒れこむ。
起き上がろうとしたゴブリンは脳震とうにでもなったのかドサッと崩れ落ちた。その状態のゴブリン目掛けて、俺は容赦なく石を投げつける。
少しずつ近づいて命中率を上げながら、石が少なくなり軽くなったリュックを片手に、ありったけの石をどんどん投げつける。
美しい戦いじゃない。
泥臭く卑怯で、誰かに自慢できるような勝ち方でもない。
それでも、初めての戦闘で初めての勝利だ。
完全に動かなくなったゴブリンの死体をそのまま放置し、ゴブリンに当たらず土に埋まって止まった石を拾い集める。
血の匂いに野生の魔物が集まってくるかもしれないので、俺はできるだけ急いでこの場を離れることにした。心臓がドクドクと脈打って、首のあたりにも心臓があるみたいに感じる。
「ここまで来れば……」
息が苦しくなったので、立ち止って振り返る。
もう、どこにもゴブリンの死体は見えなかった。
「レベルは……3になってる!」
ゴブリンの生命エネルギーを奪った俺のレベルは1から3に上がった。
それに合わせて体力も魔力も少しだけ上昇している。
この世界では、レベル30以上になると体の老化速度が遅くなる。レベル50まで行けばそこからは不老と思っていいらしい。
ただし、40歳でレベル30になり、実年齢70歳でレベル50に到達した場合、緩やかに年を取った体の見た目は50歳過ぎの状態で止まるから、レベルを上げるなら早いうちがいい……と、ヘルプに書いてあった。
「ゴブリン3匹でレベル8か……」
グレンの経験から、俺がレベル8になるにはゴブリンをあと2匹殺さないといけない。ゲームの経験値と同じように、自分のレベルが上がれば次のレベル上げに必要な魔物の生命エネルギーも増える。
「ダンジョンで戦闘訓練しようかな」
ダンジョンに生息するモンスターは生命エネルギーを持っていないので、どれだけ倒してもレベルは上がらない。ただ、モンスターを倒した経験は身に着くので、魔物と戦う練習になるらしい。あとドロップアイテムもたまに大当たりがあるとか。
森を北に向かって歩き続けると今度は川に道をふさがれ、水面から出ている岩と岩の間を飛び移って移動し、楽しくない天然のアスレチックを攻略することになった。
「あれが北の大きな町だろ」
森を抜けると草原が広がっていて、奥の方には高いレンガの壁で囲われた場所が見える。
今いる場所から人が出入りしている門までは、30分くらい歩けばすぐ到着しそうな距離だ。まっすぐ直線に移動できる障害物のない見晴らしのいい場所に出て、疲れて凹んでいた気持ちが浮上した。
「あと少しで飯が食える」
夜になる前に町にたどり着けて本当に良かった。
「あー。町の出入りって……」
初日にさらりと読んだ記憶はあったけど、確認のためにリュックからタブレットを取り出し、ヘルプで必要な情報を探す。
「うん。身分証とか必要なし」
この世界、町の出入りに必要な手続きはない。
魔物除けの壁で囲われた町や村だと出入りできる場所が限られていて、見張りもいるけど、人の出入りを見張っているというより、魔物を警戒している感じなので、どんな人でもフリーパスで門をくぐれる。
「お腹すいたー。しぬー」
タブレットをリュックに戻し、門までひたすら歩く。
ゴールがやけに遠く感じるけど、確実に近づいている。
「こんにちはー」
「おう、森から来たのか。お疲れさん」
門を通過する時に門番に声をかけると、俺をいたわってくれた。そうだよ、俺めちゃくちゃ疲れてるよ。
「腹が減って死にそうです」
「ははは。もう少し頑張れ」
「うーい」
町の中に入ったけれど、町に入ってすぐ食事にありつけるわけじゃないようだ。
前方には踏み固められた道があるけど、店や民家はない。あるのは、馬小屋、牛小屋、リアカー置き場と馬車置き場。
飲食店がある区画は、もう少し先にいかないといけないらしい。
7時、12時、18時、21時に更新予約してます
2月3日12時完結です




