トーエンさん再び
この世界の人は、レベルを上げるために魔物と戦う人と、ダンジョンで稼ぎたい人、魔物もモンスターも倒さず一生を終える人に分かれている。
異世界から来た俺としては、魔物を倒せばレベルが上がるなんてゲームっぽくて面白いけど、現地の反応は人それぞれ。
魔物をガンガン倒してレベル上げて更に上の魔物を討伐することを目標にしている人より、レベル5以下で人生を終える人が圧倒的に多い。
ダンジョンに挑戦している人も、必要に迫られない限り魔物を倒してレベル上げをしようとしない。
魔物討伐は、魔物の死体処理が必要で、それがダンジョンのモンスターと大きく違う。そして、ダンジョンのように一発逆転の高収入につながるドロップアイテムがない。
虫嫌いの人が多いように、魔物を嫌悪する人は多い。
一般の人にとって、魔物を倒してくれる騎士や冒険者はありがたい存在ではあるけど「よし、自分も魔物を倒そう!」とはならない。
妖精紹介所の案内のおじさんが驚いたのは、魔力180になるまでレベルを上げてから紹介所に来る人はかなり少ない部類だから。
大体の人は低レベルのうちに来て、魔法使いになってからレベルを上げる。
まあ、そんなことどうでもいいくらい、今の俺は気分がイイ。
5属性の適性があった俺は、もう妖精石を消費することなく魔法を使い放題。
今度、ダンジョンボスで魔法の実地訓練をしようと思う。ボス部屋は広い個室なので誰かを巻き込む心配はないし、誰かに見られることもない。
郊外に庭付きの家を購入したし、朝食で米かパンを食べる生活をするために家政婦さんを雇うのもいいだろう。
上機嫌で町を歩いていたら、正面から来た子供にズボンのポケットに入れていた財布を盗られた。財布の中には白金貨も入っているので、とりあえず捕まえる。
「はーい、財布返してねぇ」
財布を無事に取り戻し、子供を連れて警察的な役割をしている人たちがいる場所へ向かう。
「待って、許して! ごめんなさい!」
被害ゼロの俺はいいけど、この子を放置してたら新たな被害者がでるだろう。俺から財布を盗む流れは自然で、ぶつかることなくポケットから財布だけをすりぬいた手腕は、もはやプロ。
運が悪かったら俺もすられたことに気付かなかったかもしれない。
「どうせ初犯じゃないんでしょ?」
「違う、これが初めて! だからお願い、許してぇ」
じたばた暴れる子供を肩に担いで町中を歩く俺。
周囲の人が俺を犯罪者を見る目で見てる、気がする……。
「許して、ごめんなさいっ!」
「もうやるなよ」
面倒になったので子供をおろして放置する。
この子もしかして捕まったら毎回この手で逃げてるんじゃないか? と思うくらい悲壮感漂う悲鳴交じりの謝罪を耳元で聞かされ、周囲の注目を浴び続けた俺の心は完全にぽっきり折れました。
心の中でしくしくと涙を流しながら歩き始めた俺の目の前に、見慣れたおっさんが立ち塞がった。
「よう」
「あ、トーエンさん、お久しぶりです」
「おう。なんか楽しそうだな?」
「違いますよ。あの子俺の財布盗んだんです。だからちょっとお灸をすえようとおもって」
とりあえず言い訳。
俺、悪くない!
「あーん? お? ちょっと来い」
「なんで呼ぶんすか。いや、なんでお前も素直に来るんだよ!?」
トーエンさんの手招きにトタトタ小走りで走ってきたスリの子供は、よく見ると女の子っぽい。
「見た事ある気がするんだがなぁ……お前さん、この辺の子か?」
「ちょっと前まで、住んでたけど、お母さんがいなくなって……」
「ふぅむ……知らんなぁ……おーい、誰かこの子の事情知らんか?」
スリの子供を近くの酒場に連れて行き、トーエンさんは店の客に大声で聞いた。
「誰も知らないそうですよ」
首を振ったり、手を振ったり、皆知らないと意思表示。
「じゃあ、あっちに行こう」
酒場を諦め、他の場所で情報を得ようと場所を移動するトーエンさん。
「放っておけばいいじゃないですか。知り合いじゃないんでしょう?」
「この辺で生まれた子なら、スリなんてしなくても生きていけるはずだ。お前さん、なにがあった?」
子供に聞いても、母親がいなくなったってこと以外わからない。父親はみたことがないらしい。
トーエンさんが目指していたのは、俺が魔女の店と勝手に心の中で呼んでいるお婆さんの店。
「おーい、ばあさん。この子知ってるか?」
「あぁ、知ってるよ」
「母親がいなくなったらしいんだが、父親を知らんか?」
「……知ってるよ」
トーエンさんの尽力により、子供の問題は解決したように思えた。
「トーエンさん、その子の父親はもうこの町にいない。それにその子は孤児院に入れない子だよ」
「……やはりそうか」
「あぁ。残念だがね、規則だから」
2人は通じ合ったみたいだけど、俺にはさっぱりわからない。
「えーっと? つまり、トーエンさんはこの子をどうしたかったんです?」
「可能なら孤児院に入れてやりたかったんだがなぁ」
トーエンさんが現れてから急に大人しくなった子供は、不安そうにしている。
「なんで無理なんです?」
「母親が納税の義務を果たしてなかったからさ」
お婆さんが俺の質問に答えてくれた。
両親のどちらかが住民登録してきちんと税金を納めていれば、ホヨテルの子として成人するまできちんと孤児院で面倒をみてくれるらしい。
けどこの子の母親はこの子が生まれて数年で住民登録を削除し、旅人扱いの身分になった。だから、子供は孤児院に入れない。
「お前、行く当てはあるのか?」
子供はトーエンさんの問いかけに首を横に振った。
まあ、頼る当てがあればスリなんてしないで最初からそっちに行っていただろう。
「じゃあ、俺んとこで働くか?」
「いいの?」
「見習いだから給料はでねぇが、住む家と食事はちゃんと用意してやる」
ポロポロ泣き始めた子供の頭をトーエンさんは優しく撫でている。
警察に突き出そうとした俺とは全然違うトーエンさんの懐の深さ。
親子そろってすげぇ人たちだなぁ、マジで。
「あ! 息子さんに保証人になってもらいました。ありがとうございます。住民登録して家を買ったので、借りてる家は来週には出て行きます」
「ほー。さすが、俺の目に狂いはなかったな。まさか家を買うほど稼ぐとはなぁ」
「ダンジョンで一山当てました」
「それで家か! 金の使い方が潔いな!」
がはは、と笑うトーエンさんに、店のお婆さんが声をかけた。
「それでトーエンさんは他の用事はないのかい?」
「お? あぁ、商売の邪魔だな、すまん」
俺は魔女の店に来たついでに洗剤を購入して、3人で店を出る。
「トーヤ、お前さん、住み込みの家政婦なんかも必要じゃねぇか?」
「あー。実はちょっと考えてたんですよね。食事の準備とかお願いしたいし」
「そうか? よし、じゃあ、俺が見繕ってやろう」
「住み込みより通いの方が気を使わなくて済むからいいんですけど」
「住み込みの方が家を貸してやる分安く雇えるんだぞ?」
「へー」
1か月後、トーエンさんが連れてきた住み込みで働いてくれる家政婦は、以前俺から財布を盗んだ子供。
「大人の女性でお願いします!」
必死の訴えにより、30代の未亡人がメインでうちの家事を取り仕切ってくれるようにはなったけど、女の子も置いていかれた。
後から聞いた話だと、トーエンさんが世話をしている子供たちはだいたいどこかの家で住み込みの家政婦をしているらしい。子供が働く家の主はトーエンさんが自分の目で見て選んだ人物。
トーエンさんから子供を任されることは、この町の一部の地域ではそれなりに名誉なことのようだ。




