ホヨテルの町で家を借りる
俺の噂を消してくれたトーエンさんは、ここら辺で顔が利く大店の元店主で、今は隠居して町をぶらついて陰でこっそり問題を解決しているできた人だと、飲み屋の主人が教えてくれた。
「じゃあ、あの子も放っておけばトーエンさんがどうにかしてくれたんですか?」
あれ? 俺、余計なことした? と思って聞いてみる。
「いや。あれは俺にはどうにもできんかった」
金貨1枚を渡すだけなら、トーエンさんの小遣いで簡単に支払える。だけど、問題解決のために簡単に金の力を使うと、今後無数の人物にたかられることになる。
トーエンさんが裕福な人だというのは知られている。そして、何かあったときに力になってくれる『かも』しれない頼れる人物だというのも有名な話。でも、お金に困っている人全員を助ける財力はさすがにない。
だからこそ、町の問題を解決するときに『金の力』を使うことはしない。今まで培ってきた知識や経験、そして人脈でどうにかなる問題だけ。
トーエンさんのところに話が来た時、最初のうちは母親に引っ越しの説得を試みた。そしてそれがだめだったので、大家の良い噂を流すのと引き換えに借家の請求額を少なくしてもらうなどこっそりフォローしていたようだ。
「なんか出しゃばってすみませんでした」
「あれには俺も驚いた。今時こんな若者がいるとは思わなかったからな! だが、俺に謝る必要はないぞ」
対面に座って軽く頭を下げると、トーエンさんは首を振った。
「あれであの子は1度救われたのは間違いない。トーヤは恥じる行いをしたわけじゃないから、胸を張れ! ただし、もう2度と同じようなことはするなよ。この町で暮らしていけなくなるからな」
「はい」
この町にも貧民街と呼ばれるところがあって、その辺に俺の噂が流れると大変なことになる。
有名なトーエンさんがもし1度でも誰かのために善意で私財を使ったら、町を1人で出歩けなくなるかもしれない大問題に発展する可能性があるほど生活に困窮している人の数は多い。
「この町の領主とかは何か支援しないんですか?」
「あー。健康なら領主様の事業に参加できるが、ほとんどが何かしら問題のある家庭だからなぁ」
生命保険とか健康保険とか介護保険とかそういった保険がない世界だから、残された家族や体が不自由な人などは、生きていくのも大変になる。
一応、そういう生活困窮者に対して税金で食料の配給などはやっているらしいけど、毎日毎食全員に配るわけにもいかない。
「そうだこれを伝えようと思ってトーヤに声をかけたんだった。金貨1枚をポンと出した若い男はお忍びでやって来た貴族ってことになってるからな」
「へ?」
「下町に偶然出てきていた貴族なら、多少金をばらまいたとしても問題にはならない。特定することが難しいし、下手に絡むと文字通り首が飛ぶかもしれんからな」
「へぇー」
殺人は法律で禁じられている行為だけど、貴族は罪人を処刑できる口実を探している。
なぜなら、その処刑を自分が実行すれば経験値が大量に手に入るから。護衛を連れて魔物を討伐しに行くより、楽にレベルが上げられる。
横暴な貴族を律する法律もあるので無実の罪で処刑される人はあまりいないけど、ゼロではない。秀でたモノを持たない者たちは貴族に極力かかわらないのが、賢い生き方。
「でもそんな噂流して、貴族に伝わったらヤバくないですか?」
「大丈夫だろう。悪さしたならともかく、一応善意の行動だからな。もしかしたら名乗りを上げるやつがいるかもしれんが、まあその時はお前、絶対余計な事するなよ」
「もちろんです」
俺のために尽力してくれたトーエンさんを裏切るようなことはしない。俺自身のためにも、俺が金貨を払った本物です、なんて主張するつもりはない。
「ところで……人脈目当てでトーエンさんをちょっと頼ってもいいですか?」
「お? なんだ、言ってみろ。無茶な相談は断るがな」
「家を借りたいなぁと思いまして」
「なんだそんなことか。それならすぐにでも話をつけてやるぞ」
「俺、この町の出身じゃないし、保証人? 的な人がいないんですけど……それでも大丈夫な物件を紹介してもらえますか?」
他人が借りている家の支払い額を調節できるなら、もしかして紹介もできるかなぁと淡い期待を胸にお願いしてみたら、簡単にオッケーがでた。
「地域はこの辺に限るが、それで良けりゃ」
「大丈夫です!」
「じゃあ、家賃の希望額は?」
「……この辺の平均ってどのくらいですか?」
平均より少なすぎると治安が心配だし、多すぎると維持するのが大変そうだ。ここは大事な情報だと思う。
「そうだな……おーい、この辺の家賃ってどのくらいが相場だ?」
大声で店の中の人に聞くトーエンさん。そうですよね、ご自身は大富豪ですもんね。この辺の一般家庭の家賃相場なんてご存じないですよねー。
「俺のとこは銀貨25枚だ。月払いな」
「うちは月で銀貨40枚くらいか?」
「俺はかかぁが管理してるからなぁ……年払いで金貨5枚ぐらいだろ」
トーエンさんを知っている人が次々と自分のところの家賃を教えてくれる。でもトーエンさんの質問がざっくりしすぎていたので、1人暮らしや家族で住んでる人もいて家賃はバラバラ。
「月払いと年払いって、どっちが安くなりますか?」
「年払いだろうな。ただ、先払いになるぞ」
「なるほど……月払いで銀貨40枚以内なら大丈夫です」
もし本当に借りるなら、最初のうちは月払いにして様子を見てみよう。
錬金術の練習ができる環境が欲しいだけで、別に1人暮らしをしたいわけじゃない。俺にはダンジョンの宿という最強の住処があるので、いつでもそっちに戻れるし。
「なら今から家を見に行くぞ」
「は? 今から?」
「今度いつ会えるかもわからんし、待ち合わせは好きじゃない。この後なにか用事があるのか?」
「いえ、ありませんけど……」
「よし、行くぞ!」
立ち上がったトーエンさんの言葉にかぶさるように、店のあちこちから笑い声が発生した。
「諦めろ少年。そのオヤジは言い出したら止まらねぇ」
「違いねぇ」
おっさんたちの笑い声はどこか温かい印象を受ける。それは多分、トーエンさんが皆に好かれているからだろう。
飲み屋を出てトーエンさんが紹介してくれた家は、全てトーエンさんが所有する家だった。それも、近所だけですでに3軒も回っている。
最初は若い男の1人暮らしに定番のアパートだった。6人入居できる長屋式のアパートで、壁がちょっと薄い。そして風呂無し、トイレ共同。月払いで銀貨20枚の格安だったけど。
そこで実際に家を見た俺が希望する条件を語ると、2軒目に移動。
俺の希望通り一軒家でトイレ風呂付。水回りの排水もちゃんとしている。だけど家族用なので1人暮らしには部屋の数が多い。しかも家賃は月銀貨70枚で予算オーバー。
ニヤニヤ笑うトーエンさんが次に紹介してくれた3軒目が、多分本命の家。
「ここならどうだ? ちゃんと風呂もあるぞ」
一軒家で部屋はリビング、キッチン、寝室の3部屋。トイレと風呂はそれぞれ別の部屋で作ってあるから、そこも数えたら5部屋になる。家賃は銀貨40枚で予算ぴったり。しかも、驚くことにまさかの庭と井戸付き。
「……安すぎません?」
「安い理由知りたいか?」
「もちろんです」
そのへんちゃんと聞いておかないと。事故物件の可能性もあるし。
「この辺は、元々土地代が安い」
「そうなんですか?」
「あぁ。それにちょっと旧式なんだ」
先ほどまでいた商店街の通りからちょっと離れたところにあるから、土地代が安いらしい。離れたといっても徒歩圏内なので、そんなに立地条件としては変わらないと俺は思うけど。
そして安さの1番の原因は家の老朽化と設備の古さだった。
「今時かまどを使ってる家なんて、中々ないぞ。だがその分安い。どうする? さっきの家にするか? もしくは、別の大家を探すか」
「うーん。風呂有りでトイレ無しの家とかありませんか?」
「ないな……本気で探し回ればどっかに1軒くらいはあるかもしれんがな」
予算オーバーの家も頑張れば借りられるけど、そこまでして借りる必要が感じられない。トイレは持ち運びできるし、風呂は町にあるという共同の風呂を使って生活すればいいんだし。
じゃあ、風呂無しの一軒家を借りればいいんだろうけど、どうせなら風呂が付いている家を借りたい気持ちもある。毎日共同風呂を使っていると、1人でゆっくりしたいと思うのだ。
「排水に問題はないんですよね?」
「そっちは大丈夫だ。給水の方が問題だな」
「え?」
外に出て、井戸の水を汲み上げてみる。ポンプ式と滑車式、どちらも使える設計のようだ。特に問題があるようには感じられない。
「これのどこが問題なんです?」
「家まで運ばなきゃならん。毎日となると面倒だぞ? 手伝いを雇うならまだしも」
「はー。なるほど」
「……手伝い雇うか? そっちの紹介もしてやれるが」
「人を雇うほどの稼ぎはまだ」
「金貨1枚ポンと出せるやつが、何言ってんだ」
バシバシ肩を叩いてくるけど、俺別に小ボケをかましたわけじゃないんですが。
「そういや、格安で働いてくれる娘に心当たりがあるぞ」
「トーエンさんの孫とか言いませんよね?」
「うちの孫を使うには白金貨積んでもらわんとなぁ」
「さーせんした!」
トーエンさんの言う格安で働く娘は、この前のきんちゃく袋の売り子だった。
「嫌ですよ。恩着せて無理矢理働かせてるみたいじゃないですか」
「……金貨1枚分はタダ働きさせてもいいと思うが?」
「まあ、そうですけど……。あの子は却下です」
「そうかー。欲がないなぁ。俺が若かったら」
「若かったらナニするつもりですか」
定番の「あと●十年若かったら~」なネタで盛り上がり、なんだかんだで3軒目の家を借りる契約を結んだ。さすがにこれは口約束じゃなく、書類を交わしたけど。
「2日後にこの店に来ればカギを渡すように手配しておくから」
「はい。ありがとうございます」
書類を作成するために来たトーエンさんの息子さんが経営している店は、1人じゃ入るのを戸惑うくらいには高級な店だった。扱っているのは珍しいものばかりで、表に出ている品ぞろえも豊富。裏にはもっとすごいものがあるのだろう。
もう少し稼ぎがよくなったら、ここで買い物をしてみたい。
「いろいろありがとうございました」
「おう。じゃあまたな」
深々と頭を下げて店を出る。
すぐに住めるように家の掃除の手配までしてくれたし、これでやっと錬金術の練習ができるので、トーエンさんには感謝しかない。
2日後、店でカギを受け取り、家賃として銀貨40枚を支払う。
ベッドの木枠のサイズを測って、布屋で簡単な布団を縫ってもらったら、布屋で働いているおばちゃんたちに娘を紹介されそうになった。
金遣いの荒さを心配されたのか、金を持っていると判断されたのか……あぁ、両方か。
そして、メンテナンスに出した防具の追加料金は金貨1枚と銀貨50枚の痛い出費。
メンテナンスに出さないで、5階を周回すればよかったかなぁと後悔しそうになったけど、出るかも分からないドロップアイテムに全て賭けるのも違うか、と思い直す。
結果として、所持金が金貨4枚を切ったので明日からはちゃんと稼ごう!




