洗濯大失敗
テントで1泊して、北に向かって森を抜けるルートでホヨテルの町へ帰って来た。
レベル1で通った同じルートのはずなのに、レベル13になった今だと、ちょっと走ったら森を抜けちゃった! ってくらいあっという間に町を囲う壁が見える場所に出た。
「これがレベルを上げた恩恵か……」
見た目や感覚的には何も変わってないけど、その場でジャンプをしてみると明らかに以前とは違うことがある。
縄跳び感覚でぴょんぴょんだとジャンプ力は10センチくらいなのに、垂直飛びを測定する時みたいに気合いれてその場で高く飛ぶと、3メートル近い木とほぼ同じ高さまで飛べる。
「怖っ! 気をつけよう」
走っていて木の幹をジャンプした時、思ったよりも前に進んだ気がしたから確かめてみたけど、今後は垂直に飛ぶのはやめようと思うくらいにはビビる体験だった。飛ぶときはいいけど、落ちるときが一瞬怖い。
「持久力スキル、付かなかったか」
初日で森を走り回って持久力スキルが芽生えたアルファを参考に走って戻って来たけど、俺にはつかなかったようだ。アルファに長距離走の才能があったから芽生えたのかもしれない。
「宿に戻って……荷物整理して……あぁ靴下!」
今後の予定を考えながら歩いていたら、今の俺の装備で唯一の欠点である『素足で革のブーツ』問題を思い出した。放っておくと臭いがブーツに染み込んでしまうので、早めに対策をしないといけない。
心情的には先に布屋に行き、宿に帰ったらゆっくりしたい。けど、ゴブリンの体液を浴びてしまった俺の体からは、ツーンと鼻にクる臭いが発生している。
こんな状態で店に行くのは営業妨害だし、店の人に『あのくさい人』とか陰で言われるようになったら泣く。
すれ違う人が顔をしかめるくらい臭いが酷いので、町の中をそっと駆け足で走り抜け、長距離でも馬車いらずの体を最大限利用してダンジョン地区まで戻って来た。
宿屋の受付さんは、悪臭を放っている俺に対してもいつも通りの顔と態度だったので、プロの根性を見た気がした。
宿の部屋に荷物を置き、部屋にカギをかけたら受付にカギを預けてお風呂に入る。
赤い液体の洗剤は、泡立ちはいまいちだけど汚れや臭いは良く落ちる。これでせっけんの香りとか付いていたらいいんだけど、草っぽい香りしかしない。もう少しハーブ寄りの香りだとうれしかったんだけどなぁ。
他の宿泊客がやっているように、俺も服を一式持ち込んで風呂場で洗っていると、俺の後ろを通った先輩冒険者が突然声をかけてきた。
「おい、お前、それ洗ったのか?」
「え?」
「革の防具」
「はい。洗いましたけど?」
今まで宿屋の廊下や食堂、もちろんお風呂でも、すれ違った冒険者に声をかけられたことはない。
「あの、それがなにか?」
「……いや、普通洗うか? ここで」
詳しく聞くと、革や鉄、その他の素材でできた防具や武器は風呂場に持ち込まないし、洗わない。
武器の風呂への持ち込みは危険だから宿屋で禁止されているし、俺も知っている。けど防具の持ち込み禁止は知らなかった。
それもそのはず。防具を風呂で洗わないのは宿屋のルールではなく、常識レベルの禁止事項だった。
「どうしましょう……洗っちゃいました。洗剤つけて……」
「どうなるか知らんが、一応持っていったらどうだ? まあ、最悪廃棄だな」
「はい。ご親切にありがとうございました」
革の防具は普通の水やお湯で洗うと乾いた時にかなりくさくなるらしい。そして、強度もガクっと下がる。加工された革が痛んでしまうそうだ。
雨に降られたり、俺みたいに魔物の体液が付着した時など、濡れたり汚れたりした場合はできるだけ急いでメンテナンスに出して、劣化を極力防ぐようにするのが一般的。自分で管理している人もいるようだけど、ケア用品を買いそろえるだけで相当な出費になる。
町の工房に出してもいいし、管理事務所1階で受付に防具のメンテナンスをお願いしてもいいらしい。教えてくれた先輩冒険者にお礼を言うと、軽く片手を上げてちょっと離れた洗い場に去って行った。
「やっちまった」
言われてみれば、タブレットの本で読んだことがある話だった。
本で読んだことが一般常識として身につくまで、時間がかかりそうだ。
さっさと風呂を上がって服を着たら、濡れたワイバーン装備たちをタオルで包む。そしてそのまま管理事務所1階に直行。
「すみません。防具のメンテナンスお願いします」
「かしこまりました」
「濡れてるので、このままお願いします」
「カードの提出をお願いします」
「はい」
本日のホヨテルもお日様カンカンの良い天気ですが、俺の防具はびちゃびちゃです。事情を深く聞いてこない受付さん、最高です。
「では、まず基本料金として銀貨30枚をお支払いください。お時間を3日から5日ほどいただきます」
「……追加料金が金貨2枚以上になりそうなら、廃棄希望です」
「かしこまりました。そのように伝えておきます」
「お願いします」
1点につき一律銀貨5枚の先払いで、胸当て、ズボン、ベルト、グローブ、ヒジあて、ブーツの6点で計銀貨30枚の支払い。
メンテナンス終了後に、汚れや痛み具合によって追加料金が発生する場合もあるそうで、いろいろやらかした俺は確実に追加料金発生組。メンテナンスに出すより買い直す方が安い場合もあるらしいし、今回は勉強代ってことで金貨2枚くらいまでは払う覚悟だ。
ダメになったらまた5階を周回すればいいし……。
トボトボ歩いて馬車乗り場に行き、布屋がある地区まで馬車に揺られながら静かに反省。知っていたのに生活に結びつかないアホな頭に溜息がでる。
「あら、お兄さん、いらっしゃい」
「どうも」
布屋の売り子のおばちゃんは、俺のことを覚えていたらしい。悪臭漂う状態で来なくてよかった。
「今日は靴下を作ってもらおうと思って」
「あら……お兄さんは早くイイ人見つけないと、服だけでお金が消えて行っちゃうわね」
「ハハハ」
布を購入したら自分で縫ったり、家族に作ってもらったりするのが一般的な世界で、中古を買うでもなく、新品を仕立てるのはかなり贅沢な金の使い方だ。
自分で縫えないなら中古を買う、それが縫えない不器用な人たちの常識。そんな人たちのための古着屋さん。でも俺は、靴下と下着の中古は……嫌だ。小さい頃からおさがりで慣れているから古着を着ることに抵抗はないけど、下着と靴下はまた別の問題。
「布代と仕立て代で、銀貨25枚ね」
「はーい」
足のサイズを測ってオーダーメイドで靴下をお願いするのは、日本でも相当な贅沢だと改めて思う。言われてみれば確かに被服費が生活を圧迫しているかもしれない。
かといって、俺の服をタダで縫ってくれるような知り合いがいるわけもなく。
町をぶらぶら歩いてウィンドウショッピング中の俺の肩に、見知らぬおっさんが手をかけた。
「おう兄ちゃん、久しぶりだな! どうだ、1杯?」
「え?」
俺は覚えてないけど、おっさんは俺を知っているらしい。
「えーっと」
「なんだよそのツラ、さては俺の事覚えてねぇな?」
「すみません」
「はー。俺がどれだけ苦労して噂を消して回ったか……」
「噂?」
俺、この町で噂されるようなことがあっただろうか?
「金貨1枚できんちゃく袋を買う気前のいい若い男、覚えはないか?」
「……あり、ます、ね」
近くの飲み屋に入って、知らないうちにお世話になってたおっさんにビール2杯をおごらせてもらった。




