酔った勢いで高い買い物しました
案内がなかったので空いてる席に勝手に座って、店内をぐるりと見回す。料理名のわかるものと、読めるけど何が出てくるかさっぱりわからないものと混在している。
「あの人と同じのお願いします」
「はいよぉ!」
ハンバーガーみたいなものを食べている人がいたので、同じものを注文してみた。壁のメニューにハンバーガーという文字はないので、多分他の呼び名があるんだろう。あれがサンドイッチだったら笑うけど。
「肉サンドと葡萄酒ね」
「どうも」
肉サンドか……。
あ、壁のメニューに書いてあるな。普通に見逃していたらしい。
全粒粉で作られた硬めのパンに、焼いた肉がサンドされている。味付けは濃い目で、ちょっぴり辛い。頼んだつもりはないけど、セットでやってきた葡萄酒を1口。
「すっぱっ!」
ワインやビールを飲んだことがないからかもしれないけど、もの凄く酸っぱく感じる。これ腐ってんじゃないかって疑うくらい酸っぱいけど、同じものを普通に飲んでいる人がいる以上、多分この味がここの葡萄酒なんだろう。
肉サンドを食べて、酸っぱい葡萄酒を飲む。
舌が酸っぱさに慣れてきて、そこまでマズイ飲み物だと思わなくなった。
「すみません、葡萄酒おかわりください」
「はいよー」
パンが硬くパサついているので、飲み物の減りが早い。
「この辺に本屋さんありませんか?」
「本? それなら神殿に行くといいよ。金はかかるが、あそこはなんでも置いてあるからね」
「そうですか」
葡萄酒を運んできてくれた店員さんに本屋の情報を聞いてみるも不発。
「お勘定お願いします」
「銅貨10枚です」
この町に来た時からうすうす気づいてたけど、この世界、食べ物の値段がかなり安い。畑とかまだみたことないけど、食料が豊富なのは間違いなさそうだ。
「さーて。どこに行こうかなー」
お腹も満たされて、今なら心地よい昼寝が出来そうだ。
ふらふら町を歩いていたら商店街を抜けて、露店が密集している地域に出た。
「おぉ、これ財布に丁度いいじゃん」
粗末なござの上にいろんな物が置いてあり、その中に財布になりそうなきんちゃく袋があった。
ござの向こう側には中学生くらいの女の子。
「ねえ、これいくら?」
「えっと、あの。それは、それは……」
店番しているけど、あまり商品に詳しくないらしい。値段を聞いただけでもう泣きそうになっている。
「あー、いいや。ごめんね」
「ま、待って。待って、ください」
立ち去ろうと思ったら、ガチで泣き始めた。
え、俺にどうしろと。
「ちょ、泣かないで」
しくしく泣いている少女を置き去りにして、ダッシュで逃げても許されるだろうか? めちゃくちゃ逃げたいんですけど。
「えっと、俺はこれ、買いたいと思ったんだけど、値段、わからないんだよね? だから買わないで帰ろうと思うんだ」
「わ、わかり、ま、す。ねだん、わかりますぅ」
ひっくひっく泣きながら一生懸命喋っているけど、もう俺買う気失せてるよ。今すぐここから離れたい。子供が声を殺して泣いているから、周囲にはまだバレてない。だからこそ今のうちにこの場から消え去りたい。
「じゃあいくら」
「金貨1枚ですぅ」
酔いもぶっ飛ぶ法外な吹っ掛け価格。
「これ、実はマジックアイテムとか?」
「違います」
「違うの?」
「違います」
呼吸が落ち着いてきたらしく、会話は楽になった。けど、もうここに用はない。
「それじゃあ」
「待ってくださいぃ」
「いやいや、さすがに普通のきんちゃく袋に金貨は出せないよ」
アイテムボックス的なきんちゃく袋かと思ったのに。もしそうなら金貨1枚でも即購入したのに。まさかの普通のきんちゃく袋。ここにいる意味はもうない。財布も布屋さんに追加で作ってもらおう。布も自分で選べるし。
「銀貨50枚ならどうでしょうか」
わー、半額になったぁ! お買い得ぅ……なんて反応するわけないだろうが。なんなのこの子、マジ危ない子じゃん。
「お願いします。今日金貨1枚払わないと、家が、家がなくなるんですっ」
しらんがな。
また泣きそうになっているので、泣く前に逃げる。
「お願いします、買ってくださいっ」
悲痛な声を振り切って逃げたら、商品をほったらかして少女が後を追ってきて、俺の左腕に縋り付いて泣き落としを始めやがった。
周囲にちらほらある露店の主はそれを見て見ぬふり。もしかして、さっきも皆気付いてたけどスルーしてた感じ?
「だから、いらないって言ってるだろ。ほら、店に戻れよ。お客が来るぞ」
「来ないんです! 3日間お店出してるけど、お客さんはあなたしかっ」
「きっと誰か買いに来るって!」
とんでもない押し売りだ。
力いっぱい振り払ったら外れそうだけど、中学生くらいの女の子にそんなことできない。
「いい加減にしないと、警備の人呼ぶぞ?」
できるだけ低い声で脅してみる。
効果はあったみたいで、女の子は震えながら俺の腕から手を離した。
「あんなきんちゃく袋、金貨1枚なんて無理があるだろうが」
「わかってます」
「じゃあ、適正価格で売ればいいだろう」
「でもそれじゃあ、金貨1枚なんてとても……」
いや、なんできんちゃく袋1つで金貨1枚用立てようとしてんのか、俺にはさっぱりわからないよ。まあどうでもいいけど。
道端でポツンとうつむいて突っ立っている少女を置いて散歩を再開させた俺に、声をかけてくる人がいた。
「よう兄ちゃん、災難だったな」
「なんですか、アレ」
「あー、あの子の父親がなぁ、病気でぽっくり逝っちまって」
2人で会話していたら、ちらほら人が集まって来た。
「そうそう。それでよ、まあ、あの子の母親は腕利きの針子だったもんで、どうにか家族2人食い繋ぐことはできてたんだが」
「死んだ亭主の思い出ってやつが邪魔して、母親が引っ越しを拒んでな」
「はあ」
この辺では有名な親子のようだ。
誰も店に来ないというのは、本当なのかもしれない。
「旦那の稼ぎがあって住んでた家だ。稼ぎ頭がいなくなっちゃ、維持するのは厳しいだろ?」
「ですね」
「ところが、周りがどんなに言い聞かせても、家は出ないの一点張りって話だ」
最初はどうにかなっていたらしいけど、貯金が尽きたのか、家賃の支払いは遅れるばかり。
「まあ、よく我慢したよ」
「しかも無利息で金貨1枚って話だぜ」
「はー。そりゃ優しいこった」
初めの頃は親子に同情的だった周囲も、今では大家の方に同情しているらしい。
ござの前に座ってただぼーっとしているように見えるけど、あぁするしか、彼女がお金を稼ぐ方法はないのだろう。
「聞いた話じゃ、家のために身を売る覚悟らしいぞ」
「は?」
「一昨日、見たやつがいたんだってよ。母親と娼館の女将が陰でコソコソ話してたらしい」
「……身を売るって、母親がですか?」
「アホ。売れるか! そりゃもちろん、あの子だろうがよ」
あごで示されたのはやっぱり女の子。
そこまでして、死んだ父親の思い出を守りたいのだろうか? 本当に?
「金貨1枚なら利子付でも半年程度で稼げるだろうが……生娘だろうになぁ」
「あーもう、なんでそこまで聞かせるんですか。俺、あの子と無関係なんですけど」
ワックスもつけてないのに毎日ちゃんとツンツンしている髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
日本の倫理観とか、俺個人の正義感とか偽善とかアルコール、いろんなものが頭を駆け巡る。
「だー、もう! 最悪だ! 気分悪い」
「おい、兄ちゃん、なんだどうした?」
「あんま気にするな。不幸なのはあの子だけじゃない」
おっさんたちが慰めてくれるけど、もういろいろしんどい。
「黙っててくださいよ」
少女の露店の前に行き、リュックから金貨1枚を取り出してきんちゃく袋と交換でござに置く。
「はやく引っ越せ」
呆然としている少女の前から逃げるように、おっさんたちがたむろしている場所に戻る。
「いやー、兄ちゃん男前だな」
「絶対広めないでくださいよ。俺、不幸な子供何人も救う財力ないですからね」
「だな。さすがに四方八方から狙われるのはかわいそうだ」
俺の肩をバシバシ叩いて、近くにいた別のおっさんが「今の出来事は内緒にしよう」と皆に言い聞かせてくれた。
「じゃあ俺、もう行きます」
「気をつけてな」
見知らぬおっさんたちにジャーキーやら謎の干物、乾燥した豆を手渡されて露店通りを脱出。あの子が今後どうなるかなんて知らないけど、とりあえず今回は身売りしなくて済むはずだ。
買ったばかりのきんちゃく袋に手持ちの残金をまとめたら、金貨3枚と銀貨18枚、銅貨3枚にまで減っていた。
「高い財布買ったなぁ」
偽善者ぶるのはこれが最初で最後。
もし今後似たような境遇の子がいたとしても、助けるつもりはない。




