3階 ゴブリンと他の冒険者
数分待ってから扉に手をかけると、今度は普通に開いた。
扉の向こうは、どこまでも続く草原が広がっている。近くに人の姿が見えた。あの人たちが今さっき3階に来たパーティーだろう。
「3階は広いだけの草原だ。道さえわかってりゃものの1時間で攻略できる」
「え、これ、建物の中なんですよね?」
「多分な」
「多分?」
ダンジョンはそれぞれの階層によって広さも、見た目も、環境も変化する。外観は天高くそびえ立つ塔のダンジョンだけど、中のエレベーターで本当にその塔を登っているのか、はたまた階層ごとに違う場所に転移しているのか人間側は判断できない。
ダンジョンの中の階段を上がっているから、塔のダンジョンを登っている。そう、解釈しているだけで、神の力によって移動している可能性もゼロではない。
「情報更新!」
「はいぃっ!」
ぽけーっと広いフィールドを眺めていたら怒鳴られた。
石のテーブルに手を置いて、ぴかっと光らせる。
「完了です」
「おう。それじゃあ、扉の後ろに回って開けてみろ」
「はい」
振り返ると、コントの仕掛けのように、草原の中に扉だけがポツンと置いてある。
「ん? あ、誰か来るみたいです」
後ろに回ってドアノブを回そうとしたら、また鍵がかかっていた。
「違う。このダンジョンの扉は、1方向からしか開かねぇんだ。こっちから開けてみろ」
「はーい」
扉の周囲をぐるりと回って、ドアノブを回すと、エレベーターに乗れるようになった。
「ここから出てきて、まっすぐ向こうに進んでいるつもりでも、いつの間にか進行方向にこの扉を発見することがある。普段だったら脱力するぐらいだが、敵に追われている状態でこの扉を見つけても、逆方向から飛びついたところで開きゃしねぇ。よぅく覚えておけよ」
「はい」
3階は視界を遮るようなものはないけど、木や岩、崖とか、川が存在する階層では、方向感覚がおかしくなるらしい。
登山中、山を下りてるつもりで実は登ってる、なんて現象と同じ感じだろう。
「そういう階層で役に立つのがコレだ」
ダンさんは再び胸のポケットから何かを取り出した。
「コンパス?」
「お、知ってたか。そうだ、この磁気コンパスは北を指す。だから、これさえ見ておけばとりあえず北を目指して進めるってわけだ。ただ、階段が北にあるかっていうと、そうじゃねぇのが残念なところだがな」
「えぇー。北に進めば階段があるって普通思うじゃないですか」
「北に進んでこの場所に戻ってきたら、階段は北じゃないってことになるだろ?」
「まあ、そうなりますね……って、だまされませんよ! 同じ北でも、少し道がそれてたら階段がある可能性だって十分あり得るでしょう!」
全く同じ方角に進んで、ブルーベリーの群生地を見つけられなかった。あの経験から、方角だけ正しくても必ず目的地につけるわけじゃないと俺は学んだ。
「あとで見せてやるが、階段が近くにあると、コンパスが狂って針が北を指さなくなる」
「え、壊れるってことですか?」
「いや、階段から離れるか、階段を上ればまた北を指すようになるんだが、階段を探す目安としては十分な働きだろう」
ダンさんはそう言ってコンパスを胸にしまった。
3階の階段の場所もきちんと覚えているそうだ。頼もしい。
「欲しかったらダンジョン商店街で売ってるから買え。銅貨2枚だ」
「営業すんなし」
「ははは、これも俺の仕事」
ダンさんの簡単なセールスが終わったので、草原を2人でまっすぐ突き進む。前を歩いていた人たちは、もう随分先に進んでいる。
3階にはスケルトン、スライム、ゴブリンがいるらしいが、10分歩いても1匹も出てこない。
「やっぱりなぁ……」
「なにが?」
「ほれ、最初に3階に上がったとき、誰かがいたせいで扉開かなかったろ? 俺たちより先行してるパーティーがいて、モンスターはそいつらを襲って返り討ちにあってるから、時間差がほとんどない俺たちの前には出てこないんだ」
無限に出てくるモンスターも、1回消えたら復活まで時間が必要らしい。
「あー、めんどくせぇ。ちょっと遠回りすっか」
最短コースで階段まで向かう予定だったけど、ゴブリンを探して迂回することになった。
「今までのモンスターと違って、ゴブリンはレベル1で倒せるかどうかってところだ。トーヤは実際ゴブリンを倒してレベル3になっているから問題はないだろうが、スケルトンやスライムよりも敵対する恐怖や嫌悪感ってのが桁違いだ」
敵対したゴブリンに追いかけられかなりの恐怖を感じた俺は、ダンさんの言葉にぐっと息をのむ。
大丈夫だ、今は剣がある。
剣術スキルのおかげで、素人にしてはそれなりに剣を使える状態にもなっている。
「上の階になると、ゴブリンも集団行動をしはじめる。もし外のゴブリン退治の練習をするなら、そっちの訓練もわすれるなよ」
「はい」
すたすた歩くダンさんの後ろを、周囲をきょろきょろ見ながら追いかけていると、ダンさんが止まれと合図を出した。
「いたぞ。ゴブリンだ」
ものすごーく遠くで、緑色のずんぐりむっくり、小さな猫背の化け物がのそのそ歩いていた。ダンさんは視力もいいらしく、俺より数分先にゴブリンの姿を発見していた。
「3階のゴブリンは巣を持たず、単独でしか行動しない。周辺に他にモンスターがいなければ、連戦になることもないだろう。敵を見つけたらまずは周囲を確認するようにな」
「はい」
スケルトン、スライム、ゴブリン、種族が違うモンスターでも、もの凄く近くで戦闘していたら乱入してくるらしい。
事前に周囲を確認してから戦う。
その心の余裕がなくなったら、自分のレベルが階層に合っていないと考えられるので、戦闘に入る前の確認はダンジョン攻略において大切な基準になるとダンさんが教えてくれた。
「どうだ?」
「見える範囲にモンスターはいません」
遠くの方に、さっきまで俺たちの前を歩いていた冒険者パーティーらしき集団ならいるけど。
「そうか。なら後は戦え! そして勝て!」
「はいっ!」
鞘から剣を引き抜き、ゴブリンと対峙する。
ゴブリンも俺を見つけ、しばらくにらみ合いになった。
「お、意外と賢いやつを引いたな。トーヤ、目をそらした方が負けだ。にらみ合いに負けんじゃねぇぞ」
ダンさんの応援を受け、俺は目に力を込めてゴブリンをにらみつける。
まばたきはセーフ判定らしく、相手のゴブリンが1回まばたきをしたので、俺もぱちぱちと乾いた目を潤す。
そうやってにらみ合っていると、ゴブリンが突然こちらに向かって襲い掛かって来た。
え、なに? 連続まばたきはアウトなの?
頭で考えるよりも先に、向かってくるゴブリンの首を狙ってフルスイングで振り切る。
「う、りゃあ!」
手には生き物を殺した感覚が生々しく残っているのに、目の前のゴブリンは血を流すこともなく粒子となって消えた。
「オーブでスキルを覚えたばっかりにしちゃ、動きがいいな。実は以前から剣をよく振ってたか?」
「いえ。これは昨日商店街で買ったばっかりだし、剣を振るのは今日が初めてです」
「そうか。なら、斧とかクワとかその辺の似たような道具を振ってた影響かもな」
斧やクワでも剣術の練習になるなら、野球もそうだろうか?
野球部じゃないから本格的な練習はしてないけど、バッティングセンターなんかはたまに行っていた。
「次は振るんじゃなく、突いて倒してみろ」
「はい」
階段に向かいつつゴブリンを探し、今度は言われた通り心臓を一突きにする。そしてまたドロップアイテムは出なかった。
「今のゴブリンはすぐ襲ってきたけど、にらみ合いするゴブリンと何が違うんだ?……違うんですか?」
「外でもそうだが、ゴブリンの中でも賢いやつは、相手の力量を見て、襲い掛かるか襲われるのを待つか決める傾向にある」
「襲われるのを待つ? なんで?」
「集団戦や奇襲は別として、格下相手の1対1ならその方がどっしり構えて戦えるだろうがよ」
実戦経験の少ない俺は、その意見が正しいのかどうかわからないけど、ダンさんが言うならそうなのだろう。
「さぁて、ゴブリン相手にも怯えねぇし、楽しくねぇからもう帰るか」
「言い方! それ、ひどくねぇ? 一応あんた先生でしょうが!」
広い草原を迷いなく突き進むダンの背中を追っていると、遠くにいる他のパーティーとの距離がどんどん近づいているのがわかった。
木々が生い茂る森なら気付かなかっただろうけど、ここは視界を遮るものがないから、結構遠くの人物も確認できる。明らかに、向こうからこっちに近づいて来ている。
「チッ、めんどくせぇ」
「えーと、確かダンジョン内でモンスター討伐の横入りはダメ。それ以外にもなんかあるの?」
「他のパーティーが手に入れたアイテムを奪う、最初から人を狙って攻撃をする、わざとモンスターをけしかける。これらは禁止されているな。1階のロビーで初めて情報を登録する時に、ダンジョンのルールとして教わるはずだ」
「……俺は今聞きましたけど?」
「普通は言われなくてもやらねぇから、言い忘れても問題ない」
おい、それもお前の仕事だろうが! と突っ込むのは簡単だが、ダンさんが険しい顔で近づいてくる冒険者パーティーを見ているので、空気を読んで黙る。
「事務所に登録できる最大人数は6人だが、攻略に行き詰ったり、強い敵と遭遇したりして、別パーティーと共闘するって方法で6人以上のパーティーを組むこともできる」
「あ、なるほど。彼らはそれを狙ってこっちに来てるんですか?」
「直接話してみないと本当の狙いはわからんがな。さっきの俺たちのように、前を行くパーティーに敵を倒してもらって、戦闘をさけながら前に進むって戦法もあるしな。故意にやると嫌われる手段だが」
「ほー」
溜息を吐いたダンさんが、俺に背中を向けてしゃがんだ。
「これ以上近づくと顔を見られるかもしれんし、さっさと行くぞ。急ぐから背に乗れ」
「え、いやです」
なんで怪我もしてないのに、おじさんにおんぶされてダンジョンを移動する必要があるのか。
「あいつらを4階に連れて行くのは、俺の仕事じゃねぇ! つべこべ言わず乗れ。お前、どうせ足遅いだろうが」
「失礼な。人並に走れますよ」
「人並じゃ意味ねぇんだよ。この広い草原じゃ、姿が見える範囲も広い。追いかけられて終わりだろうが」
「……いいんじゃないですか? 勝手に追いかけてくる分には」
「ダメだ。俺のプライドが許さん」
乗らないと抱っこするぞ、と脅された俺は、ダンさんの背中に身を預けた。
なんだこれ、すんげぇ屈辱。
「くそっ!」
「悔しかったらレベルを20くらいまで上げろ。そしたら一緒に走ってやる。よし、本気で走るからしゃべるなよ」
「は?」
よくわからないまま、グッと息を止める。
これ以上ここに留まっていると、あいつらに俺の顔が見られてしまう。それだけは避けたい。追いかけられるより、おんぶ状態の今を見られるのが俺はものすごく嫌だ。
危なげなく立ち上がったダンは、俺を背負ったまま馬鹿みたいな速度で走った。
体感で感じる風圧は、かなりのスピードで走るバイクに乗っているようだ。
「お疲れさん」
「あんた、ばけものか……」
「大丈夫か?」
草原を駆け抜けたおっさんは、階段の前で停止した。
後ろを見ても、見晴らしのいい景色の先に人影はいない。
「お前も外で魔物を倒してレベルを上げたら、このくらいすぐできるようになるさ」
「ダンさん、レベルいくつですか?」
「レベル34だ」
「まじか」
老化スピードが遅くなるレベル30をこえてやがる。
「結構多いんですか、レベル30以上の人」
「そんなわけあるか! この町でレベル30以上は俺だけだ」
「……まじかよ」
仕事選び間違えてるよあんた。
「本業は騎士だからな。この実技指導は、いわば息抜きよ」
「へー」
騎士って副業アリなんだ……。
「ほれ、コンパスを見てみろ。見たな? よし、それじゃ4階行って、ロビーに戻るぞ」
「はい」
階段の前でダンさんが取り出したコンパスの針は、ぐるぐると回って完全に狂っている。それを確認したあと、4階の石のテーブルで情報を更新し、エレベーターでロビーに戻る。
「じゃ、ついてこい」
塔を出て、管理事務所の受付でドロップアイテムの鑑定を依頼すると、青い札を渡された。
買い取りカウンターに案内されて、青い札と唯一入手した短剣を出すと、鑑定スキルを持った鑑定士が短剣を見てくれる。
短剣の買い取り額は銅貨40枚。
ダンさんの予想よりかなり少ない、と思う。
「あれ? ダンさん銀貨1枚って言わなかった?」
「俺は専門じゃねぇからなぁ……誤差が銅貨10枚なら中々の目利きじゃねぇか? なあ?」
鑑定士に同意を求めると「そうですねぇ……」とあいまいな返事が帰って来た。
銅貨50枚で銀貨1枚ね、なるほど覚えた。
「ま、どっちにしろこれは売らねぇから、問題ないっと」
ダンさんはそう話をまとめて席をたつ。
受付で鑑定だけを依頼すると、有料で鑑定してくれるようだ。今回は指導の一環なのでタダ。売る気はないけど鑑定だけしてほしいときに使える小技。
買い取りに出して、提示された額に納得いかず売らないと決めた時にも鑑定料は発生する。どちらの場合でも、5品以内なら鑑定料金は銀貨1枚。
「それじゃあ、今後も気をつけてな」
「はい。ありがとうございました」
みっちり3時間、ダンジョンのイロハを教えてもらった。
金額としての稼ぎはゼロだけど、ダンジョンの初日としては、かなりイイ出だしだと自分では思う。




