ダンジョン2階
ダンジョン2階の通路は、青い壁と大理石のタイルで構築されている。
1階と大きく違うのは通路の素材ともう1つ。2階には分かれ道があり、選んだ道が行き止まりになったら、来た道を戻らないといけない。
「まあ、モンスターが無差別に襲ってくるとはいっても、階を上がってすぐは絶対に攻撃されない」
「そうなんですか?」
「あぁ。もっと上の階になると口から火を吐くモンスターもいるんだが、どういうわけか、この扉から数メートル前で、その火が消えるんだ」
よくよく話を聞いてみると、エレベーターの扉から数メートルのところに、結界のようなものがあるらしい。モンスターの体はもちろん、攻撃も通さない。しかし、人や荷物は通す。
「だから、自分のレベルに合わない階層だと判断したら情報更新だけして帰る。そしてダンジョンの外で魔物を倒し、レベルを上げて再挑戦するんだ」
「はい」
どうやらダンジョン管理事務所は、外の魔物討伐の手助けもやっているらしい。さすが領主の管理する公共事業。
「スライムには心臓のような核がある。まあ、簡単に言うと弱点ってやつだ」
「弱点、ですか」
「そうだ……お、いたな」
青い壁にべっとり張り付いているスライムには、目玉や口といった顔のパーツはない。体の中に小さな丸い粒が透けて見える。あれが核だろう。
「じゃあ、まずは見てろ」
ダンさんは一見無防備なスライムに近づいて、そのまま素手でスライムの体を突き破り、核を直接手で握って、引っ張り出した。スライムの体は粒子になって消えて、ダンさんの手のひらには小さな核だけが残っている。
「スキルオーブ!?」
「いや、似ているが違う。これはただの飴玉だ」
「え、飴?」
「魔物のスライムだとこの核が魔石になるんだが、ダンジョンのスライムだと全て飴玉になる。しかも味が豊富だ」
ダンさんは手の中の飴を口の中に放り込んだ。
「次はお前の番だ」
「はい」
スライムに向かって手を伸ばす。
今度のスライムは俺に気付いたようで、足に飛びついてきた。左足にべっとりくっついたスライムの核を見つけた俺は、指をスライムの体の中に埋める。
「あ、あれ? え、ちょ、抜けない!」
つぷんっと簡単に突き破ったスライムの表面の皮が、引き抜こうとした指にねっとり張り付いて、そのまま伸びる。細く伸びた部分をとっさに左手でちぎろうとしてしまい、左手にもスライムが絡まった。
「こっち向け」
背後にいるダンの方へ体を動かすと、ダンさんが俺と縁切りをするみたいにスライムの体をチョップで切り、俺の右手にスライムの飴だけが残った。
「驚いたか? あの状態は文字通り、スライムがお前に食いついているってわけで、ほっとくと数時間かけてじっくり溶かされちまう」
「ダンさんは何であんなに簡単にスライムを倒せたんですか?」
チョップは素早かったけど、最初にスライムを倒した時、指を引き抜く動きは普通だった。
「俺とお前のレベルの違いだ。正確にはスライムと俺のレベル差ってことになるんだが……」
統計上、人間側のレベルが5より下だと、スライムを素手で倒すことは難しい。とはいえ、対処法さえわかっていればレベル1でも余裕で倒せる。
「魔物もモンスターも共通する弱点なんだが、スライムは核を包む体の部分が少なくなると死ぬ。だから、今度は左手で核を掴んで、右手に持った短剣でいらない部分を切り捨てろ」
飴玉を口に入れ、リュックから短剣を取り出す。
透明なスライムの飴は、イチゴ味だった。
2度目の俺対スライムは、俺の完全勝利で終わった。
「ほら次は、その腰の剣だ」
「え?」
「その短剣はさっき手に入れたものだろう。元々用意していた武器じゃなかった。短剣を持っていない時の戦い方も知っておくといい」
「はい」
短剣をリュックのポケットにさっと戻して、腰に下げた剣を引き抜く。
「核そのものを切ると簡単に死ぬが、飴は手にはいらない」
「はあ」
別に飴はいらないかな。
「つまり、ダンジョンの外にいるスライムの核を切ると、魔石が手にはいらなくなる。だから核の近くを切れ。そして核とスライムを切断したら、切断面から核を取り出せ。スライムの表面から指を入れると食いつかれるが、断面は無防備だ」
「了解」
魔石は売れるし、使える素材なので是非回収の方向でいきたい。
今回は飴だけど、飴をきちんと回収する技を身に付けとくべきだと、考えを改める。
通路の隅っこにいたスライムに向かって剣を振り下ろす。
核がある部分はまだスライムの体があるけど、切り落とした部分のスライムの体は粒子となって消えた。無限増殖はしないようだ。
言われた通り断面から核を引き抜くと、スライムの体が指に絡みつくこともなく、簡単に倒せた。
「飴いりますか?」
「いや」
俺もまだ口に2個目のメロン味が残っているし、リュックから葉っぱを取り出して葉っぱのコップを作り、そこに飴玉を入れてリュックのポケットにしまう。
「ダンジョンでモンスターが落とした食い物は、ダンジョンのロビーに行くと消えてなくなるからな」
「へ?」
「もっと上に行くと肉とか野菜が手に入るんだが、外に持っていこうとすると消える。だが、腹いっぱい食って外に出ても、腹いっぱいなんだよ。なんでだろうなぁ?」
上層階になると泊まり込みで活動することになるので、ダンジョンで食材が手に入るのはありがたいことらしい。ダンジョンで入手した食材はロビーで消えるけど、外から持ち込んだ食材は消えない。
ダンジョンの不思議ってことで、皆納得しているようだ。
「どうしてレベルが低い人と高い人で、スライムの皮の強度が違うんでしょう?」
「あー。なんだったか……えー、確か、攻撃力の差が関係しているとかなんとか、研究者が発表してた気がする」
「攻撃力?」
「スライムの防御力を上回る攻撃力があれば、スライムの体の中から皮を突き破れる、とかなんとか」
スライムは体内に獲物を捕獲して捕食するため外からの衝撃に弱い。でも体内の防御力は高いらしい。
「防御力とか攻撃力とか、どうやって確認するんですか?」
俺のタブレットのステータス画面には、レベルと職業、体力と魔力、スキルしか表示されない。
防御力や攻撃力、素早さや賢さなんてステータスを見ることはできない。
「ん? あぁ、体力のように目に見えて数値化されたりはしないぞ。どうしても確認したいなら、殴ってもらえ」
詳しく聞くと、この世界の住人たちは「スキルが知りたい」「レベルが知りたい」と思えば脳内にレベルと体力と魔力とスキルがふわっと浮かぶらしい。俺はできなかったけど。
そして生身の防御力を確認する方法の1つとして、大きさの違うハンマーで殴ってもらうというのがあるようだ。
レベル1だとかなり痛い小さなハンマーの攻撃も、レベル10になるとまったく痛くない。ハンマーの大きさをどんどん上げて行って、痛く感じたハンマーのサイズと、その1撃で減った体力の数値で、防御力を測定するそうだ。
自動で数値化しないならやる意味はないな。
殴る側の人の攻撃力にもよるだろうし、我慢大会的な要素もあるし、なんか一部の人だけで盛り上がっていそうな界隈だ。
スライムの飴ちゃんをゲットしつつ、ダンさんの案内で2階の通路を進む。
ダンさんは2階のマップを把握しているようで、分かれ道などを迷いなく選んで、1度も行き止まりにならずに階段に到着した。
「2階まではすぐ攻略できるんだ。だがなぁ、3階からは少しずつ難しくなってくる。案内なしだと、3階から上がるのに1日掛かりってな感じでな」
「うわぁ……そういや、ダンジョンの途中で帰りたくなったらどうしたらいいんです?」
「あん?」
「たとえば、今、目の前の階段を上らず、向こうの扉がある場所にも戻らず、ダンジョンを出たくなった時とか」
もし、エレベーターと階段のどちらかを見つけないと出られない仕様なら、攻略のために数日間の泊まり込みが必要になったり、出入り口を見失ってダンジョンをさまよう羽目になる。
「後で教えるつもりだったが、専用のアイテムがある」
「おぉ!」
ダンさんが内ポケットから取り出したのは、手のひらに乗るサイズの、カエルの置物。
「これを持っている人物に捕まれば、最大6人まで一緒にロビーの真ん中に移動できる」
「ほお」
「ただし、1回使用したら消える」
「へー」
使い捨ての帰還アイテムは、低層階で出たときに、その売却額に目がくらんだ冒険者がたまに買い取りに出し、そしてその後オークションにかけられてそれなりの額で売れるらしい。
「オークションって俺らも参加できるんですね」
「ランクC以上のベテランだけな」
指導時間は残り1時間半ほど。
階段を上り3階に続く扉を開こうとしたら、鍵がかかっていた。
「ロビーから3階に上がって来たやつがいるんだろ。少し待て」
ダンさんは首のうしろをポリポリかいて、嫌そうにそう言った。




