石と短剣
「とりあえず、今の戦闘で気になったことを聞いてもいいか?」
「はい。どうぞ」
階段を数段上ったところで、ダンさんが振り返った。
踊り場はなく、10段上れば次の階に移動できるようだ。
「お前のそのリュックには何が入ってる?」
「え?」
「今みたいに一撃で済むなら問題なさそうだが、連続攻撃となると、そのリュックの中身次第では体勢を崩す恐れがあるぞ」
「そうですか?」
「あぁ。後ろから見るとよくわかるんだが、体の軸がぶれるほどの負荷がかかってる」
ダンさんに指摘された原因は多分、川で拾った石のせいだろうなぁ。
剣を鞘にしまって、背負っていたリュックを階段に置く。
「……原因はこれかなー、と」
リュックの中から拳ほどの石を1つ取り出して見せる。
「それだな。いくつ入ってる?」
「え?」
「1つ2つじゃないだろう? ほら、全部出せ」
運動会の玉入れの集計のように、1、2、3、とリュックから取り出し、合計8個。
はぐれゴブリン相手に投げすぎて8個しか回収できなかった俺の最初の武器。もし剣が使い物にならなかったら、これを投げて逃げようと思って全部リュックに入れて持ってきていた。
「筋力トレーニングか?」
「いえ。これは俺の保険武器です」
この武器でゴブリンを倒し、レベルが3に上がったことを簡単に伝える。
1発頭に当てて、追撃でとどめをさしたことだけ。全部で何発投げたかなんて、俺もわからないし。
「なるほど」
俺の話を聞いたダンさんは石たちに目をやると、少し考えこんだ。
「お前はこれからもっと強くなると思う。修行すればするほど剣の扱いに慣れ、無駄のない動きで剣を振る技術も身に付くだろう」
「ありがとうございます」
真面目な顔で真剣に褒められると少し照れてしまう。
「だが、この石はお前の成長を邪魔するぞ」
「え」
「石を8個背負っていることが普通になると、その重さがなくなったとき、お前は自分の重心の取り方がわからなくなって一時的に弱体化する。そしてその状態をカバーしようと無理した結果、足や腰を痛める原因にもなる」
荷物が増えてどんどん重くなっていくなら、調節することはそこまで難しくないそうだ。そもそも、ダンジョンの場合、大荷物になる前に普通は帰る。
ダンジョン以外の場所で大荷物を背負う羽目になった場合、戦闘行為自体を避け、戦わないと逃げられないなら荷物をおろして戦う。
「俺としては、その武器はしばらく封印した方がいいと思う」
「しばらく?」
「あぁ。せめて体を動かす感覚が剣術スキルに馴染むまでは、自重に近い状態で動いた方がいい。そうだな……ゴブリンを3匹相手にして無傷で勝利するくらい剣の扱いに慣れたら、石を背負ってもいいだろう」
ゴブリン3匹を無傷で……。
果てしなく遠い道のりのような気がするけど、初心者の実技指導を仕事にしているダンさんが言うなら、きっと石は封印した方がいいんだろう。
「わかりました」
宿に帰ったら、リュックの中からテントの中に石を移そう。テントの中なら重さなんて関係ないし。
「そうか」
「はい」
石をリュックに詰めなおしていると、ダンさんが微妙な顔で石を1個手に取った。
「持って帰るのか?」
「はい。階段に石なんて置いてたら、他の人が通る時邪魔でしょう?」
リュックに7個入れて、後はダンさんが持っている石だけ。
手のひらを出して待っていると、ダンさんはそのまま2階に上がれと指示を出した。
「え、でも」
「いいから。これもダンジョン指導のうちだ」
「はあ」
階段を上がりきったところに扉が1つ。
「ほら、行け」
扉を通ると、さっき見たのと同じ石のテーブルが近くにあった。
「階を移動したらすぐに情報更新!」
「はいっ」
テーブルに両手をついて、光るのを待つ。
「更新終了しました」
「よし。1階に戻るぞ」
2階のテーブルの足元に、ダンさんは俺の石をわざと放置。拾おうとしたら止められた。
急かされるように今通って来た2階の階段に続く扉を開くと、階段がなくなっていた。
「は!?」
「よし、ボタンは増えているな」
階段の代わりにエレベーターが扉の向こうに出現していた。なるほど、階段で上がってエレベーターで下がる仕組みなのか。
「ロビーへの戻り方は覚えているか?」
「1階のボタンを2度押しでしたっけ?」
「そうだ」
これで実技指導終わりかー。1度宿に戻ってリュック軽くするかなー。なんて思っていたら、俺が2度1階のボタンを押した後、今度はダンさんが1階のボタンを1度押した。
「へ? もう終わりだったんじゃ?」
「まだ1時間も経ってないだろう。さて、トーヤ。もう1度スケルトンと戦ってもらうぞ」
エレベーターから出たダンさんは、すたすた歩いて青い床にスケルトンを召喚した。
まあ、青い床にダンさんが近づいたので勝手にスケルトンが湧いたってだけの話だけど。
「四つ足の獣だ。さっきより素早いぞ、気をつけろよ」
そう俺に告げた後、ダンさんは獣スケルトンをジャンプで飛び越えて青い床の向こう側に着地。
スケルトンは目の前にいる俺に向かって走ってくる。
「え、うわっ!」
完全に油断していたので、剣はまだ鞘の中。
できるだけ素早く抜き、飛びかかってくる瞬間に薙ぎ払うと、獣スケルトンは短剣を1本落として消えていった。
指摘された後だからかもしれないけど、さっきよりも背中が重く、石は邪魔なんだと実感できた。
「お、イイものが手に入ったな」
拾った刃渡り15センチほどの短剣を鞘から出して見ていると、ダンさんが近寄って来た。
「これ結構いいやつですか?」
「1階で手に入る武器のなかでは、上質だと思うぞ」
「おぉ!」
一気にテンションが上がる。
「買い取り額はどれぐらいですか?」
「さぁなぁ……銀貨1枚くらいか?」
「おぉぉ」
宿代と同額!
「でもお前、それは売るなよ」
「え?」
「石は邪魔だが、第2、第3の武器を用意しておくって考え自体は間違っちゃいない。その剣が折れた時、第2の武器を持っていればそれだけで生存確率が上がる」
「なるほど」
短剣をリュックに入れて、再び2階へ。
「さて、何か気付かないか?」
ダンさんにそう言われて、俺は放置した石の事を思い出す。
「石がない」
「そうだ。階層から人が全員移動すると、そこに残した物が全て消える。跡形もなく」
「はー。ダンジョンに吸収されるってことですかねぇ?」
「だろうな。だが、消えるのは物だけじゃない……死体も消える」
ダンさんの言葉にうまく反応できない。
「生命エネルギーの有無でダンジョンが判断していると考えられている。大けがしていても、生きていれば消えることはない。だが、モンスターには狙われる」
「……なるほど」
「大事なモノは何が何でも持って帰れ」
「はい」
もし、俺が誰かとパーティーを組んでダンジョンに挑むことがあったら、絶対に置いていかない。
「で、だ。その石はどうする? 持って帰るのか?」
「……んー」
持ってきた物をわざわざ捨てて荷物を軽くする?
そんな罪深いことを、この俺が?
でも、ただの重い荷物じゃない。命を危険に晒すかもしれない無駄に重い荷物だ。
必要だから持ってきた。でも必要なくなったから荷物を減らす。当たり前の行動だ。でも、捨てるのは……。
だめだ、1度は俺の命を守ってくれた石をそんな理由で捨てるなんて俺にはできないっ!
「やっぱり持って帰ります!」
リュックから食卓カバーを出し、ダンジョン内にテントを張る。
2階の天井も高く、通路の横幅も広いのでテントを邪魔する障害物は1つもない。
「テントのマジックアイテムなんて珍しいもの持ってるなぁ」
テントの中に入ってリュックから石を7個全て取り出して、テントを閉じる。
「よし。これで大丈夫です」
「そうか」
清々しい。
リュックは軽くなったし、石は捨てずに済んだ。
アイテムボックスが存在する現実、あぁ、なんて素敵な奇跡。
「言いたくはないが、そのマジックアイテムを狙う奴が出てくるかもしれん。使う前に周囲を警戒してから取り出すようにな」
「はい」
「仕切りなおすぞ。2階に出現するモンスターは、スライム。顔に食いつかれたら窒息するから気をつけろ」




