ダンジョン1階
「カードを出せ」
ダンジョンの入り口前で、ダンさんにランクカードを手渡す。
「Eランクのトーヤ。実技指導だ」
「了解」
俺のカードを軽く見せつつ、ダンさんは職員なので顔パス。俺もその後を追ってダンジョンの中に入った。
「ここがダンジョンの入り口だ」
「へー」
玄関の先は石のテーブルが1つだけ中央に置かれている広間。その壁に更なるダンジョンの入り口があるみたいで、前に並んでいた人たちはそれぞれパーティーごとに分かれて外開きの扉の中に入っていく。
「さて、トーヤ。お前さんはまだダンジョンに1回も入ったことがないな?」
「はい」
「このカードは本来、名前とランクが書いてあるだけじゃない。持ち主がダンジョンに本当に登録したか、実技指導を受けたか、その2つの情報が追加されてやっと完成する」
壁に沢山の扉がある広い部屋の真ん中に、ポツンと設置されている小さな丸い石のテーブル。
ダンさんはそのテーブルに両手をつけろ、と俺に言う。
「これはダンジョンそのものにお前の情報を登録する装置だ。階を上がるごとに両手をついて情報を更新しろよ。そうすれば、次からはそこへあっという間に移動できる」
「凄いですね」
「あぁ。神のみわざだからな……俺たちが把握できない神の領域ってやつよ」
「へー」
石のテーブル板が一瞬、とても弱く光った。
「今のが合図だ。光れば終了。逆に言えば、光るまでずっと手を置いておく必要がある。きちんと確認するように」
「はい!」
ごそごそと胸のポケットから印鑑ケースみたいな物を取り出し、ダンさんは中に入っていた印鑑を俺のランクカードに押し付ける。
プラスチックに似た素材のカードからジュッと音がして、カードの余白に焼き印が刻まれた。
「この印は、俺が担当したって意味だ。つまりこのカードを関係者が見れば『Eランクのトーヤはダンジョンに情報を登録し、ダンの実技指導を受けた』ってことがわかる」
実技指導の先生は数人いて、それぞれ違う焼き印を持っているので、印を見れば誰が担当したかすぐにわかるそうだ。
実技指導を受けない場合、ダンジョンの入り口に立っている係員が石のテーブルに案内して、全員共通の焼き印をカードに刻む。
「俺の評価にかかわるからな、簡単に死ぬんじゃねぇぞ」
「はい」
カードはしばらく必要ないらしいので、カードをリュックにしまうついでに周囲を浮遊しているタブレットも素早く捕獲してリュックに戻す。
「さあ、中に入れ」
壁の扉の先は、三方を壁に囲まれた小部屋だった。
ダンさんが扉を閉めると完全に密室になる。
「この部屋の中で、自分がどの階に行きたいか選ぶんだ。今日は1つしかないが、上の階を登録すればどんどんボタンが増える」
外開きの扉が壁にずらっと並んでいたから部屋が沢山あるんだと勝手に想像してたけど、扉の中はエレベーターだった。扉の内側に番号が書かれたボタンが1つだけある。
「そして、この中に2人以上が同時に入った場合、突破した階層数が1番少ない者に全員が合わせることになる」
今は俺とダンさんがパーティーを組んだ扱いになって、俺が登録した1階しか選べない。
「パーティーって最大6人まで組めるんでしたっけ?」
「そうだ」
さあボタンを押せ、とあごで指示されたので、1と表示されたボタンをぽちっと押す。
「すでにこの扉の向こうはダンジョンの1階だ。つまり、ここを開けたらモンスターがいつ襲ってきてもおかしくない場所に出る」
「はい」
「もし、怖くて前に進めないなら、1階のボタンを2度押せばいい。1階は1階でも、さっきの安全なロビーに出る」
「危ない場合って助けてもらえるんですよね?」
「今日だけな。ダンジョン内で死んでも管理事務所は一切責任を負わない、これはどこのダンジョンでもそうだ。入ってしまえば自己責任。よぅく考えろ」
ダンさんは腕を組んで静かに俺の判断を待っている。
今日だけはダンさんが守ってくれるってのに、今日行かないでいつ行くというのか。
「行きます!」
「よし! これで堅苦しい説明は全部終わりだ! この1階に出るモンスターはスケルトン。レベル1でも走って逃げられるから心配するな」
ダンジョンに挑戦する意思を見せると、ダンさんは急に明るくなった。
「命がけの戦いに挑む気持ちの準備ができたら扉を開け!」
「はい」
「今日は俺がいるから、俺が開ける」
「えぇ!?」
俺に扉を開ける係を任せたのかと思ったら、今後のタイミングは自分で決めろという話だったらしく、ダンさんはさっさと扉を開いて外に出た。
「ほら、早く出ろ」
せかされてダンジョンの中へ。
幅も高さも10メートルくらい余裕でありそうな通路だ。
床も壁も天井も土で出来ている。太陽もランプも何もないのに、通路は明るい。
「ここがダンジョンだ。1階は1本道で分かりやすいが、階が上がれば全体の面積は広くなるし、道も交わりあってどんどん複雑になっていく」
ダンさんの言う通り、50メートルくらい先に階段が見える。
「どの階層も階段で移動ですか?」
「そうだ。あの階段部分にはモンスターは侵入してこないから、休むなら階段ってのが大事なルールだ。今出てきた扉の奥も安全なんだが……休憩での利用は禁止されてる。覚えとけよ」
「はい……でもなんでですか? 階段より足場も安定してて安全そうですけど」
扉は沢山あったから、別に構わないと思うけどな。
全員が同じ時間に休憩するわけじゃないし。
「同じ階層に2つの入り口は同時に存在できねぇ。つまり、今お前が扉の中に入っちまうと、お前が外に出るまで誰も1階のダンジョンに入れねぇ……1人この中に待機しておけば、階まるごと1つのパーティーで独占しちまうことだって出来る」
「あー」
「進むぞ」
「はい」
見通しのいい廊下をまっすぐ進む。
2階に上がる階段までモンスターはゼロ。
「床が青くなってる場所があるだろう?」
「ありますね」
少し先の方に確かに一部だけ青くなっている場所がある。
「1階はわかりやすくあそこからスケルトンが出てくる」
「へ?」
「もう少し近づけばモンスターと戦闘になる。必要なら剣を抜いておけ」
「は、はい!」
言われた通り剣を抜くと、前を歩いていたダンさんが俺の後ろに移動した。
「あの青いのがあるのは1階だけだ。神様が初心者にかけた優しさだと言われてる。ありがたく思っとけ」
「はい」
「お前はさっきスキルオーブで剣術スキルを手に入れた。自力で芽生えさせる奴はな、最初から剣術が上手いから芽生えるんじゃねぇ。沢山剣を振って、振り方を体が覚えたから芽生えるんだ」
「なるほど? え、つまり?」
俺の剣術スキルって、実用的にはどうなの?
「つまり、お前の体は練習してない状態で剣の振り方を知っているってことだ。だから、頭で考えるな。敵がいたら敵に向かってただ剣を振れ」
「えぇ!? 他にアドバイスは?」
モンスターが出現するポイントまで5メートルくらい。
そろそろ、出てきそうな距離だと思う。
「何があっても武器を手放すな。敵から目を離すな……くらいだな。気負わずやれ」
「えぇ……」
どんなアドバイスなら納得するのか、と聞かれたら俺にも正解はわからない。
でも、もう少し、剣で初めて戦う俺に寄り添って欲しい。
前に進め、とあごで促されたのでしぶしぶ足を前に出す。
すると1秒よりも短い時間で、青い床の上に人型のガイコツが現れた。
「人型スケルトンだ。こいつはスケルトンの中で1番動きが鈍い」
「は、はい!」
相手も俺を見つけたみたいで、こちらに向かって歩き始めた。
俺は右手だけで持っていた剣を両手で構えて、タイミングを計る。
「間合いに入ったぞ。今だ!」
スケルトンが数歩近づいてきたところで、ダンさんから指示が飛んできた。
その言葉に合わせて、俺はスケルトンを見つめながら剣を上から下に振り下ろす。
正々堂々、正面から浴びせた一太刀はスケルトンの体を真っ二つに切り裂き、スケルトンは光の粒子となって消えた。残念ながらアイテムは落ちなかったが、ゴブリンの時と違って誇らしい気持ちでいっぱいだ。
「よぉし! よくやった見事な勝利だ」
「はい! 先生! ありがとうございます」
共同で1体のモンスターを倒した俺たちの間に、師弟関係が誕生した。
「さて、しばらくするとまたスケルトンが出てくるわけだが、時間が惜しいので前に進む」
「はい」
青い床をこえて、2階へ続く階段に到着した。




