スキルオーブ
今朝は予定よりも早く起きてしまったので、ちょっと優雅に朝風呂でも入ろうと思ったら、営業時間外。
一度部屋に戻り白い札を持ってダメ元で食堂に行くと、食堂は早朝5時から営業中。
朝食のマッシュポテトとキャベツのスープ、ゆで卵を食べて部屋に戻る。
部屋のテントを片付けてリュックに入れ、ベルトを装着し剣を腰につけてリュックを背負う。
部屋を見渡して忘れ物が無いか確認した後、本館の受付に行ってカギを返すついでに今日の宿の予約確認。
「今日も泊まりたいんですけど、また後で来たほうがいいですか?」
「いいえ。カードの提出をお願いします」
「はい」
Eランクのカードを受付の人に手渡すと、名前とランクを確認された後、すぐに返された。
「Eランクのトーヤ様ですね。連泊扱いになりますので同じ部屋をそのままお使いください。カギはこちらで管理します、お戻りの際に再度カードの提出をお願いします」
「はい」
宿泊費として銀貨1枚を支払う。
帰ってきてカギを受け取る時に、食堂用の白い札も一緒にくれるらしい。
ついでに手持ちの水筒に水を入れてもらえないか交渉したら、宿泊者は食堂の給水所の水を勝手に補充していい暗黙の了解があった。
宿を出て、てっぺんが雲を突き破るくらい高い建物の前に移動する。
ダンジョンの入り口は1つで、すでに数人の列ができている。皆入る前にランクカードを係員に手渡しているので、俺もカードを準備して順番を待つ。
係員は数人体制なので列はスムーズに進みあっという間に俺の番になった。
「お願いします」
「こちらへどうぞ」
Eランクのカードを渡すと、俺のカードを持ったまま係員の1人がダンジョンの横に建てられている待合所のような場所に移動した。
「初回実技指導が受けられますがどうしますか?」
「実技指導?」
「はい。ダンジョン初挑戦の方向けに行っている有料指導になります。銀貨5枚で、ダンジョンの基本的なことや戦闘の基礎など、3時間みっちり指導を受けられますが、強制ではありません」
「なるほど」
銀貨5枚……俺の全財産が半金貨1枚と銀貨23枚、銅貨2枚なことを考えると、安いとは言えない。
でも、安心と安全を銀貨5枚で買うというのなら、高くはない。ゴブリンに追いかけられた恐怖を俺はまだ覚えている。
「ちなみに、ダンジョンを1人で体験してみて、その後で指導をお願いするってのもアリですか?」
「はい。可能です」
好きなタイミングで実技指導を頼んでもいいけど、指導を受けられるのは1人1回だけ。しかも、低層階限定。
「うーん。今頼むといつ頃その先生と合流できますか?」
「数十分で準備は整いますよ」
俺はダンジョンも戦闘も初心者だし、実技指導を受けることにした。
「待たせたな」
待合所で1人ポツンと座って待つこと15分。
係員の人が事務所から連れて来たのは大柄で、どこか見覚えのある男だった。
「さて、Eランクのトーヤ、で間違いないだろうか?」
「そうです」
「俺は実技指導担当のダン。3時間だが、しっかりダンジョンの基本を叩きこんでやろう」
「よろしくお願いします」
男は1度頷き、持ってきた箱のふたを開けた。
「これはドロップアイテムの1つ、スキルオーブというものだ」
「え?」
箱の中にはクッションが敷いてあり、その上に透明なビー玉が2つ。
ダンさんをチラッと確認して、それ以上の説明がないことを悟ったらしい係員さんが補足してくれる。
「スキルオーブというのは、取り込むとスキルが芽生える特殊アイテムです。ダンジョンでしか入手できない貴重な品になります」
「……なるほど」
「これは≪剣術≫と≪回避≫のスキルオーブだ」
へぇー、と箱のビー玉を眺めていると「剣術と回避のスキルは持っているか?」とダンさんに聞かれた。
「いえ。スキルは何もないです」
「そうか。では、まずは剣術からだ」
「は?」
ニカッと笑ったダンさんは、俺にビー玉を手渡そうとしてくる。
「え、いや、いりません」
「遠慮するな」
「いやいやいや」
どんな押し売りの仕方だ!? とダンジョンの管理事務所が恐ろしくなった。特殊アイテムだし相当高いはずだ。これを受け取ってしまったら、俺はこのダンジョンにずっと縛られるかもしれない。
「ダン。説明が全く足りていません」
「ん? てっきりお前がしてるもんだとばっかり」
「そんなわけないでしょう……トーヤさん、安心してください。このスキルオーブの代金は先ほどの銀貨5枚に含まれています」
「は?」
実技指導とスキルオーブ込みの値段で銀貨5枚……そんなばかな。
「申し訳ございません。スキルオーブ狙いの登録者を出さないため、事前告知ができないルールなんです」
「はあ」
剣術と回避のスキル獲得、これにかかる費用はわずか銀貨5枚。
本来なら血豆ができるほど毎日長時間剣を振り続け、やっと手に入る剣術スキル。それがお手軽に入手できるなら、ダンジョンに潜るつもりのない者も大勢押し寄せる未来は目に見えている。
それを避けるために、初心者の中で「銀貨5枚を払ってでもダンジョンに挑戦したい金銭的に困ってない者」にだけに与えるようにしているらしい。
「これ、本来ならいくらなんですか……」
「剣術と回避はそれほど珍しいものではありません。体術や槍術となると価値は跳ね上がりますが」
武術系のスキルオーブがドロップする場合、モンスターを倒した最後の武器の攻撃によってその種類が決まることが多いらしい。ダンジョンでの武器の使用比率は圧倒的に剣、その次が弓や双剣。その結果、武術系スキルオーブの中で出現する確率が高いのが剣術スキル。
「じゃあ回避は?」
「ある程度の階層に上がれば、皆さん最低1回は敵の攻撃を避けますからね。回避のスキルオーブも出やすいです」
すでに剣術スキルを覚えている者に剣術のスキルオーブは必要ないので、売って金に換えるしか使い道がない。
ダンジョン管理側としては、ダンジョンを攻略してくれる者にスキルを与えたいので、スキルオーブは一般販売の商業施設に回さない。
結果、剣術と回避スキルは在庫がたんまり。
ダンジョンの管理事務所は領主直轄なので、余剰オーブを全部取り上げられることもない。よって、切羽詰まっていない初心者に配って、更なる供給手段を得る方へと回す。
「あ、他のスキルオーブが気になるようでしたら、管理事務所の受付に申し出てみてくださいね」
「お高いんですよね?」
無言でうなずかれた。
「鑑定のスキルオーブもドロップしますか?」
「……鑑定ですか……私は聞いたことがありませんね」
「俺もないな」
ダンジョンの職員2人が知らないということは、存在しないのかもしれない。
「もしドロップするのなら完全に運任せか、おそらくですが……本を真剣に読みながらモンスターを倒さないといけないような気がします」
かなりの腕前の実力者でないと難しいし、実際やったところで≪鑑定≫のスキルオーブが存在しなければ絶対にドロップしない。
「忘れてください」
アルファに続いて俺も鑑定スキルを自分で覚えるのはきっぱり諦めた。
「さて、それではトーヤさん。手を出してください」
「はい」
手のひらに剣術のスキルオーブが置かれた。
「さあオーブを握りしめたら目をとじて、剣術、剣術、剣術と何度も声に出してみてください」
「剣術、剣術、剣術、剣術、剣術、剣術──」
10回くらいつぶやき続けると拳の中がじわっと熱くなって、冷たいオーブの感触がわからなくなった。
「あれ?」
手を開くとオーブはどこにもない。
「成功です。次は回避です」
「回避、回避、回避」
回避は3回唱えているうちに消えた。
「スキルの確認方法はご存じですか?」
「知りません」
「では知りたいと思ってください」
「え?」
「自分のスキルを知りたい、感じたい、そう思うんです」
「……はい」
目を閉じろと言われたので、閉じてスキルの事を考えてみる……しかし何も起こらない。
「えーっと?」
「まだまだ頑張ってください」
スキルを知りたいと念じつつ、数分同じことをしていたらどうでもよくなった。そもそも、俺タブレットで確認できるし。
目を開いて適当に話を合わせようとしたら、いつの間にかリュックからタブレットが飛び出していて、ステータス画面を表示したまま浮遊していた。
「剣術と回避、覚えてます」
「自分のレベルや体力などもわかりますか?」
「はい。レベル3で、体力は70です」
係員さんの質問に答えると、しばらく静かだったダンさんが急に声を張り上げた。
「よし、合格だ! その感覚を忘れるな。さあ、ダンジョンへ行こう」
ダンさんに引きずられるようにしてダンジョンの入口へ向かう俺に、係員さんは手を振っていた。




