第32話 -拒絶-
(なんで、北原さんと木寺のヤロウがこんな時間にこんな場所で!?)
アルコールに侵された俺の脳裏に小島の言葉が蘇る。
『それとな、木寺のヤツ嫁も子供も居るクセに北原に手を出してたって噂だ』
(そ、そんな…、ヨリを戻すとかないよな!?それに北原さん、あまり楽しそうじゃなかったような…)
「鈴木くん?鈴木くん!?」
強めの口調で有田から呼びかけられて、ようやく我に返った俺は思わず振り返ったが、もう既に2人の姿は無かった。
「鈴木くーん、実は酔っぱらってる?」
「いやぁ、ちょっと飲みすぎちゃったみたいです、へへへ」
俺はおざなりな返事を返すと、有田の様子を横目で伺う。
今のカップルが本当に北原さんと木寺だったかはともかく、有田にも見られていたならそれなりに厄介な事になりそうだ。
「鈴木くーん、営業マンがあの位の酒で根をあげてちゃいかんぞ!俺らの若い頃はだな…」
心配は杞憂だったようだ。
有田は俺と5歳くらいしか変わらないはずだが、経理はお局様とその予備軍ばかりだから、課内の飲み会では先輩風を吹かす相手が居ないのだろう、さしずめ俺はいいカモと言った所だ。
普段なら相手をしても構わないが、生憎、今の俺はそれどころではない。
内心のイライラを隠しながら適当に相づちを打っていると、いつの間にかタクシーは目的地のコンビニに着いていた。
「今日はどうもありがとうございましたっ、お疲れ様でしたっ」
別れの挨拶もそこそこに逃げる様にタクシーを飛び出し、見慣れたワンルームの部屋に飛び込むと、玄関に服を脱ぎ捨ててユニットバスに直行する。
熱いシャワーと冷水シャワーを交互に浴びて気持ちを落ち着かせると、キッチンに備え付けの粗末な棚から貰い物のウイスキーの小瓶を取り出した。
小瓶から直にラッパ飲みにして琥珀色の液体を飲み干すと布団に潜り込む。
気がつくとけたたましい目覚ましの音が、アルコールの抜けきらない頭に鈍く響いていた。
軽い頭痛を感じながら、苦虫を噛み潰したような顔で目覚ましを止めると、重い足取りでユニットバスに向かうと、温度調節のつまみを45℃にセットしてシャワーを浴びる。
二日酔いの頭痛には熱すぎる位のシャワーが丁度いい。
10分くらい身じろぎもせずに熱湯に身体を打たせていると、すっかり頭痛は気にならなくなった。
シャワールームを出て時計を見ると、デジタルの表示はAM7:15を示している。
(すぐに出ればいつもより早く着きそうだな)
クローゼットから取り出した白いワイシャツを手早く身に付け、玄関に脱ぎ捨ててあったスーツに身を包む。
(こんなシワシワじゃ営業マン失格って北原さんに怒られそうだな…)
そこで、昨日のタクシーの中から見た光景を思い出した。
(そうだ、北原さんに昨日の事…)
俺は二日酔いではない胸の痛みを感じながら家を飛び出した。
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駅までのダッシュが功を奏し、いつもより早く会社に着いた俺は、入り口のガラスドア越しに中の様子をそっと伺う。
案の定、出社しているのは一番乗りが自慢の北原さんが一人だけだが、心なしか沈んで見える。
俺は意を決してドアを開けた。
「おはようございま~す!」
わざとらしい程に元気な声であいさつをして自分の席に着くと、北原さんは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにいつもの様に笑顔で挨拶を返す。
「おはよう、鈴木くん!今日は私の方が早かったわね!」
いつも俺に元気を与えてくれる笑顔だが、今日はカラ元気が見え透いていて痛々しかった。
「あの、北原さん、俺、昨日…」
(木寺さんと居る所見たんです)そう言いかけた時に入り口のドアが開いて小島が入って来た。
「おはようさん。おぅ、鈴木!昨日は悪かったな」
(あんた、間が悪いんだよ、わざとかよ!)
心の中で精一杯の悪態をつきながら笑顔で挨拶を返す。
「課長、おはようございます。あの後大丈夫でしたか?」
「いやぁ、たっぷり絞られちゃったよ、ははは」
俺と小島の会話を聞いて、北原さんは早合点をしたようだ。
目を細めて俺に小声で問いかける。
「なぁに? 昨日課長と2人で何してたの?」
「ち、違いますよ、皆んなで飲みに行っただけですよ」
「ふぅん」
こうなってしまうと、もう本題には戻れそうにない。
そもそも会社でするような話でもないので、俺はいつものようにキャッチボールに誘った。
「北原さん、今日、キャッチボール付き合ってもらえませんか?」
いつもならテンポよく答えが返ってくる所だが、北原さんは目を伏せて数拍置いた後、申し訳なさそうに答えた。
「ごめんね、しばらくの間キャッチボールはお休みにしよう」




