第31話 -疑惑-
「お~い、もういっけんらぁ!もういっけん行くろぉおお!」
俺と経理部の有田は、【買収阻止】と【木寺の悪口】という2つのネタで盛り上がった親睦会の代償で、ろれつが回らなくなるほど酔っぱらった課長の小島が二次会になだれ込もうとするのをなんとか宥めて家に送り届ける事になった。
「小島課長、深酒したらまた奥さんに怒られますよ!」
「そうですよ!奥さんから白い目で見られる俺たちの身にもなってくださいよ」
「うるさぁ~~いい!!」
俺としては小島の酔いが回らないうちに北原さんと木寺の話を色々と聞いておきたかったが、こうなってはもう望むべくもない。
本来なら幹事の俺だけが課長のお世話という貧乏くじを引くところなのだが、面倒見の良い有田は何も言わずに損な役回りを買って出てくれた。
経理部としても彼のそういう資質には大いに期待しているのだろう、次期経理課長の第一候補とのもっぱらの噂だ。
町上たちはというと、そんな俺たちの横でさっさと帰り支度を整えている。
「今日はごちそうさまでした!お疲れ様でした!!」
元気のいい爽やかな挨拶で小島に有無を言わせずにこの場から去っていく町上の背中を見ながら、
(町上の奴、さすがに要領がいいな…。いや、チャンスを無駄にしない決断力と行動力を褒めるべきか…)
などと場違いな分析をしている背中に小島の声が襲い掛かる。
「ほらぁ、次はカラオケらぁああ!」
「いや、もう皆帰っちゃいましたから、課長も帰りましょ!」
聞き分けのない上司に手を焼いていると、小島のスマホから着信音が流れ出した。
一縷の望みと共に画面を覗きこむと奥さんの名前が表示されている。
俺は、ここぞとばかりに画面をタップして無理やり通話させた。
「あぁ?あんだって?」
最初は強気に対応していた小島だが、奥さんには頭が上がらないのか、みるみる威勢がなくなっていく。
「あ?あぁ…、うん…、分かった…、ちょっと待って」
小島は手招きで俺を呼び寄せると、差し出してきたスマホを指差してバツが悪そうに呟く。
「ウチの奥さん」
(んなこたぁ、分かってるよ!)
俺は心の叫びが表情に出ないように気をつけてスマホを受け取ると、小島の奥さんから嫌味と愚痴もたっぷりと受け取る事となった。
「はい、えぇ、はい、こんな時間までご主人をお借りしてしまってすみません、これから私ともう一人で御宅までご主人を送り届けますので、はい本当に申し訳ありません。」
これでもかと言うほど頭を下げた後、通話の終わったスマホを小島に返す。
「おぅ…、すまんな」
「あ、いえ…」
気まずい空気を察して有田が声をかける。
「じゃあ、タクシー拾ってきますね」
程なくして捕まったタクシーで小島を奥さんに引き渡し、かかあ天下っぷりをたっぷりと見せつけられて、ようやくひと息ついた俺と有田は、タクシーの後席で他愛も無い会話を始めた。
有田の家は俺の住んでいる安アパートの近くなので、2人の家のちょうど中間にあるコンビニで降ろしてもらえばいい。
「有田さん、このタクシー代、経費でいいんですよね?」
「え?何言ってんの?鈴木君の給料天引きだよ」
「そんなぁ」
「ははは、冗談だよ」
「はははは」
どこの会社のサラリーマンも必ず一度は交わすようなありきたりな会話を続ける俺たちを乗せて、ベテラン運転手は巧みなハンドルさばきで繁華街の酔客の群れをすり抜けていく。
「今日の店は鈴木くんが見つけたの?」
「はい、ネットとにらめっこですよ。有田さんはいいお店沢山知ってそうですよね」
「う~ん、営業の人ほどではないと思うよ」
「いや~、お客さん連れてくのも同じ店のローテーションになっちゃってるんで、いいお店知ってたら教えてくださいよ~」
小さい都市では接待に使える店もそう多くはない。
連れて行く店の良し悪しで商談が決まる訳ではないが、お客さんに上機嫌になってもらうに越した事は無い。
「そうだねぇ、この辺のお店なら【ミストラル】とか落ち着いてていいんじゃないかな?ほらあそこの9階」
有田が指さすビルに目を向けようとしたした俺の視線は、その手前を歩くカップルに釘付けになった。
(あ、あれは北原さんと…木寺!?)




