第二話 密命
それは雨がしとしと降る六月のある日のこと。誕生日を迎えて無事に22歳となったわたしは、国王陛下に呼ばれて謁見の間へ通された。そこには既にアウリスの姿があった。
我が祖国、ローレライ王国は、小さくもなければ大きくもない、ほどほどの力を持った平和な王国だ。
この国を治めるのは金髪碧眼のガタイのよいイケオジで、脳みそ筋肉と言われている肉体派の国王、ヘンドリックス。頭の切れはイマイチですが、筋肉は思いっきりキレています。
国王の不足している部分を補うように支えているのがレスター・フェリントン侯爵。銀色の長い髪に青い瞳、銀縁眼鏡をかけた細身の宰相は、アウリスの父親でもあります。
謁見の間にある応接セットの椅子のクッションは上質で座り心地がよいですが、国の有力者ふたりにジッと見られている状態では、高級茶葉で入れられた紅茶の味も分からなくなりそうです。もちろん紅茶はしっかり飲みますし、一緒に供されたお菓子もしっかり食べますが、そう長々と間が持つというわけでもありません。イケオジ国王陛下は金色の口髭をいじりながら、肝心の用件を言い出すのを躊躇っているようです。もちろん脳みそ筋肉な国王陛下のこと、肝心の用件の内容を忘れたということもあり得ます。唇の上に生えている口髭を触っていた手がアゴ下の髭を触るためにおり、再び鼻の下へと戻ったあたりで、仕方なくわたしは口を開きました。
「で、何の御用でしょうか。国王陛下」
「ん。タルナート伯爵令嬢、ちょっと頼みたいことがあってな」
国王はなんだかモゴモゴしながら宰相の方へ顔を向けました。やはり国王陛下は言うことを忘れてしまったようです。もしくは、言い出しにくいだけか。
「イブリン嬢。陛下を、そう睨まないでくれたまえ」
「宰相閣下。では、宰相閣下からご説明いただけますでしょうか」
「そうですよ、父上。私もなぜ呼ばれたのか、全くわかりません」
わたしの横で宰相の息子であるアウリスも父親そっくりの顔を不満げに歪めている。
「あー、ここは儂から話すべきかな」
国王が髭から手を放して口を開いた。ようやく説明があるようだ。わたしは溜息を吐くと正面に座る国王陛下の顔を見つめた。
「お前たち、結婚しろ。王命な」
「「はぁ⁉」」
唐突な国王の言葉に、わたしとアウリスはほぼ同時に声をあげた。宰相が眉間に寄った皺を伸ばすように揉みながら説明をする。
「国王陛下、キチンと理由を説明してください」
「ああそうだったな。タルナート伯爵令嬢とアウリス、ふたりでライデー辺境伯領へ新婚旅行に行って探ってきてほしいことがある。結婚は契約結婚、白い結婚でいい。本題は調査のほうだ」
「「はぁ⁉」」
国王の説明は意味がわからず、わたしとアウリスは再び素っ頓狂な声を上げるはめになった。国王は説明を続けた。
「本題はライデー辺境伯領の調査。新婚旅行は調査であることを悟られないためだ。ライデー辺境伯領では行方不明事件が相次いでいる。被害者は特に子どもが多い」
「まぁ、そんなことが⁉」
わたしは驚きの声を上げた。アウリスは苦虫を嚙み潰したような表情になっている。国王は真剣な表情を浮かべてわたしに希望を伝えた。
「ああ。辺境領の事件ではあるが、わが国は平和で安全なのが売りだ。悪い評判は早めに潰したい。そこでここは賢くて武芸にも秀でていて頼りになるタルナート伯爵令嬢、君に一肌脱いで欲しいのだ」
国王はキチンと説明できたことで満足そうな笑みを浮かべた。宰相が付け加える。
「イブリン嬢には迷惑をかけるが……。結婚は白い結婚でいいし、結婚を解消した際には相応の慰謝料を払う。国に恩を売れるから、イブリン嬢にとっても悪い話ではない」
「父上、私にはどんな得が……」
「アウリス。お前は婚約すらしたことがないし、傷のひとつもついたほうがむしろいいだろう」
アウリスは不満げな表情を浮かべているが、わたしは宰相の意見に賛成だ。アウリスには傷のひとつもついたほうがいい。彼は立派な家に生まれ、能力にも恵まれているのだが、イマイチ残念なところがある。
「でも何も結婚までしなくても……」
「いやアウリス。あそこ新婚旅行で有名なトコだし。お前のような身分にも、見た目にも、能力にも恵まれた貴族男性が、いつまでも独り者だと他の貴族に示しがつかないから結婚しちゃえ」
「国王陛下……」
アウリスは半分魂が抜けたような絶望の表情を浮かべている。失礼ね。わたしとの結婚で絶望しないで。わたしはアウリスを睨みながら、ちょっとだけ強く足を踏みつけた。
こうしてわたしたちは夫婦としてライデー辺境伯領へ向かうことになったのでした————。




