休日のはずだった
……
男:
「アサムート神父が出てきたぞ」
「王国公認の聖職者だ」
……
「聖職者?」
……
「小説とかアニメで、こういうのは何度も見たことがある」
……
「まあ……」
「見慣れた聖職者のイメージと、そんなに変わらないな」
アサムート神父:
「ハーモニーの町の皆さん……」
「神の御名のもと、良き朝と祝福された一日を」
「皆様のお仕事に神の祝福がありますように。そして、我々のささやかな教会への寛大な贈り物に感謝いたします」
「我らが聖女様はご多忙の身ではありますが……」
「皆さんにとって特別なこの日に、どうしても立ち会いたいと強く望まれました」
……
「さて……」
「前置きはこのくらいにしましょう」
「それでは、皆さん。盛大な拍手でお迎えください……」
「我らが聖女、サーニャ様を!」
……
「何が起きてるんだ?」
「これって宗教儀式なのか?」
「なんでみんな頭を下げてるんだ?」
隣の男:
「儀式じゃねえよ、この馬鹿」
「ここじゃ、聖女様への挨拶はこうするんだ」
「神の御意志を宿すお方だからな」
……
「神の……御意志?」
……
「ああ……」
「なるほど、そういうことか」
……
「だからみんな、あんな変な形で手を掲げてるのか!」
……
「まあ……」
「皆さんに神の祝福がありますように」
……
「でも……」
「どうやら、ここは俺みたいなモブがいる場所じゃなさそうだ」
男:
「なんだ、あのガキ……」
……
「視聴者の皆さん……」
「長かった旅も、ついにここまで来た」
「ようやく、この世界を探検する時が来たぞ!」
……
「ずいぶん待たせたよな?」
……
「よし、期待を裏切るわけにはいかない」
……
「よーし!」
「行くぞおおお!」
……
「異世界に来て、初めての本格的な観光だ!」
……
「魔物なし!」
「奴隷生活なし!」
「借金なし!」
……
「いるのは俺だけ……」
「そして、ようやく手に入れた普通の生活だ」
……
声:
「おーい!」
「そこの悪ガキ、フィンじゃねえか!」
……
「……」
「この声……」
……
「いや」
「いやいや」
……
「まさかな」
……
「聞き間違いだ」
……
「そうだ」
「絶対に聞き間違いだ」
……
「それで……どこまで話してたっけ?」
……
「あっ!」
「そうだった」
「ちょうどテンションが上がってたところだった」
……
「よーし!」
「行くぞおお――」
声:
「おーい、そこの悪ガキ!」
……
「……」
「うん」
……
「今度は、はっきり聞こえた」
……
「でも、違う」
「そんなわけがない」
……
「毎日同じ人間に会って……」
「しかも毎回同じ場所で会うなんて……」
……
「そんな確率、ほぼゼロだ」
……
「よし」
「もう一度、最初からやり直そう」
……
「よーし……」
「い――」
声:
「フィィィィィン!!」
……
「……」
「ハリール……」
「どうやらモブ生活のせいで、俺の頭までおかしくなったらしい」
……
「落ち着け」
「これはただの幻聴だ」
……
「もう一度だけだ」
……
「よー……」
……
「……ん?」
「俺の肩を掴んでいる、この手は何だ?」
すぐ近くの声:
「フィィィィン……」
……
「……」
……
「いや」
「これは現実だ」
……
「くそっ!」
「何なんだよ、お前は! シルヴァンのクソジジイ!」
---
「視聴者の皆さん……」
「ここで、俺の人生に無理やり入り込んできた老人を一人、ご紹介しよう」
……
「もちろん……」
「俺は一度も招待していない」
……
「この男には、とんでもない才能がある」
「いつも俺を自分の仕事に巻き込む方法を見つけやがる」
……
「俺?」
「俺は、そこまで薄情な人間じゃない」
……
「まあ……」
「この世界に来てから、少しだけ薄情になったかもしれないけど」
……
「でも、まず聞いてくれ!」
……
「俺がいつも夜の仕事に遅れる理由を知ってるか?」
「遊んでるからじゃないぞ!」
……
「奴隷の身分で遊ぶ時間なんて、どこにあるんだよ!」
……
「初めて仕事をした日……」
「こいつが一人で、炎天下の中テントを張って、商品の準備をしていた」
「さすがに気の毒になってな」
「手伝ったんだ」
……
「それ以来……」
「俺が……」
「そん……」
「な……」
「薄情な……」
「人間じゃない……」
「と思われているせいなのか……」
……
「この男は、俺を追い回すようになった」
「路地でも」
「通りでも」
「市場でも」
「俺が行く店の前でさえも」
……
「俺を見つけるたびに……」
「新しい仕事が生まれる」
……
「このジジイ、まったく疲れを知らない!」
……
「どれだけ逃げても……」
「気づけば目の前にいる」
……
「しかも最悪なのは……」
「その貧乏そうな見た目に騙されるな」
「こいつ、町でも有数の大商人だからな!」
……
「なのに……」
「こんな仕事をさせても、俺に一銭も払おうとしない!」
……
「老人ってのは、善行のために金を使うものじゃないのか!?」
「それなのに俺から見えるのは……」
「骨を皮で包んだような身体だけだ」
……
「くそ……」
「怖すぎる」
……
「なんで俺は、いつもケチな老人と関わることになるんだ?」
……
「聞いてるか?」
「おーい……」
……
突然――
シルヴァン:
「フィィィィン……」
……
「うわあああああ!」
……
「待て」
「一つ、大事なことを忘れていた」
……
「異世界の老人は、全員強い!」
……
「うわああああ!」
「耳を引っ張るな! やめろ!」
「何の用だよ、このジジイ!」
シルヴァン:
「どうやら、よく聞こえなかったようだな」
「仕方ない。もう一度頼もう」
……
彼は笑った。
……
「……」
……
「うわあ……」
「笑う時くらい口を閉じろ!」
「歯が三本しかないじゃないか!」
「怖ええよ!」
……
「とにかく……」
「今日は急いでるんだ」
「手伝ってる暇はない」
……
「そうだ」
「俺は視聴者の皆さんに、この町を案内すると約束したんだ」
「もう俺のモブ生活のルーティンには、みんな飽き飽きしてるんだよ」
シルヴァン:
「ほう……」
「だが今回は、ちゃんと金を払おうと思っていたんだがな」
……
「……」
……
「何?」
……
「金……?」
……
「いや」
「振り向くな」
「弱みを見せるな、ハリール」
……
「俺にはプライドがある」
……
「おーい、じいさん……」
「俺がちょっとした金で買収されるような人間に見えるか?」
シルヴァン:
「そうか……」
「それなら悪かったな」
「邪魔した」
……
「おーい!」
「待て!」
……
「それは違うだろ!」
……
「ここは、こう言うところだろ!」
「『ワシが間違っているのか、若者よ?』って!」
……
「そしたら俺が堂々と……」
「『あなたの期待に応えられて光栄です』って返すんだ!」
……
「こういう会話の流れ、知らないのか!?」
シルヴァン:
「何だ?」
「何を言っているのか分からん」
「それで、手伝ってくれるのか?」
……
「もちろん」
……
「見たか、視聴者の皆さん……」
「俺はこの技を何度も使っている」
……
「大量の異世界アニメを見てきた俺が発見した、最強のスキル……」
「それは……」
「日本式のお辞儀だ」
……
「本日はどうぞ、私をご自由にお使いください」
……
「何?」
「約束について聞いてる?」
……
「何の約束だ?」
「俺は誰かと約束した覚えなんてないぞ」
……
「『信念は美しい……』」
「『金袋が現れるまではな』」
「あはははは!」
……
「よし、じいさん」
「ここは俺に任せろ!」
……
「さあ、発動するぞ……」
「モブ・スキル!」
「第一形態!」
……
「よーし!」
……
「さっさと終わらせよう」
---
「柱はここ」
「ロープはここ」
「テントはここ」
「杭は固定済み」
「水は土の上」
「商品は整理済み」
……
「ここから……」
「次はあっち……」
「それから、ここに戻る……」
……
「俺が触れていない場所はない」
---
三十分後――
……
「終わった」
……
「ふぅ……」
「たまにはモブ・スキルが本当に俺を救ってくれるな」
……
「シルヴァンのじいさん」
「終わったぞ」
シルヴァン:
「おお……」
「こんなに早く全部終わらせたのか?」
……
「もちろん!」
「全部、あんたの好みに合わせて完璧にやったぞ」
シルヴァン:
「ふむ……」
「実に素晴らしい」
……
「そうだろ」
「心の底から感謝してくれ」
……
「……」
「……」
「……」
……
「よし」
……
「さて……」
「そろそろ本題に入ろうか」
……
「……」
シルヴァン:
「何かあるのか?」
「急いでいたんじゃなかったのか?」
「気が変わったのか?」
……
「……」
……
「待て」
「ちょっと待て」
……
「まさか……」
……
「まさか、お前……」
……
「お前……お前ぇ!」
……
「うわああああ!」
「このジジイ!」
「泥棒!」
「詐欺師!」
「約束破り!」
シルヴァン:
「何だ?」
「何を言っている?」
通行人:
「見ろよ……」
「かわいそうな老人を罵ってるぞ」
男:
「心配するな……」
「すぐに兵士が来て、あいつを捕まえるさ」
……
「なんで老人を守る法律はあるのに……」
「子供を守る法律はないんだよ!?」
「俺なんて一か月半も奴隷として無給で働いてるんだぞ!」
「誰も気にしないくせに!」
「なのに、老人に自分の権利を主張した瞬間……」
「急に全員、正義の味方になるのかよ!?」
……
「くそ……」
「どうやらこの世界の法律は、モブキャラを苦しめるためだけに作られているらしい」
……
「よし、みんな……」
「気を取り直して、観光を続けよう」
……
「……」
「みんな?」
……
「まだ……」
「まだいるよな?」
……
「そんな……」
「まさか、怒ってるのか?」
「頼むよ……」
「ちょっと冗談を言っただけじゃないか」
「ほら……」
「見ただろ?」
「俺はあの可哀想な老人を手伝ってただけだ」
……
「いや……」
「行かないでくれ」
「頼む」
「待ってくれえええ……」
「一人にしないでくれ!」
……
「くそ……」
「残っていた視聴者まで、全員いなくなった……」
……
「頼むから、監督たちだけは怒らないでくれ……」
「そうじゃないと、本当に俺を消されるかもしれない」
……
「くそ……」
「こんなことなら、厩舎に残って寝てればよかった」
……
「もう帰りたい」
……
「おーい、坊主!」
……
「もういいって、じいさん」
「これ以上、この可哀想なモブを苦しめるなよ」
……
「フィン……」
……
「何だよ、じいさん」
「見て分からないのか?」
「今、俺は人生最大級に苦しんでるんだぞ」
シルヴァン:
「そうか……」
「いつもワシを手伝ってくれているからな……」
「お前に一つ、贈り物をやろう」
……
「贈り物?」
……
「まさか……」
「金をくれるのか?」
シルヴァン:
「もちろん、そんなわけないだろう」
……
「そうか」
「じゃあ帰る」
シルヴァン:
「だが……」
……
「……」
シルヴァン:
「このテントの中から、お前の好きなものを一つ選ばせてやろう」
通知:
【ハリールには、この申し出を受けることを推奨します。】
……
「黙れ、ポンコツ」
通知:
【ハリールには、この申し出を受けることを推奨します。】
……
「おい……」
「またメンテナンスが必要なのか?」
通知:
【ハリールには、この申し出を受けることを推奨します。】
……
「俺が了承するまで、永遠にそれを繰り返すつもりか?」
回答:
【はい。】
……
「くそ……」
……
「分かったよ、じいさん」
「受ける」
---
シルヴァン:
「ほら」
「好きなものを選べ」
……
「そもそも、ここに役に立ちそうなものなんてあるのか?」
……
「どれもガラクタにしか見えないんだけど……」
……
「まあいい……」
「これにする」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「おい……」
「お前が受けろって言ったんだろ」
「そもそも、ここに欲しいものなんて一つもないんだぞ」
……
「なんで今は答えないんだよ、このポンコツ!」
……
「じゃあ、これも」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「……」
「本気か?」
……
「これ?」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「じゃあ、これは?」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「これも?」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「これもダメなのか!?」
通知:
【その物品の取得は推奨されません。】
……
「うわああああ!」
「じゃあ、何を取れっていうんだよ、このポンコツポンコツポンコツ!」
「まさか、テントごと持って帰れっていうのか!?」
……
「俺の自由が利くなら……」
「真っ先にお前を売り物にしてやるぞ!」
……
「分かった」
「もういい」
……
「適当に一つ選ぶ」
……
「これだ」
……
「武器?」
「短剣みたいだけど……」
「柄の部分は、どちらかというと剣に近いな」
……
「これ……」
「まさか……」
……
「これなのか?」
……
「つまり……」
「ようやく、お前が認めたってことか?」




