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8/58

ついに…休日

X:@khamassiyassin



【通知】


【ハリールと二人の男の契約は、相互利益に基づいて成立しています。】


【契約期間が終了するまで、いずれの当事者も契約を解除することはできません。】


【ハリールは逃亡することができません。】


【雇用主である二人は、ハリールを売却、または取引することができません。】


……


「一つ……」


「二つ……」


「三つ……」


「よし!」


バキッ!


……


「一つ……」


「二つ……」


「三つ……」


「よし!」


バキッ!


……


「はぁ……」


「どうやら今日も、太陽は俺を殺すつもりらしい」


ゴク……ゴク……ゴク……


……


「はぁ……」


「少なくとも、水だけはまだ俺を裏切っていない」


……


「そういえば……」


「俺はハリール」


「中身は立派な成人男性だ」


「本当の年齢は二十三歳」


……


「何?」


「もう聞き飽きた?」


「まあ……そうだよな」


「でも、言い続けなきゃならない」


……


「どうしてかって?」


……


「それは、俺が言うのをやめたら……」


「俺はただの……」


……


「異世界転生したモブキャラになってしまうからだ」


「くそっ……この言葉、本当に嫌いだ」


「そして、俺がこの素晴らしい世界に来てから、もう一か月半が経った」


……


「奇妙なことに……」


「最近の毎日は、ほとんど同じだ」


「もしかしたら、この世界……」


「一日だけ作って、それを何百回もコピーしてるんじゃないか?」


バキッ!


……


「ここに来たばかりの頃は……」


「仕事を見つけることが、一番難しいと思っていた」


「経験なし」


「スキルなし」


「当然、主人公になれるような要素もなし」


バキッ!


……


「でも、どうやら運だけは俺を見捨てなかったらしい」


「仕事はすぐに見つかった」


……


「すごいだろ?」


……


「まあ……」


「ちょっとした問題が一つだけある」


……


「俺、実際には給料をもらってないんだ」


バキッ!


……


「なぜなら……」


「ご存じの通り……」


「俺は半分奴隷だからだ」


「期間限定で」


「借金を返し終わるまで」


……


「そう」


「あの謎の借金だ」


バキッ!


……


「そして笑えることに……」


「これだけ働いているのに、借金が全然減っているように見えない」


……


「何?」


「給料がいくらなのか知りたい?」


……


「えーっと……」


「俺の知る限り……」


「一週間で銅貨四枚」


バキッ!


……


「じゃあ、借金は?」


「知らない」


……


「どうやら、いくつかの大事な情報を教えてもらうのを忘れられたらしい」


「例えば……」


「俺はいくら持っているのか」


「いつ自由になれるのか」


「そもそも……その日まで生きていられるのか」


……


「まあ、いい」


「大事なのは、お金より仕事を楽しむことだ」


……


……


「神様……」


「こんな嘘、誰が信じるんだよ」


……


「くそったれ!」


「週に銅貨四枚だぞ!?」


「これが給料なのか……」


「それとも、ただの酷い冗談なのか?」


バキッ!


……


「何週間働いてると思ってるんだ!」


「ろくに眠れない!」


「ろくに食べられない!」


「もう骨まで俺の身体から逃げ出そうとしてるぞ!」


……


「見てくれよ!」


「俺、もう労働者に見えないだろ?」


「死神と戦って……」


「そして負けた人間にしか見えない」


バキッ!


……


「しかも、理由を聞くたびに……」


「返ってくる答えはいつも同じだ」


「『税金だ』」


「『今年は税金が高い』」


……


「素晴らしい」


「前世では何も成し遂げられなかった俺が……」


「今度は、この世界の経済まで支えることになったわけだ」


バキッ!


……


「しかも最悪なのは……」


「普通、一時間で銅貨四枚じゃないのか?」


……


「なのに違う」


「ハリールがもらえるのは銅貨四枚……」


「一週間で」


バキッ!


……


「もっと食べたら……」


バキッ!


「引かれる」


「遅刻したら……」


バキッ!


「引かれる」


……


「待て」


「これ、奴隷の権利的にアウトじゃないか?」


……


……


「ああ」


「忘れてた」


「そもそも俺、給料を受け取ってないんだった」


……


「なんて素晴らしい人生なんだ」


……


「この世界に来たばかりの頃……」


「俺は主人公になれると思っていた」


……


「そして今……」


「主人公になりたいすべてのモブにとっての反面教師になった」


バキッ! バキッ! バキッ!


店主:


「見ろよ、あいつ」


「身体は小さいのに、よく働くな」


通行人:


「本当だ」


「まさか、あそこまで耐えられるとは思わなかった」


別の男:


「いい奴隷だな」


「俺もあんな奴隷が一人欲しいくらいだ」


別の男:


「ははは……」


「俺はただ、可哀想だと思うけどな」


「どんな生活をしてるのか聞いたぞ」


……


「おーい!」


「そろそろやめてくれないか!?」


「俺は岩じゃないんだぞ!」


「まだ人間だからな!」


……


「まあ……」


「少なくとも、この世界には少しずつ馴染んできたらしい」


……


「たとえ、その『馴染む』っていうのが……」


「一日中働く奴隷になることだったとしても」


……


「順調だな、ハリール」


「本当に順調だ」


「ただ、ゆっくり壊れていってることだけは無視しよう」


「おーい、フィン! 今日は元気そうだな」


……


「元気に見えるか?」


「俺に他の選択肢があると思うか……」


「これが、この世界で目覚めてからの俺の退屈な日常だ」


「くそ……」


「それより最悪なのは……」


「俺、この生活に慣れ始めてる」


マスト:


「よくやっているぞ」


「よし……よし」


「お前みたいな奴でも、やればできるじゃないか」


……


「くそ……」


「余計なことを言うなよ」


……


「何の用だ、クソジジイ?」


マスト:


「年寄りと呼ぶなと言っただろう?」


「俺の名前で呼べ」


……


「悪い」


「でも、あんたの名前……今の俺の疲れた頭じゃ長すぎるんだ」


マスト:


「お前は本当に、人を苛立たせるのが得意だな」


……


「ありがとう」


「特技だと思ってる」


マスト:


「さて……」


「お前がよく働いてくれたから……」


「今日はお前にサプライズがある」


……


「まさか……」


マスト:


「さあ、当ててみろ」


……


「ついに馬を買ってくれたのか?」


「荷車を引かせるための」


マスト:


「ハズレだ」


「そんな金はない」


……


「じゃあ……」


「馬が戻ってきたのか?」


マスト:


「それもハズレだ」


「戻ってきていない」


……


「やっぱりな……」


「ケチな主人のところに、馬が自分から戻ってくるわけないか」


……


「ああ……」


「今になって考えると……」


「俺はあの日、あの馬を自由にするためだけに、運命に導かれたんじゃないか?」


……


「くそ……」


「考えれば考えるほど……」


「この世界じゃ、動物のほうが俺よりいい暮らしをしてる気がしてきた」


マスト:


「何だと、小僧?」


……


「チッ……」


「休めよ。俺をこんな暑い中で働かせるくらいなら」


「年寄りってのは、太陽を避けるものじゃないのか?」


……


「そもそも……」


「荷車を引いてくれる馬じゃないなら、そのサプライズに何の価値があるんだ?」


……


「ほら……」


「シッ……シッ」


マスト:


「本当に……」


……


「仕方ないな」


「他に選択肢もない」


「本当は、お前に一日休みをやろうと思っていたんだ」


……


「……」


マスト:


「じゃあな、小僧」


……


「おーい!」


「待て……ちょっと待て!」


……


「今……」


「今なんて言った?」


マスト:


「何だ?」


「嬉しくなったか?」


……


「嬉しいに決まってるだろ!」


「いや……」


「嬉しすぎて空まで飛べそうだ!」


「いや、もしかしたら……」


「このまま爆発するかもしれない……」


「それとも……」


マスト:


「おーい……おーい……」


「分かった」


「お前が嬉しいのはよく分かった」


「これ以上続けたら、本当に爆発しそうだから、その辺にしておこう」


……


「へへ……」


「引っかかったな、クソジジイ」


……


「俺はただのモブだ」


「こんな脇役一人が大喜びするだけのために……」


「作品の制作費を大量に使うわけがない」


マスト:


「まあいい」


「明日は休みだ」


「俺は秋が近づいてきているから、少し仕事がある」


「またな」


……


「本当に……」


「本当に……」


「俺は今……」


「モブ人生最大級のイベントの一つを……」


「生きているのか!?」


……


「うおおおおおおおおおおおお!!」


「ついに……!」


「明日は……俺の日だ!」


……


「さて……」


「すまないな、視聴者諸君」


「まだ終わらせなきゃならない仕事がある」


……


「でも明日は……」


「君たちにも、初めて楽しんでもらえるようにする」


「さあ、荷車を引く時間だ……」


「全速力でな!」


「行くぞおおおお!」


……


「おーい! 気をつけろ、小僧! 俺を轢くところだったぞ!」


「お帰りなさい、視聴者の皆さん」


「でも、これから何が起こるかは、皆さんもご存じですよね」


「だから……」


「ここで特別なスキルを使わせてもらう」


……


「なんと、伝説級のスキルだ」


「この世界で、たった二人しか持っていない」


「俺と……」


「主人公だ」


……


「何?」


「今まで話したことがない?」


……


「うーん……」


「そうだったな」


「でも、俺は毎日使っている」


「ただ、君たちが気づいていなかっただけだ」


……


「その名は……」


……


「Acceleration」


……


「つまり……」


「モブの人生を加速させるスキルだ」


……


「だって作者からすれば、俺の人生なんて……」


「画面に映す価値すらないからな」


……


「一方、主人公には別のスキルがある」


……


「Slow Motion」


……


「たとえトイレに行くだけでも……」


「一話の半分を使う」


……


「でも俺は……」


「一日分の出来事を、たった十秒で終わらせられる」


……


「くそ……」


「俺の人生までスキップされるのかよ」


……


「まあ……」


「スキルを発動する時間だ」


「Accelera――」


アサミ:


「おーい、道化師!」


「そんな曲芸なんかしてないで、さっさと仕事に戻れ!」


……


「チッ……」


「俺をサーカスに売ったほうが、まだマシだったんじゃないか?」


……


「ああ……」


「スキル名すら……」


「最後まで言わせてもらえないのか」


……


「というわけで、皆さん……」


「これもモブの欠点の一つだ」


「スキルにまで……」


「規制がかかっている」


……


「さて……」


「さっさと終わらせよう」


……


「急いで……」


「水」


「急いで……」


「宿」


……


「……」


「あ」


「服を着るのを忘れてた」


……


「そう」


「そのまま入ったんだ」


……


「そして、全員に笑われた」


……


「俺は……」


「死にたくなった」


……


「それからアサミさんと急いで口論して……」


「急いで謝って……」


「急いで出て……」


「急いで戻った」


……


「食事」


「飲み物」


「テーブル」


「食事」


「飲み物」


……


「ああ……」


「もう分かっただろ?」


……


「これ全部……」


「高速で過ぎていく」


……


「ただし……」


「痛みは高速では消えない」


「疲労も高速では消えない」


「そして俺の両脚は……」


「とっくの昔に動くことをやめている」


……


「もちろん……」


「この機能はモブ専用だ」


……


「くそ……」


「こんなスキル、欲しくなかった」


「主人公のスキルが欲しい」


……


「というわけで、視聴者の皆さん……」


「俺の一日はあっという間に終わった」


「アサミさんから、優秀な従業員だったという特別な感謝の言葉までいただいてな」


……


「……まあ」


「俺の妄想では、だけど」


……


「実際には……」


「三十分間、説教された」


……


「そして俺は、残りわずかな尊厳を抱えて厩舎へ戻った」


……


「ああ……」


「なんて美しい一日の終わりなんだ」


……


「震えている理由が知りたい?」


……


「心配しなくていい」


「別に何の問題もない」


……


「ただ俺が……」


「泣いているだけだ」


……


「こうして、俺の素晴らしい人生の一日がまた終わった」


「おお……」


「新しい朝だ」


……


「どうやら村は秋祭りの準備をしているらしい」


「あちこちに飾り付け」


「割引」


「商人たちの呼び声」


……


商人:


「さあ、寄っていってくれ!」


「うちの商品を見ていかないか!」


別の商人:


「最新の服だぞ!」


「街から届いたばかりだ!」


……


「うわぁ……」


「本当に祭りって感じだな」


……


少女:


「見て……あの人、かっこいい」


別の少女:


「彼女いるのかな?」


三人目の少女:


「声をかけてみない?」


……


「ああ……」


「この感覚か」


……


「自分がイケてる人間だと感じる、この感覚」


……


「そう……」


「あそこにいる、あのイケメンのことだ」


……


「俺じゃない」


「勘違いするなよ」


「俺はちょっと離れたところに立っているだけだ」


……


「ほら、あそこ」


「路地の近くだ」


……


「何?」


「俺が見えない?」


……


「俺を責めるなよ」


「時々、カメラですら俺みたいな重要人物を捉えられないんだ」


……


「何?」


「脇役だから映ってない?」


……


「失礼だな!」


……


「確かに俺はモブだ」


「でも、脇役にだって魅力くらいあるだろ!」


……


「よし」


「ここから手を振ってやる」


……


「おーい!」


「ここだ!」


「今度は見えたか!?」


……


「ほら……」


「見ての通り、最新の流行を取り入れている」


……


「まあ……」


「いつもの服にしか見えないかもしれない」


「でも、細かいところは気にするな」


……


「この鍛え抜かれた身体を見ろ」


「これ全部、過酷な労働の成果だ」


……


「そして、この腹筋も……」


……


「朝から女の子たちが俺を追いかけている」


「俺と話すチャンスを求めてな」


少女:


「誰か兵士を呼んで!」


「変態が服を脱いで――」


……


「ほら、見ただろ?」


「みんな俺に近づきたがってる」


……


兵士:


「おい、小僧……」


……


「シャツを下ろせ」


「それは法律違反だ」


……


「え?」


……


「この村、法律なんてあったのか?」


……


「ついに!」


「人々を守ってくれる法律が存在したのか!」


……


「待て……」


……


「俺が奴隷として売られそうになった時、その法律はどこにあった?」


……


「一か月半も給料なしで働かされた時は?」


……


「寝る場所すらなかった時は?」


……


「それも法律違反じゃないのか?」


兵士:


「行くぞ」


「お前を逮捕する」


……


「うわぁ……」


「くそおおおお!」


……


「どうしてモブの人生は、ここまで絶望的なんだ!?」


……


「このクソ作者ども!」


「俺たち脇役を守る法律も作れ!」


……


「そもそも、俺たちを作ったのはお前らだろうが!」


……


「さて……」


「まあいい」


……


「どうやら時間のようだ」


「俺の特技を使うとしよう」


……


「俺が逃げるところを見ても、あまり楽しめないと思うぞ」


……


「何?」


「もう忘れたのか?」


……


「仕方ない……」


「俺たちは、その存在について語ることを禁止されている」


「だから、何が起こるかは高速で見てもらおう」


……


そして、追跡が始まった。


兵士:


「こっちだ!」


「捕まえろ!」


「逃がすな!」


……


「よし」


「路地から路地へ」


「屋根の上まで!?」


女の声:


「建物の上に泥棒がいるわ!」


……


「素晴らしい」


「逃げる時まで、ちゃんと派手じゃないといけないらしい」


……


「荷車の間を抜ける」


「屋台の間を走る」


「そして、また逃げる」


……


「一時間後……」


「どうやら、ようやく疲れたらしい」


兵士:


「見つけたか?」


別の兵士:


「いない!」


別の兵士:


「こっちにもいません!」


隊長:


「くそっ!」


「どこへ消えた!?」


「もう一度探せ!」


「必ず見つけ出せ!」


「あいつはどう見ても犯罪者のオーラを放っている!」


……


「……行ったか?」


……


「右」


「左」


……


「よし……」


「どうやら安全みたいだ」


……


「やっと……」


「撒いた」


……


「俺のモブ専用スキルでな」


……


「何?」


「どんなスキルかって?」


……


「ああ……」


「説明してなかったな」


……


「もう一つ、特別なスキルがある」


「この世界で持っているのは、たった二人」


「さっき名前を言うことを禁止されたスキルの他にも……」


「俺にはもう一つある」


……


「ちょっと近づいてくれ」


……


「もっと」


……


「もう少しだけ」


……


「よし」


「近すぎる」


「少し離れてくれ」


「この先のことをシナリオに聞かれたくないからな」


……


「なぜなら、これも……」


「モブには禁じられたスキルだからだ」


……


「その名は……」


……


「環境同化」


「つまり……」


「脇役としての存在感を消すスキルだ」


……


「覚えておいてくれ」


「俺は……」


……


「俺は……」


……


「いや」


「もう二度と言わない」


……


「禁止されていなくてもな」


……


「くそ……」


「便利なスキルなのに……」


「心が痛む」


……


「主人公になりたかった男としてはな」


……


「もういい」


「頼むから、この世界……」


「俺がいつまで耐えられるか分からないんだ」


……


「じゃあ、似たようなスキルを持っているのは誰かって?」


……


「くそ!」


「せめて少しくらい同情してくれ!」


……


「その似たようなスキルの名前は……」


「『存在感』だ」


……


「……」


「名前を言うことすら禁止されていない」


……


「そしてこれは……」


「主人公専用だ」


……


「くそ……」


「この最悪なシナリオを止めてくれ」


「俺はただ、消えてしまいたいんだ」


子供:


「お母さん……」


「どうしてあのお兄ちゃん、泣いてるの?」


「自分が重要じゃないから?」


……


「……」


「何だと?」


……


「そうだ……」


「だから、それを口に出すな!」


……


「くそ……」


「人生最悪の瞬間に、子供の洞察力は怖すぎる」


母親:


「やめなさい」


「そんなこと、大きな声で言わないの」


……


「お前もかよ!?」


「子供がそんなこと言うのを止めるのが母親の仕事じゃないのか!?」


……


「ここにいたくない」


「厩舎に帰りたい」


「ただ眠りたい」


……


「もしかしたら……」


「自分がモブだってことを忘れられるかもしれない」


突然――


……


「……ん?」


……


「何だ、この音?」


……


「今まで気づかなかった」


……


「人が……大勢いる?」


……


「待て……」


「教会?」


……


「大きな建物だ」


「そして、みんな何かを待っている」


男:


「ずいぶん待ったな」


女:


「たった二年で、あれほどの地位を築いたらしいわ」


子供:


「お母さん! 抱っこして!」


「僕も見たい!」


……


「誰を待っているんだ?」


隣の男:


「何?」


「知らないのか?」


……


「いや」


「俺、ここに来てまだそんなに長くないんだ」


男:


「ああ……」


「それなら知らなくても無理はない」


「みんなが待っているのは……」


「その人がいるだけで、安心できると思わせてくれる人物だ」


……


「安心……?」


……


「おお……」


……


「待て」


「落ち着け、ハリール」


……


「お前は理性的な人間だ」


「冷静に物事を分析できる」


……


「そうだ」


「もちろん」


……


「えーっと……」


「過去を少し振り返ってみよう」


「俺の人生の大半は……」


「いや、たぶん全部……」


「パニックだった」


……


「ゴホン……ゴホン……」


……


「でも、この男……」


「今、女だと言ったよな?」


……


「待て」


……


「俺の異世界知識によると……」


「異世界では、主人公の代わりにヒロインが中心になることもある」


……


「そう……」


「そうだ……」


……


「つまり……」


……


「視聴者の皆さん……」


「またパニックの時間だ」


……


「あああああ!」


「くそっ!」


「ついに主人公が現れたのか!?」


……


「モブである俺にとって……」


「これはつまり、余命が想像以上に短くなったということだ!」


……


「よし……」


「ここまでの俺の偉大なる生存経験を振り返ってみよう」


……


「魔物と遭遇した」


「そしてその魔物は、崖から飛び降りて自殺した」


……


「俺よりメンテナンスが必要なシステムを手に入れた」


……


「奴隷として売られかけた」


……


「一か月半、給料なしで働いた」


……


「そして今日は……」


……


「逮捕されかけた」


……


「おい……」


「おい……」


……


「これって本当に経験って呼べるのか!?」


……


「こんな経験が、突然現れた主人公を前にして役に立つのか!?」


……


「いや……」


「いや……」


「まずい」


……


「もし主人公に俺を見られたら……」


「俺が重要人物だとバレる」


……


「そして、俺を仲間に誘う」


……


「その後……」


……


「俺は、悪役の死亡確認をするだけの間抜けな仲間になる」


「そして悪役は、なぜか生き返る」


……


「そして爆発する」


……


「そしてモブのシナリオは終了する」


……


「あああああ!」


「隠れなきゃ!」


「絶対に見つかるな!」


男:


「どうしてそんなに身をかがめているんだ?」


「聖女様が出てくるんだぞ?」


「見たくないのか?」


……


「嫌だ!」


「主人公に見つかりたくない!」


男:


「は?」


「主人公?」


「何の話だ?」


……


「待て……」


「今、聖女って言った?」


男の隣にいた男:


「ははは……」


「この時代の主人公が男なのか女なのか、まだ誰にも分かっていない」


「だが、今から出てくるのは聖女サーニャ様だ」


……


「サーニャ……?」


……


「待て」


「じゃあ……まだ主人公はいないのか?」


……


「聖女様万歳!」


「聖女様万歳!」


「聖女様万歳!」


……


「なんだ、この熱気……」


……


「どうやら……」


「この聖女、かなり重要な人物らしい」

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