新たな絆と鳴り響く鐘
……
今日は、よく晴れていた。
なんてことのない、普通の朝。
……
辺りには、穏やかな静けさが満ちている。
……
俺が望んでいたのは、ただ……こんな何気ない日々だった。
……
もちろん……
その中には……
過去を思い出さずに済むことも含まれていた。
あははは……
……
くそっ……
俺はこれから、どうすりゃいいんだ?
……
さっきから隣にいるこいつが、どうにも癇に障る。
サマラリス:
「それで……」
「どうやって、あのダンジョンから出てきたんだ?」
「もう死んでいるものだと思っていたよ」
……
「ほおお……」
「こいつ、自分が犯罪を認めてるような発言をしてるって分かってるのか?」
……
「……いや、ちょっと待て」
黒髪を編み込んでいて……
服装も上品。
それに、周りの女の子たちは……
まるで天使でも見るような目で、こいつを見ている。
……
「まさか……こいつって……」
……
「おい、サマラ」
サマラリス:
「……誰のことだ?」
……
「お前に決まってるだろ」
「名前が長すぎて、いちいち呼んでられないんだよ」
サマラリス:
「それは気に入らないな」
「ちゃんとフルネームで呼んでくれ」
……
「分かったよ……」
「サマラくん」
……
「一つ、気になってることがある」
サマラリス:
「何だ?」
……
「お前って……実は金持ちの、甘やかされて育った貴族だったりするのか?」
……
……
……
サマラリス:
「……どうしてそう思った?」
……
「うーん……」
……
「お前から漂ってる雰囲気かな」
……
「くっそおおおお……!」
「やっぱり、俺の勘は当たってた!」
「ってことは……こいつには法律なんて、ほとんど意味がないじゃないか」
「くそ……異世界って、こういうところが本当に嫌なんだよな……!」
……
サマラリス:
「なぜ、そんなことを聞く?」
……
「別に」
「ちょっと確認したかっただけだ」
「どうやら、この辺りじゃ貴族が法律を作ってるみたいだからな」
サマラリス:
「……ああ」
「まあ……」
「君が何を言いたいのか、いまいち分からないが……」
「まあいい」
「それより――」
「どうやって、あそこから出てきた?」
……
「そうだな……」
「俺から言えることは、一つだけだ」
……
「そう……」
「今まで、気づいてなかったんだ」
「俺には……あるものがあった」
「他の誰にも持てないものが……」
……
「まあ……」
「いつでも役に立つってわけじゃない」
「でも……」
「本当にヤバいって時になると……」
「なぜか、いつも現れるんだ」
……
俺は迷うことなく答えた。
「それは……」
……
「運だ!」
……
……
サマラリス:
「……は?」
「運……?」
……
「まあ……実際、そうなのかもしれないな」
「君みたいな弱い人間が生き残れた理由としては!」
……
「おい!」
「俺を馬鹿にするな!」
……
「……そうだ」
「俺が今まで見落としていたもの……」
「それが、運だった」
「俺を今日まで、どうにか無事に連れてきてくれた……たった一つのものだ」
通知:
《…………何もありません》
……
「黙れ、このポンコツ機械」
「今日は話しかけるなって言っただろ」
……
「それで、サマラくん」
「こんなところで何してるんだ?」
「貴族って、もっと忙しいんじゃないのか?」
ウェイトレス:
「お待たせいたしました、お客様」
「ご注文の品をお持ちしました」
「ブラックコーヒーが一つ、ミルク入りコーヒーが一つ」
「それから、こちらが当店特製のムメリアケーキです」
……
「あははは……」
「ありがとう、美人なウェイトレ――」
彼女が、すっと俺のほうへ近づいてきた。
ウェイトレス:
「うるさいわよ、このブサイク」
「あなたに話しかけたんじゃないから」
……
……
「怖っ……」
「この人、マジで怖い……」
……
「あ、はい……」
「邪魔してすみませんでした」
……
「くっそおおおお……!」
「なんでこいつ、よりによって俺の隣に座ってるんだよ……!」
「イケメンが青春を謳歌してるところなんて、見てられるか……」
「こっちは恐怖と圧政の中で生きてるっていうのに……!」
ウェイトレス:
「ところで、お客様のお名前は?」
サマラリス:
「サマラリスと呼んでくれればいい」
ウェイトレス:
「まあ……」
「なんて素敵なお名前!」
「あなたみたいに優しくて素敵な方に、ぴったりですね」
サマラリス:
「ありがとう」
「ところで、そろそろ私を放っておいてもらえないかな」
「ケーキを食べたいんだが」
ウェイトレス:
「もう、そんなに冷たくしないでくださいよ」
「傷ついちゃいます」
「ねえ……」
「恋人って、いるんですか?」
……
「……頼むから、やめてくれ」
「まさか……」
「ここで恋愛イベントが始まるのか……?」
「俺がこんな目に遭ってるっていうのに……?」
……
「……そんなこと、俺がいるところで始めさせてたまるか」
……
「おい、ウェイトレス……」
「それなら、俺が――」
彼女は、氷のように冷たい目で俺を見た。
ウェイトレス:
「……言わなかった?」
……
「口を……」
「挟むな……」
「この……ブサイク」
……
「はい……」
「すみませんでした」
……
「……そうだった」
「どうやら俺には、この世界の女の子たちに立ち向かう勇気なんてないらしい」
「女って……」
「怖すぎるだろおおおおおおお……!」
……
「くそっ……こんなシナリオ、あってたまるか」
「純粋で優しい女の子はどこにいるんだ?」
「こっちの気持ちを傷つけたりせず……」
「まるで王様みたいに扱ってくれる女の子は……?」
……
「この世界に来てからというもの……」
「俺の周りにいるのは、ゴリラみたいな女ばっかりじゃないか……」
ウェイトレスが去ったあと――
……
「怖かった……」
ようやく……
……
サマラリス:
「はぁぁ……!」
「僕、ああいうタイプの女の子は苦手なんだよ」
「なんというか……ゴリラみたいで……」
……
……
「こいつ……」
「まさか……!」
……
俺は、サマラリスへ手を差し出した。
サマラリス:
「……なぜ手を?」
……
「見れば分かるだろ?」
「握手を求めてるんだよ」
「ほら……」
……
サマラリス:
「……え?」
「何を言っているのか、よく分からないが……」
「君がそうしたいというのなら……」
……
彼は俺の手を握った。
……
……
「……そうだ」
「今、気づいた」
「俺とこいつは……」
「過去に、決して楽しい思い出があるわけじゃない」
「むしろ……」
「あの頃のことなんて、口にするのも憚られるくらいだ」
……
「もし俺が主人公のアニメだったなら……」
「今頃、こいつを好きなだけ痛めつけて、溜まりに溜まった恨みを晴らしていただろう」
……
「けど……」
「俺には、そんなことを可能にする都合のいい超能力なんてない」
「だったら……」
「許してやることにした」
……
「別に、俺が優しいからじゃない」
「ただ……」
「こいつも、俺と同じことを考えているからだ」
……
「サマラくん……」
「今なら、こう言える」
「お前に対して、俺が抱いていた恨みは……」
「もう、全部消えた」
サマラリス:
「……ふむ」
「それって……喜ぶべきことなのか?」
……
「……まあ」
「どうやら、俺の言いたいことは伝わってないらしい」
……
「気にするな」
「お前はただ……」
「今この瞬間、俺の尊敬を勝ち取ったんだ」
……
「こういうゴリラたちを見分けられる奴がいるなんて……」
「しかも、人生でかなり重要な部分の価値観まで同じだ」
「……なんて素晴らしい出会いなんだ」
……
……
しばらく話を続けたあと――
俺は、一つ重要なことに気づいた。
……
どうやら、このサマラくんという男は……
俺がこれまで出会ってきた人間とは、少し違うらしい。
……
まあ……
俺たちの間にある、あの過去を除けば……だが。
……
「それで、サマラくん」
「どうしてここにいるんだ?」
サマラリス:
「最近は、ケーキ屋を巡っているんだ」
「新しい味を探していてね」
「実は……」
「僕はケーキも、パイも、甘い菓子なら何でも好きなんだ」
「食べていると、なんだか落ち着くんだよ」
……
「それに……」
「父上が、家業を継いで商売をするようにと、ずっと僕に言ってくるんだ」
……
「それって……貴族としては、そんなに悪いことなのか?」
サマラリス:
……
「それが……」
「君が思っている以上に大変なんだ」
……
「想像してみてくれ」
「普通に生きたい」
「ごく普通の……」
「何の問題もない人生を送りたい」
……
「なのに……」
「次から次へと問題のほうから追いかけてくるんだ」
……
「家業を継げば、俺にはそれが待っている」
「重要人物への挨拶回り」
「商売の拡大」
「莫大な利益を上げること」
「社交界のパーティーへの出席」
「政略結婚のための顔合わせ」
「そして……」
「家を継ぐ子供を作ること……」
……
「はぁ……」
「こんなこと全部、僕にこなせる気がしないよ」
……
「なるほど……」
「これが、甘やかされて育った貴族ってやつか……」
「本人は、自分の人生が想像を絶するほど悲惨なものになると思っているらしい」
……
「財産……」
「事業……」
「社交……」
「結婚……」
「金……」
「それに、もしかしたらハーレムまで……」
「しかも、あの顔だ」
「さらに、あの全身から漂うオーラ……」
「間違いなく、こいつはこの世界でも有数の大物になるだろう」
……
「くそっ……この貴族め……」
「それって……普通の人生じゃないのか?」
……
「じゃあ、俺の人生は何なんだよ?」
「この世界に来てからというもの……」
「命懸けの出来事ばかりだ」
「しかも、何かを成し遂げるためじゃない」
「事業を成功させるためでもない」
「ただ……」
「自分の命を守るためだ」
……
「貧乏……」
「貧乏……」
「そして、貧乏……」
……
「この三つなら、本物の食事よりもずっと味わってきた気がする」
……
「それに、これまで出会ってきた『女の子』ときたら……」
「騙してくる奴か……」
「ゴリラか……」
……
「頼むから……」
「これのどこが『平穏な人生』なんだよ?」
サマラリス:
「それで、君は?」
「君はここで何をしているんだ?」
……
「こいつ……」
「本当によく食うな……」
……
「まあ……」
「少なくとも、もう一つくらいは共通点があるみたいだな」
「今朝は……ちょっとした災難に遭ってね」
「だから、ここに来てケーキでも食べながら、ゆっくりすることにしたんだ」
「周りの人たちから注目されるのも、できるだけ避けたくてね」
「僕は所詮……脇役だからさ」
「できることなら、静かな人生を送りたいんだ」
「まあ……貧乏だけどね」
「それに、どういうわけか必要以上に人目を引いてしまうし……」
サマラリス:
「……苦労しているみたいだね」
……
「くそっ……」
「こいつ……俺のことを気の毒に思ってる」
「しかも……その言葉に嘘がない」
……
時間はゆっくりと過ぎていった。
俺たちは長いこと、互いの過去について話した。
そして……今までの人生についても。
……
俺たちは、まったく違う世界に生きている。
それでも最後には、一つの答えに辿り着いた。
……
俺たちが望んでいるものは、同じだった。
……
静かに生きること。
……
穏やかに。
……
そして俺は、なぜあのダンジョンに置き去りにされたのかについても話した。
……
正直、話すのは辛かった。
……
それでも、俺は過去と向き合うことにした。
……
そして、分かったことがある。
あの時、彼らはある物を探していた。
正確には……
クラインが探していたものだ。
ある石を……。
……
そういえば……
以前、キタラと話しているのを聞いたことがある。
あの石について。
だが、あの時の俺は……
ほら、覚えているだろ?
そんな話に耳を傾けていられるような状況じゃなかった。
……
コホン……
コホン……
……
どうやら、その石があったのは――
三十階層の部屋だったらしい。
……
つまり……
俺をあそこに置き去りにしたのも、計画の一部だった。
俺が別の場所へ魔物を引きつけている間に……
俺はそこで死ぬ。
その隙に、奴らは石を探す。
……
あははは……
なんとも情けない話だよな?
……
問題は……
こいつが、それを何の罪悪感もなく俺に話していることだ。
……
あははは……
本気でこいつをぶん殴りたくなる。
……
まあ、できないけど。
面倒なことになるからな。
……
「サマラくん……」
「君たちが探していた、その石って何なんだ?」
サマラリス:
「そうだな……」
「まだ、僕にもよく分からないんだ」
「もうしばらく前のことだからね」
「細かいところまでは、あまり覚えていないんだ」
……
「ああ……」
「なるほど……」
……
「でも……」
「俺があのダンジョンに置き去りにされたことは、ちゃんと覚えてるんだな」
通知:
《対象者サマラリスが言及している物体は、『天界晶』である可能性が高いです》
……
「天界晶……?」
……
「まさか……」
「あれのことか……?」
「俺が拾って……」
「何も知らずに、二束三文で売り払った……」
「俺を強くするだけじゃなく……」
「魔法まで使えるようになる、あの石……?」
通知:
《フェンの怒気の上昇を確認しました》
……
「あははは……」
「お前、本当に俺を怒らせるために作られた機械なんじゃないのか?」
……
「まあ……」
「それでも……」
「俺があんな貴重な物を見つけたなんて、こいつには言わないほうがいいだろう」
「知られたら……また面倒なことになりそうだ」
……
「それで、サマラくん……」
サマラリス:
「ん?」
……
「どうして冒険者になったんだ?」
「金なら十分持ってるんだろ?」
「それとも……冒険者になるのが夢だったのか?」
サマラリス:
「うーん……」
「いい質問だね」
……
「どうして冒険者になったのか……か」
……
「難しい質問だな」
「自分でも、うまく答えられない」
……
「おいおい……」
「そんなに難しいことか?」
「命を懸けるっていうのに、理由もないのかよ?」
サマラリス:
「でも、僕をそうさせた理由を挙げるとするなら……」
「僕は、生まれつきかなり特殊な力を持っているんだ」
「一族に伝わる……」
「まあ、攻撃にはあまり向いていない力だけどね」
……
「他人の力を引き上げたり、強化したりすることができる」
「それに、遠距離から高速で魔法を使うこともできるんだ」
……
「……また食べてる」
サマラリス:
「だからこそ、冒険者というものを試してみようと思ったんだ」
「もしかしたら、そこで自分の目的が見つかるかもしれないって」
「でも、今のところ……」
「まだ、その目的は見つかっていない」
……
「じゃあ……」
「クラインと組んで、あの石を探していたのも……その目的のためなのか?」
サマラリス:
「いや」
「ただ、暇だったからだよ」
……
ミルクコーヒーを一口飲む。
サマラリス:
「実は……」
「あれが、彼と一緒に行った最後の冒険だったんだ」
「彼のやり方は、あまり好きじゃなかったからね」
……
「……こいつ、本当に後悔してるのか?」
「俺をあそこに置き去りにしたことを……?」
サマラリス:
「というか……」
「どうして僕をあんなダンジョンに連れて行っておきながら……」
「ケーキを十分に用意してくれなかったんだ?」
……
「本当に失望したよ」
……
……
……
「……衝撃だ」
「そう……」
「これはかなりの衝撃だ」
……
「どうして俺は一瞬……」
「こいつが俺のことで後悔してるんじゃないかって……」
「そんなふうに思ったんだ?」
……
「……まあ」
「これも、答えの出ない疑問ってことにしておこう」
---
ネフルタニの街――
……
高い見張り塔の上から、
けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
一度ではない。
何度も、何度も――
止まることなく。




