俺は、この真実を受け入れられるのか
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一羽の鳥が、木々の枝の間を飛び回っていた。
……
コツ。
……
もう一度。
コツ。
……
かすかに、唇が動いた。
「これ……」
「これ……」
次の瞬間、目を見開いた。
「うわあああああっ!!」
勢いよく上半身を起こす。
……
息が荒い。
心臓が激しく脈打っている。
まるで、全身が限界まで動かされているかのようだった。
周囲を見回す。
……
木。
……
どこを見ても、木、木、木。
……
「……」
「いや」
俺は慌てて首を振った。
「いやいや」
両手で顔を覆う。
「ハリール」
「考えろ」
「早まるな」
深く息を吸う。
……
そして、もう一度ゆっくりと周囲を見渡した。
……
「なんで俺、森にいるんだよ!?」
思わず声を張り上げる。
「なんで!?」
……
返事はない。
森は、不気味なほど静まり返っていた。
……
「……最悪だ」
「困ってても、叫ぶ相手すらいないじゃないか……」
俺は大きくため息を吐いた。
---
立ち上がろうとした。
だが、身体が妙に重い。
頭に手を当てる。
「痛っ……」
思わず動きを止めた。
「……俺に何があった?」
最後に覚えていることを必死に思い出す。
……
線路。
……
電車。
……
トラック。
……
あの狂った男。
……
思考が止まった。
顔から、わずかに血の気が引いていく。
「……まさか」
その場に座り込む。
「嘘だろ……」
前方を見つめる。
……
俺は……
唾を飲み込む。
「……死んだ?」
……
何も言えなかった。
数秒間、ただその場に座り続ける。
そして、地面を拳で叩いた。
「違う」
「そんなはずない」
自分の手を見る。
指を一本ずつ動かしてみる。
……
感覚がある。
身体を見る。
……
俺は、ここにいる。
……
「じゃあ、何が起きてるんだよ!?」
---
ゆっくりと歩き始めた。
落ち着いたわけじゃない。
正直、何をすればいいのかさっぱり分からない。
それでも、何も分からない場所で座り続けていても仕方がない。
一歩進むたびに、頭の中に新しい疑問が浮かんできた。
ここはどこだ?
どうやってここへ来た?
そして……
どうして……
どうして身体が変わってる?
……
そのとき、聞き覚えのある音が聞こえてきた。
水の流れる音。
足を止める。
「水……?」
音のする方へ向かって、急いで歩く。
「やっとか……」
まともなものを見つけた。
---
川のそばにしゃがみ込む。
そして、水に顔を沈めた。
……
数秒、そのままでいる。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「はぁ……」
深く息を吐く。
少しだけ落ち着いた気がした。
そして、水面を覗き込む。
……
身体が固まった。
水面に、俺の姿が映っている。
……
じっと見つめる。
……
「……」
「いや」
さらに顔を近づける。
「いや、いや、いや……」
手を伸ばし、自分の顔に触れる。
……
俺の顔じゃない。
指を髪に通す。
……
俺の髪じゃない。
……
水面を見つめ続ける。
何かが変わるのを待つように。
だが、そこに映る姿は変わらない。
ずっとそこにいる。
見知らぬ姿。
まるで別人のような姿。
……
「何……」
声が小さく漏れた。
「……俺に何が起きた?」
そして、突然叫んだ。
「うわあああああっ!!」
叫び声が木々の間を駆け抜けていった。
---
しばらくして……
俺はまだ川の前に座っていた。
だが、今度はただ驚いているだけじゃない。
必死に状況を整理していた。
……
「……よし」
弱々しい声で呟く。
「よし、ハリール」
「落ち着け」
深く息を吸う。
……
あまり効果はなかった。
「俺は、ここがどこなのか分からない」
自分の手を見る。
「どうして姿が変わったのかも分からない」
周囲を見渡す。
「それどころか……俺が生きてるのかどうかすら分からない」
……
顔に手を当てる。
「……神様」
ため息を吐く。
「俺に何が起きてるんだよ……」
---
目を閉じる。
頭の中を整理しようとする。
……
最後に覚えているのは……
死んだこと。
……
ゆっくりと目を開く。
「……いや」
「待て」
もし俺が死んだのなら……
周囲を見回す。
……
「ってことは……」
言葉が止まった。
口に出すのが怖かった。
だが、その考えは少しずつ形になっていく。
……
「いや……」
……
「そんなわけ……」
……
ゆっくりと立ち上がる。
……
俺は……
唾を飲み込む。
……
「……異世界にいるのか?」
一瞬、静寂が訪れた。
そして、再び頭が動き始める。
よし。
ハリール。
考えろ。
……
確かに、顔は変わった。
声も変わった。
身体だって……
でも、俺は俺だ。
……
待て。
それって、筋が通ってないか?
身体なんて、ただの器だ。
本当の自分は、考え方や記憶や感情にある。
……
そうだ。
なんだか、すごく深いことを言っている気がする。
たしか、どこかの哲学者も似たようなことを言っていたはずだ。
……
誰だったかは知らない。
まあ、今はどうでもいい。
重要なのは、この考えがそれなりに筋が通っていることだ。
……
つまり、外見が別人になったとしても……
俺は、俺だ。
……
……
待て。
そもそも、何の話をしてたんだ?
……
ああ。
そうだった。
俺はハリールだ。
……
よし。
少なくとも、そのことだけは忘れていない。
---
だが、問題は……
何も分からないことだ。
ここがどこなのかも分からない。
どうして身体が変わったのかも分からない。
そして、どうして死んだ俺が森の中で目を覚ましたのかも……
……
そこで思考が止まる。
……
死んだ後に。
……
なんて自然な話なんだ。
「こんにちは、俺はハリールです。死んで、知らない場所で目を覚ましました」
……
自分で言っておいて、信じられない。
---
よし。
正しい方法で考えよう。
もし、本当にここが異世界なら……
異世界ものの主人公って、こういうとき何をする?
……
まず最初にすること。
ステータスを確認する。
俺は手を上げた。
……
「ステータス」
……
……
何も起こらない。
……
「……よし」
もう一度。
「開け」
……
……
何も起こらない。
……
「スキル」
……
……
何も起こらない。
……
「インベントリ」
……
……
何も起こらない。
……
……
異世界に転移したのに、初期特典すらないのって……
俺だけなのか?
……
これはひどい。
無料ゲームですら、ログインボーナスくらいくれるぞ。
---
……まあ、いい。
落ち着け。
すべての異世界ものにシステムがあるわけじゃない。
そういう作品もある。
例えば、リゼロとか。
……
待て。
……
いや。
この例はやめておこう。
……
スバルはチート能力をもらってない。
それはそうだ。
でも……
……
苦労している。
……
ものすごく。
……
本当に、ものすごく。
……
俺は唾を飲み込んだ。
「……嫌だ」
そんな苦労の道は歩みたくない。
俺が欲しいのはチートスキルだ。
「ははは、俺がこの世界で最強だ!」
って言えるようなやつ。
「ははは、これで死ぬの十回目だ……」
じゃない。
---
よし。
状況を整理しよう。
……
俺は死んだ。
知らない世界で目を覚ました。
身体が変わった。
そして、システムはない。
……
……
待て。
……
ということは……
……
いや。
まさか。
……
俺は……
……
モブなのか!?
……
いや、いや、いや。
俺が?
背景に三秒くらい映って、
「この化け物、ヤバすぎる……」
と説明するためだけに殺される、あのモブ?
……
それは認められない。
---
よし。
本当に異世界に来たのなら……
もしかしたら、何かしらの能力があるかもしれない。
……
試してみるには、ちょうどいい。
立ち上がり、手を前に伸ばした。
「ファイアボール!」
……
……
何も起こらない。
……
「……よし」
別のを試そう。
「ウォーターボール!」
……
……
何も起こらない。
……
「ウィンド!」
……
……
何も起こらない。
……
「……」
どうやら、草ですら俺に協力する気はないらしい。
最高のスタートだ。
---
……いや、待て。
もしかしたら、まだ自分の力に気づいていないだけかもしれない。
そういう作品もある。
力が後から目覚めるやつだ。
……
そうだ。
理にかなっている。
……
でも……
いつだ?
一章後?
十章後?
百章後?
……
いや。
無理だ。
俺はまだ物語の導入部分すら耐えられていない。
---
俺に何が起きてるんだ?
異世界ものの定番を、これでもかというくらい詰め込んだ死に方をして。
トラック。
電車。
殺人鬼。
挙げ句の果てには、飛行機まで参加してきた。
……
そして、ここで目を覚ました。
……
なのに……
スキルすらもらえない?
……
俺は空を見上げた。
……
「おい、異世界……」
「歓迎はどうした?」
……
「『ようこそ、勇者様』くらい言ってくれてもいいだろ」
……
何もない。
……
ただの森。
……
「……ありがとうよ」
再び座り込む。
……
正直。
まだ一つだけ、考えていなかったことがある。
……
母さん。
……
「あ……」
連絡してない。
……
一度も。
……
一通のメッセージすら送っていない。
……
「……やばい」
きっと、今頃ものすごく心配している。
……
水面へ視線を落とす。
新しい俺の姿が、まだそこに映っている。
……
俺じゃない顔。
俺じゃない身体。
……
俺は……
本当に帰れるのか?
……
簡単な質問だ。
でも、その答えを……
俺は持っていない。
---
待て。
……
いや、待てよ。
別の可能性がある。
……
そうだ。
考えろ、ハリール。
お前はアニメをたくさん見てきただろ。
その知識を使え。
……
もしかして……
俺は異世界に転移したんじゃない?
……
もしかしたら……
俺はもともと、この世界で生きていたんじゃないか?
……
そして俺はただ……
前世の記憶を取り戻しただけなんじゃ?
……
「……それだ!」
……
身体が変わったのは、
これが俺の本当の身体だから。
そして前の人生は……
ただの記憶。
……
「天才だ」
俺は答えを見つけた。
……
……
待て。
……
でも……
この身体の記憶は?
……
俺は、この身体の名前すら知らない。
家族も知らない。
何一つ知らない。
……
「……」
仮説、崩壊。
……
すごいな、ハリール。
人生初の推理。
結果。
何も分からない。
……
でも、もっと気になることがある。
……
ここまで考えて……
……
もし俺が……
……
モブだったら?
……
……
いや。
いや、いや、いや。
……
それだけは最悪のパターンだ。
---
「くそっ!」
……
モブキャラは最初に死ぬ。
間違った戦いに最初に飛び込む。
そして、こう言うんだ。
「心配するな。俺がみんなを守る!」
……
その五分後には死んでいる。
……
しかも最悪なのは……
誰も覚えていないことだ。
---
一方、主人公には……
……
何もかもある。
謎の力。
伝説級のスキル。
仲間。
宿敵。
……
恋愛まで勝手に向こうからやってくる。
……
そして俺は?
……
俺には何がある?
……
自分自身を見る。
……
「……」
……
小説の表紙に載れる保証すらない。
……
いや。
……
そんなの認められるか。
---
俺は深く息を吸った。
よし。
ハリール。
集中しろ。
……
たとえ俺がモブだったとしても……
だからといって、ずっとモブのままだとは限らない。
……
「……よし」
顔を上げる。
「こんなふざけたシナリオ……」
思わず笑みが浮かぶ。
「このハリールがどんな奴なのか、見せてやるよ」
---
鍛える。
学ぶ。
強くなる。
……
誰かが俺に役割を与えてくれるのを待つつもりはない。
……
自分で奪い取る。
---
俺は空へ向かって声を張り上げた。
「聞け、真の主人公!」
……
「俺は、お前の物語を奪いに行く!」
静寂。
……
待て。
……
俺の腹。
---
グゥゥゥ……
---
腹を見つめる。
……
……
「……よし」
「物語を奪うのは後だ」
……
「まずは飯だ」
---
数分後……
……
よし。
初めての訓練。
走る。
---
魔法なし。
スキルなし。
伝説の剣なし。
何もない。
……
じゃあ、英雄になりたい奴は何をする?
……
鍛える。
---
よし、ハリール。
英雄になりたいなら……
まずは基礎からだ。
---
俺はハリール・バドル。
二十二歳。
……
そして、自分が何をしているのか全く分からない。
でも、今はそんなことどうでもいい。
……
なぜなら俺は、この物語の主人公になると決めたからだ。
---
自分に向かって頷く。
「そうだ」
「まずは、簡単なところからだ」
---
才能はない。
力もない。
自分がモブじゃないという証拠すらない。
……
むしろ、ただのモブである可能性のほうが……
……
かなり高い。
---
でも……
諦めるつもりはない。
---
最初は……
怖かった。
知らない世界。
知らない場所。
家族もいない。
友達もいない。
誰もいない。
……
案内役もいない。
女王もいない。
システムもない。
……
突然現れて、
「少年、君を待っていた」
なんて言ってくれる賢そうな老人すらいない。
……
ため息を吐く。
「……お約束の展開すら来ないのかよ」
---
でも……
一人、現れた。
……
俺を助けようとしてくれる存在。
……
確かに、俺たちはまだほとんど話していない。
そもそも……
あれが本当に「人」なのかすら、俺には分からない。
……
それでも……
そいつは俺を鍛えてくれることになった。
……
俺は笑った。
「……感動的じゃないか?」
---
後ろを指差す。
……
「新しい友達を見たいか?」
……
俺は止まった。
……
待て。
なんで俺は、誰かに見られているみたいに独り言を言ってるんだ?
……
まあ、いい。
「……よし」
「笑うなよ?」
---
木々の間に、咆哮が響き渡った。
……
笑顔が消えた。
……
いや。
……
この声、普通じゃない。
そのまま走り続ける。
「よし、みんな……」
息を切らしながら、
「そろそろ新しい友達を紹介する時間だと思う」
……
すぐ後ろから。
もう一度、咆哮。
……
「……そうだな」
「俺の友達、ちょっと怒ってるみたいだ」
「でも、早まって判断しないでくれ」
「もしかしたら、怒りをコントロールするのが苦手なだけかもしれない」
……
背後で何かが砕ける音。
……
「……いや」
「もしかしたら、全部が苦手なのかもしれない」
ちらりと後ろを見る。
……
三メートル。
巨大な魔物。
三メートルもある。
……
「……よし」
「今の発言、撤回する」
「こいつ、いろいろと問題がある」
魔物がこちらへ突進してきた。
「うわあああっ!」
横へ飛び退く。
地面が背後で弾けた。
……
転がる。
……
立ち上がる。
……
そして走る。
「今の見た!?」
息を切らしながら叫ぶ。
「これ、訓練じゃないぞ!」
「英雄になるための試験でもない!」
「こいつ、俺を食おうとしてるんだぞ!」
……
魔物が咆哮する。
……
「そうだな」
「どうやら俺の意見には興味がないらしい」
木々の間を走り抜ける。
「助けてくれ!」
「家に帰りたい!」
「俺は英雄じゃない!」
「こいつを見ろ!」
「トラックくらいデカいぞ!」
……
待て。
……
「なんで俺の人生、何かとトラックに縁があるんだよ!?」
……
魔物の速度がさらに上がる。
……
「考えてる場合じゃない!」
必死に息を吸う。
「それと……」
「はぁ……」
「誰かこいつに言ってくれないか?」
「少しくらい風呂に入れって!」
「兄貴の部屋より臭いぞ!」
……
魔物が咆哮する。
……
「……分かった」
「悪かった」
「本当に悪かった」
「悪気はなかったんだ」
……
「でも、俺はまだ死にたくない!」
---
待て。
……
ここまでどうしてこうなったのか、聞きたいだろ?
ああ。
分かってる。
本当の疑問はそこだ。
どうして俺が……
飯を探していただけの人間から……
魔物の餌候補になったのか?
……
簡単な話だ。
……
腹が減っていた。
川を見つけた。
魚を何匹か捕まえた。
……
どうやったかは聞かないでくれ。
……
ちょっと恥ずかしい。
……
食べた。
……
そして、第二の問題が発生した。
……
用を足せる場所が必要になった。
俺は文明人だ。
道の真ん中でするわけにはいかない。
……
そこで、ちょうどいい場所を探した。
……
そして、穴を見つけた。
……
もう一度言う。
穴だ。
……
少なくとも、俺はそう思った。
……
だが……
穴じゃなかった。
……
魔物の食料庫だった。
……
そう。
分かってる。
俺も、自分で馬鹿だと思う。
……
そして、その後……
会話が始まった。
……
簡単に言えば。
あいつが吠えた。
俺が叫んだ。
……
結果は明白だった。
……
一つ。
俺はモブだ。
……
二つ。
俺は弱い。
……
三つ。
俺は巨大な魔物の食料の上で用を足した。
……
そして最後に……
……
魔物は、まだ怒っている。
「だから、そこが穴じゃないなんて知らなかったんだって!!」




