英国の事件(※ヘンリー・ノワクさん)から考える、移民・少子化・国家の思想的侵略論――未来を信じる共同体が、未来を信じられない文明を置き換える3/5
4 英国政治と国家不信
英国政治を少し見る。
英国は、長く保守党政権だった。
日本の感覚で雑に言えば、自民党に近い位置にある政党だ。
もちろん、日本の自民党と英国保守党は同じではない。
政治制度も歴史も違う。
ただ、国民国家、伝統、秩序、市場、移民制御といった感覚では、保守党は日本人から見ると「自民党的」な位置に見えやすい。
その保守党が長く政権を担った。
移民制御も掲げた。
EU離脱、つまりブレグジットもあった。
英国は自分たちの国境を取り戻すと言った。
だが、国民はどう感じたか。
本当に移民は制御されたのか。
公共サービスは良くなったのか。
治安不安は減ったのか。
住宅、医療、教育、地域の摩擦は改善したのか。
政治家は約束を守ったのか。
多くの国民は、そうは感じなかったのだろう。
そして、政権は労働党へ移った。
労働党は、日本感覚で言えば、中道左派、リベラル寄り、労組や都市リベラルに近い印象を持つ。
日本で言えば立憲、中道政党だろう。
今の労働党は極左とは言えない。
むしろ政権を取るためにかなり中道化している。
それでも、移民や反差別、多文化共生、警察改革といった領域では、保守政権よりもリベラルに見られやすい。
そこで今回の事件が起きた。
すると、人々はこう見る。
保守も守れなかった。
労働党はもっと守れないのではないか。
警察も守らない。
メディアも本当のことを言わない。
反差別の名の下に、自国民の安全不安が封じられているのではないか。
これは危険な流れである。
なぜなら、政治不信、移民不安、警察不信、反差別への反発が一つに重なるからだ。
一度そうなると、個別の事実では収まらなくなる。
一件の殺人事件が、国家全体への不信に変わる。
一人の犯人が、移民全体の象徴にされる。
一つの警察対応が、国家の裏切りとして読まれる。
一つの反差別の言葉が、国民を黙らせる呪文に見える。
ここまで来ると、社会は割れる。
英国で起きているのは、事件そのものだけではない。
事件をきっかけに、溜まっていた国家不信が噴き出している。
そう見るべきだと思う。
5 先進国は思想的に侵略されているのか
ここで、一つの仮説が出てくる。
先進国は、思想的に侵略されているのではないか。
銃や戦車ではない。
人口、宗教、移民、福祉、反差別、リベラル思想、政治運動によって、内側から侵食されているのではないか。
この見方には、筋がある。
欧州では移民問題が政治を揺らしている。
宗教共同体が広がる。
一部ではモスク建設が地域の不安を呼ぶ。
ニューヨークでは、ゾーラン・マブダニのような人物が大都市政治の象徴になる。
日本でも、外国人労働者、移民政策、宗教施設、多文化共生が現実の問題として見え始めている。
人々は思う。
これは偶然なのか。
それとも、何か同じ力が働いているのか。
先進国は、何らかの外部共同体に内側から置き換えられているのではないか。
この問いは危険である。
だが、危険だからといって問わないのも違う。
むしろ、問うべきだ。
ただし、問う時には気をつけなければならない。
人は、すぐに情報を人格化することにだ。
人は複雑な現象を、ひとつの敵にまとめる。
その方が分かりやすい。
「移民が侵略している」
「イスラムが侵略している」
「中東が出生力で攻めている」
「左派が国を売っている」
こう言えば、見えやすい。
敵ができる。
怒りの向け先ができる。
構造が単純になる。
自分たちは被害者で、相手は加害者になる。
だが、そこには危険がある。
移民は一枚岩ではない。
イスラムも一枚岩ではない。
難民、労働者、留学生、二世、三世、世俗的な人、信仰深い人、普通に生活している人、政治運動をする人、外部資金を持つ団体、過激な思想を持つ者。
それらは同じではない。
全部を一つの人格に押し込めると、現実を見失う。
だから、ここで一度止まる。
本当に、ひとつの主体が先進国を侵略しているのか?
おそらく、違う。
統一された司令部はない。
世界中の移民や宗教共同体が、同じ命令で動いているわけではない。
それを断言すれば、現実を雑に丸めすぎる。
陰謀論の領域である。
だが、だからといって「何も起きていない」と言うのも違う。
現実に何かが起きている。
ただし、それは人格ではなく作用として起きている。




