表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

英国の事件(※ヘンリー・ノワクさん)から考える、移民・少子化・国家の思想的侵略論――未来を信じる共同体が、未来を信じられない文明を置き換える2/5

2 国は、誰を守るのか

警察とは、国家の手だ。

市民が危機にある時、国家が差し伸べる手である。

もちろん、現場は混乱する。

警察官も神ではない。

犯人が嘘をつくこともある。

加害者と被害者を瞬時に見分けることが難しい場面もある。

現場判断には限界がある。

だから、僕は警察官個人を簡単に断罪するつもりはない。

だが、それでも問わなければならないことがある。

目の前に刺された可能性のある若者がいる。

息ができない、刺された、と訴える人間がいる。

その時、最初に見るべきものは何か。

人種差別の訴えか。

現場の制圧か。

手続き上の安全確保か。

それとも、目の前の命か。

僕は、命だと思う。

出血。

呼吸。

意識。

救急。

傷の有無。

生命の危機。

まず、そこを見るべきだった。

だが、今回の事件は、そう見えなかった。

人種差別という言葉が、目の前の命よりも強く作用したように見えた。

差別被害を訴えた側の言葉が、刺された若者の訴えよりも先に扱われたように見えた。

その結果、被害者が救助される前に拘束されたように見えた。

ここが人々の怒りの核だ。

これは、移民がどうこう以前の話である。

宗教がどうこう以前の話である。

人種がどうこう以前の話である。

国家の手が、目の前の命を見失った。

国民がそれを見た時、国家への信頼が折れる。

なぜなら、人はこう思うからだ。

「次は自分かもしれない」

「自分の子どもかもしれない」

「警察は、本当に守ってくれるのか」

「国家は、私たちの味方なのか」

これは深い。

国が強いかどうかは、軍事力だけでは決まらない。

経済力だけでも決まらない。

国民が、危機の時に国家を味方だと思えるかどうか。

そこに国家の根がある。国民主権とはそういうことだ。

今回の事件で傷ついたのは、ひとりの若者の命だけではない。

「国家は自分たちを守ってくれる」という感覚も、傷ついた。

だから、人々は怒った。






3 反差別という正しい言葉が、人を見失う時

ここで、反差別について考えなければならない。

差別を防ぐことは必要だ。

人種、宗教、出自、肌の色、名前、言葉、文化。

そういうもので人を決めつけてはいけない。

警察が偏見で人を扱えば、それは深刻な問題である。

国家機能が差別に染まれば、少数者は安全に生きられない。

これは当然だ。

だから、反差別という思想そのものは必要である。

人を守るためにある。

だが、思想には倒錯がある。

人を守るための思想が、いつの間にか、目の前の人間を見ないための制度になることがある。

「差別してはいけない」

これは正しい。

だが、その正しさが強くなりすぎると、現場の人間は別のものを見始める。

目の前の命ではなく、あとで自分が差別的だと批判されないか。

目の前の訴えではなく、組織としてどう説明できるか。

目の前の被害者ではなく、社会的にどちらの言葉を重く扱うべきか。

目の前の現実ではなく、制度上の正しさに沿っているか。

こうなると危険だ。

反差別は、人を守るためにある。

だが、反差別が目の前の人間を見失わせたなら、それはもう正しさではなく倒錯である。

僕が怖いのはここだ。

英国の現場で実際に何が起きたのかは、調査を待つべき部分がある。

だが、社会がこの事件を見た時に、「反差別の論理が命の判断を曇らせたのではないか」と感じた。

僕もそう思った。

そして、この「感じた」こと自体が重大である。

国家機能において、見え方は信頼に直結する。

たとえ現場の事情が複雑だったとしても、国民が「警察は命より政治的正しさを優先した」と感じたなら、その時点で国家への信頼は傷つく。

これは英国だけの話ではない。

日本でも同じことは起きうる。

外国人犯罪について語れば差別だと言われる。

移民政策への不安を言えば排外主義だと言われる。

宗教施設や地域摩擦への懸念を言えば、偏見だと言われる。

多文化共生に疑問を呈すれば、時代遅れだと言われる。

もちろん、本当に差別的な言葉もある。

無関係な人々へ憎悪を向ける言葉は止めなければならない。

外国人や移民を一括りにして敵視するのは間違いだ。

だが、国民の安全不安そのものを差別として封じるなら、それもまた間違いである。

不安は消えない。

封じられた不安は、地下に潜る。

地下に潜った不安は、いずれもっと汚い形で噴き出す。

怒りを構造化しない社会は、怒りを暴動として噴出させる。

英国で起きているのは、おそらく……これだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ