1-8 失われた魔法
「んー、気持ちのいい朝だ!!」
俺は朝日に向かって背伸びをする。
日の出とともに体を起こすのはいつぶりだろう。
最近は夜型の生活が続いて……
「俺は異世界に戻ってきたんだな」
どこか夢見心地だった俺は、明るくなった世界を見て改めて認識した。
自分は再び異世界に戻ってきたのだと。
「というか、ここは」
俺は目の前に広がる景色がやけに見覚えのあるものだと気がついた。
目の前に大きく広がる森、その奥に見える二つの切り立った山。
そしてその奥に見えるのは暗雲の……
いや、澄み切った空がどこまでも続いている。
俺が今いる場所は魔王討伐の際に、拠点を築いた場所だ。
その跡などは一切残っていないが、雄大な自然は形を変えずに残っている。
「あっ、アルトさん起きていたんですね!」
「おはよう、ユリ……さん」
「もぉー、さん付けはやめてくださいよ!」
俺と同じく朝日を浴びにきたユリだが、昨日の夜衝撃の事実が分かった。
彼女の実年齢は36歳、俺よりも年上だった。
エルフ族の特徴で、見た目は幼い少女だったため、思わずタメ口を使ってしまったが、これからは改めて敬語で話した方が良いかもしれない。
「ユリさん、この後は」
「だから、さん付けはやめてください。年齢なんて些細な違いでしかないんですから」
「そ、そうか」
エルフ族の感覚は人間とは異なるようだ。
「それに年齢の話をするなら、アルトさんは1000歳越えになってしまいますよ」
「うっ、確かに」
今を生きる人たちにとっては、俺はエルフ族と同じような存在だ。
よし、これから上下関係は特に気にしないでいこう。
俺はまだ一つ異世界で生きる術を学んだ。
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「それでユリは何でこんな場所まで来たんだ?」
俺は朝食をとりながらユリに質問した。
ここは王都からも遠く、気軽に訪れるような場所ではない。
それなりの理由を持って彼女はここまで来たはずだ。
「私は伝説の魔法を求めてこの場所を訪れました」
「伝説の魔法?」
「はい、噂話程度のものでしたが場所が場所だけにもしかしてと思いまして」
「それで一人でこんな場所まで来たと」
「はい」
伝説の魔法か。
そんなものがこの近くにあるなんて話は聞いたことがない。
もちろん俺がいなくなった後に、伝説の魔法がここに隠されたという事もあるだろう。
「たぶん、誤った情報だったんです。こういうことはよくありますから」
そう呟いた彼女はどこか寂しい顔をしていた。
俺が何て声をかけようか悩んでいると、ユリの顔が寂しそうなものから好奇心あふれるものに変化した。
「ですが、私は気がついてしまったのです!!伝説の魔法は目の前にあったのだと!!」
「目の前?」
俺は彼女の視線の先を辿る。
「ん?」
俺は自分を指さした。
彼女の視線の先には俺しかいない。
「いやいや、俺は伝説の魔法なんて知らないよ!?」
確かに俺は普通の人より多少、いや、かなり多くの種類の魔法を使うことができる。
だがどれも基本的な魔法、もしくはその応用だ。
特別な魔法なんて何一つ使えない。
いや、例外はあるが今は使えないため彼女にそれを知る術はない。
「謙遜しないでください、あの羽のような魔法は見たことがありません!!」
「羽?あぁ、空を飛んだ時の」
俺は彼女が言っている魔法が何か理解した。
おそらく「エンチャント:フェザー」のことを言っているのだろう。
だがこの魔法も特に珍しいものではない。
「そう、それです!!」
ユリは目を輝かせ、悔い気味に言葉を被せてきた。
「私はこれでも幼い頃から英才教育を受けてきました。使える魔法は多くありませんが、知識として知っている魔法なら、そこらの人には絶対に負けない自信があります!!そして、アルトさんのあの魔法は私の知識には一切ないものでした!」
「そ、そうか」
俺はあまりの勢いに押され、一歩後ろへと下がった。
「私の魔力はいくらでも使ってください!!もう一度あの魔法を見せてはいただけませんか!!」
「ま、まぁ、そういうことなら」
俺の返答を聞くなり、ユリはすぐに俺の肩に手を置いた。
そしてその手を通じてユリの魔力が流れ込んでくる。
「アルトさん、昨日から気になっていたことがあります」
「ん?」
「アルトさんは人間ですよね?」
「あぁ、もちろん」
彼女の言う人間は、種族的な意味での人間だ。
この世界にはエルフ、人間、そして獣人がいる。
知性があり、言葉を通わすことができる存在を人として定義している。
「普通の人間は、エルフに比べて魔力量は一割程度です。ですが、アルトさんは私の魔力量の半分ほどを与えても、全く満たされる様子がありません。これはどう言う仕組みなんですか?」
「えっ、そうなの?」
確かにエルフは他の種族に比べて魔力量が多い。
だけど、人間がエルフの一割程度しか魔力を持たないなんて聞いたことがない。
俺が知る人間は、エルフの半分ほどは魔力を持っていたはずだ。
「んー、それに関しては俺もよくわからないんだよね」
俺は自身の魔力状態について一つの仮説を立てている。
一度目の異世界転移で「魔力貯蓄チャージ」の能力を授かった。
その影響もあり、エルフの数倍程度まで自身の魔力を貯めることができていた。
再びこの世界に来た時は、この能力がまだ残っていると考えていたが、どうやら違うようだ。
正確には、その能力の性質が変化している可能性が高い。
昔の俺の能力は、例えるなら大きな袋を常に持っている状態だった。
しかし今の俺の能力は、大きな袋はそのまま残っているが、その袋の口は常に空いていて、魔力消費も必要以上に多くなってしまっている。
つまり、魔力運用の効率が著しく悪い状態なのだろう。
「まぁ、昔の名残だと思ってくれ」
俺はユリからの質問を適当に濁しておいた。
「よし、それくらいで充分だ」
俺は魔力を送ってくれていたユリの手を肩から外した。
感覚的に彼女の三割ほど魔力を受け取っただろう。
昨日貰った魔力の残りと合わせて、後数回は魔法を使うことができるだろう。
「えっと、この前見せた魔法でいいんだよな?」
「はい!!」
「エンチャント:フェザー」
俺は自身の背中に白い翼を生やした。
「おぉーー!!」
ユリは俺の背中に広がる羽を見て目を輝かせている。
魔法をこのような形で人に見せることは無かったため、どうにも気恥ずかしい。
「ユリにも生やそうか?」
「えっ、」
俺の言葉を聞いてユリは完全に固まってしまった。
「もしもしー、大丈夫か?」
俺は彼女の目線に入るように手を振った。
「は、は、生やせるんですか!?」
「問題なく」
「ぜひお願いします!!」
彼女は食い気味にお願いしてきた。
もちろん断る必要はない。
自身の体に生やすのも、他人の体に生やすのも別に変わらない。
剣にエンチャントをするのと原理は同じである。
「エンチャント:フェザー」
俺は彼女の肩に手を置き、魔法をかけた。
そして、次の瞬間には彼女の背に黒い翼が生えた。
「ちなみに、色も変えられる」
俺は目の前で興奮して飛び回っているユリに、補足をするように説明した。
彼女は自身に生えた羽を引っ張り、つねり……あっ、燃やしている。
「これ、耐久性が凄いですね!!」
彼女は羽の耐久性に感動している。
そんじょそこらの衝撃では壊れないが、明確な耐久性については俺も知らない。
「えんちゃんと?確かこの魔法を使う時、そう唱えていましたよね?」
「あぁ、俺が使っているこれはエンチャント魔法だ。自身の体や、他人の体、そして剣などにも、さまざまな効果を付与できる便利な魔法だ」
この魔法はとにかく便利で、俺が最も愛用していた魔法の一つだろう。
この魔法にはイメージが重要で、異世界から来た俺はこの世界に存在しない知識を持つため、この魔法とは特に相性が良かった。
「規格外の魔法ですね」
「そうか?意外と簡単に使えると思うぞ。それこそ、ユリも使ってみるか?」
「使えるんですか!?」
「むしろ、使えない方が不思議だよ」
ユリは優秀な魔法使いだ。
あの魔王軍との戦いに加わっても活躍できたと俺は思っている。
そのレベルの魔法使いなら、エンチャントの魔法は問題なく使えるはずだ。
「よし、それじゃあ俺が魔法の先生になるか!!」
この時の俺はまだ、自分の異質さに気がついていなかった。




