1-7 運命の出会い
「うそだろぉぉーーー!!!」
俺は徐々に近づいて行く地面を視界に収めながら叫び声を上げる。
だが俺の声は虚しく空へとかき消えていく。
「エンチャント:フェザー」
魔法が発動しない。
やはり魔力切れを起こしているようだ。
「やばい、ヤバい、ヤバイ!!」
俺はこのまま落下する。
下には森が広がっているが、あの樹木もたいして落下のダメージを軽減してくれないだろう。
「ん?」
そこで俺は気がついた。
「あれは、ウインドベール?」
俺は自分の前に突如現れた風の膜が張られたことに気がついた。
ウインドベール、それがいくつも重なって展開されている。
どうやら複数人の魔法使いがこの状況を見ていたらしい。
俺はそのまま風の膜に身を預けた。
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異変に気がついたのは、誰かの呼ぶ声が聞こえた時だった。
「魔物か……」
周囲の魔物の気配が一箇所に向かって集まり出したことに気がついた。
おそらく誰かが俺を助けにきて、そこに魔物が集まっているのだ。
「マズいな」
俺はすぐに木々の上を移動し、呼ぶ声の持ち主の所へと向かった。
幸いにもその声の持ち主は思いの外近くにいた。
ランプの灯りが目印にもなった。
「危ない!!」
俺は背後に忍び寄った魔物に気がつき、慌てて飛び出した。
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それからいろいろとあって、俺は今少女を抱き抱えて空を飛んでいる。
「下は噛まなかったか?」
「は、はい」
月光に照らされ、初めて少女の顔がハッキリと見えた。
肩まで伸びた黄金色の髪の毛、その髪の毛から覗く細く長い耳。
細く整った眉毛に、クッキリとしたつり目、鼻筋も通っている。
紛れもなく美少女と言えるだろう。
だが俺はその美少女にどこか懐かしさを覚えた。
「君は、もしかしてレイの娘か?」
「えっ、おばあちゃんを知っているんですか!?」
「おばあちゃん!?」
俺の言葉を聞いて少女は驚き、俺もまた少女の言葉を聞いて驚いた。
寿命が長いエルフ族、彼らが子孫を作るのは数百年単位だ。
もし彼女の知るレイが本当にあのレイなら、恐ろしい年月が経過していると考えていいだろう。
「そうか、レイがおばあちゃんか……」
俺の知っているレイの顔が浮かび、目の前の少女と被る。
「おっと、そろそろ地面に着地するぞ」
羽の効果もあり、緩やかに地面に着地することができた。
森から抜け出す事もでき、これ以上魔物に襲われる心配はないだろう。
「えと、ありがとうございました」
地面につき、俺の腕から降りた少女はまず初めにお礼を言ってきた。
「いや、こちらこそお礼を言わないとな。君なんだろ、落下する俺を助けてくれたのは」
「あっ、やっぱりあの人だったんですね!」
少女は納得がいったかのように手を叩いた。
「あれだけの魔法、君はすごい魔法使いなんだね」
「いえ、まだまだ未熟者です。あなたがいなければ、あの森で魔物にやられていましたから」
少女は恥ずかしそうに顔を下にした。
まぁ、あれは仕方ない事だろう。
慣れない夜の森で複数生物を対処するなんて、普通できるものじゃない。
「えっと、それで」
「お互い聞きたいことはあると思うけど、とりあえず自己紹介をしようか」
少女のはやる気持ちを抑えて、俺は話を続ける。
「俺はアルト、今はまぁ、旅人みたいなもんだな」
今の俺の立場を表す正確な言葉が思いつかず、とりあえず旅人として濁しておいた。
「ア、ルト……」
少女は俺の名前を聞いて何か引っかかった表情を見せた。
そしてすぐにその引っ掛かりに気がついたようだ。
だが、先ほどの俺の言葉の通りまずは自己紹介から始めてくれるようだ。
「私はユリです。私も旅人です」
ユリか……
そういえば昔、
俺は彼女の名前を聞いて昔の出来事を思い出した。
「えっと、それで自己紹介が終わったので質問してもいいですか!!」
軽い自己紹介が終わるとユリはものすごい勢いでこちらに迫ってきた。
先程までの物静かな感じはどこにいったのやらだ。
きっと好奇心旺盛な正確なのだろう。
「どうぞ、」
俺も聞きたいことがあったがまずは彼女に譲ることにした。
「えっと、その名前なんですが、本当にアルトって名前なんですか?」
「あぁ、本名だ」
「もしかして、いや、そんなわけ……アルトさんって、勇者様だったりします?」
正直この質問に対しての返答は迷う。
俺がこれから世界を見て回るのに、勇者という肩書きは不必要だ。
だが、彼女はレイの孫だ。
なら、俺の正体を伝えても問題はないだろう。
「元勇者だけどな」
「あっ、うっ、そ、そそそそうなんですね」
俺の返答を聞いて明らかに動揺した態度を見せている。
「私のおばあちゃんの名前を知っていたのは」
「一緒に魔王を討伐したからだな」
「そ、そうですよね」
彼女は自分の頭の中で少しずつ情報の整理ができたのか、落ち着きを取り戻し始めた。
「勇者様は、何でこんなところにいるんですか?私が知る限り、勇者様は魔王討伐後に元の世界に戻ったらしいのですが」
「まぁ、話すと長くなるが……いや、そんな事もないか」
俺は彼女に簡単に事情を説明した。
俺がもう一度この世界に来た事。
そして、再び魔王を倒した事。
女神との会話は省いたが、色々あって空中に転移した事。
これら全てを伝えた。
話を聞いたユリの表情は、驚愕のあまり固まってしまっていた。
「そんな感じで、今に至るわけだ。それから俺は元勇者、今はただの旅人だ。アルトと呼んでくれ」
「は、はい。情報が多すぎてまだまだ理解できてませんが、何となくわかりました」
「俺はこの話を他の人にするつもりはない。秘密で頼む」
「は、はい!!それはもちろん!!でも、私なんかに話してもよかったのですか?」
彼女は不安そうな表情を浮かべて尋ねてきた。
「ユリなら大丈夫でしょ。レイとすごく似てるから」
俺は目の前のユリに、懐かしいレイの顔を重ねている。
口下手で、あまり表情を表に出さなかったが、レイは誰よりも仲間思いでいい奴だった。
そんな彼女の孫であるユリなら、俺の秘密を話しても大丈夫。
そう判断しただけだ。
まぁ、俺はつくづく仲間に甘い奴ということだ。
「次はこっちからいくつか質問していいか?」
「はい、それはもちろん」
落ち着いたユリの表情を確認し、俺はいくつかの疑問を尋ねることにした。
「この世界は、俺が魔王を倒してからどれくらいの年月が経過したんだ?」
「えっと、確か1000年と少しだったと思います」
「1000年!?」
俺は思わず驚きの声をあげてしまった。
だが冷静に考えてみれば、今目の前にいるのはエルフ族だ。
俺が知る限り、エルフ族は数百年単位でしか子孫を作らない。
ユリの祖母がレイなら、とてつもない時間が経過していても不思議ではない。
「そうか、そんなに時間が経っていたのか」
俺にしてみれば一年近く前の出来事だ。
時間の流れは残酷である。
俺の生きた証は勇者として残っているが、仲間たちの活躍を覚えている者はこの世界にほとんどいないのかもしれない。
「おまえは何も変わらないのにな」
俺は夜空に向かって手を伸ばした。
夜空に煌めく星々は俺が昔見ていたものと変わらない。
「ユリ、この世界は平和になったか?」
「はい、勇者様たちのおかげで」
「……そうか」
俺は夜空に向かって伸ばした手を強く握りしめた。
この世界に俺たちの戦いを、冒険を、日常を覚えている人はほとんどいないかもしれない。
だが、俺たちの生きた証はこの世界に確実に刻まれている。
「みんな、俺たちの戦いは確かに未来を守ったぞ!!」
俺の目からこぼれた一筋の涙は、夜空の煌めきとなって消えていった。




